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67.エステルの頼み

 エステルは、侍女がお茶の用意をすると、人払いをした。



「どうぞ」


とお茶を勧められたシンは、一口だけ飲むとカップを戻し、


「頼みたいことというのは?」


と聞いた。エステルは、シンを真っ直ぐに見据えたまま、


「その前に聞きたいことがあるの。ここに来てから、アンドリューに変わったことは?」


(やっぱりアンのことか……)


シンは、小さく息を吐いた後、


「特にない。まぁ、ルビーと上手くいったらしいってことぐらいか。あぁ、あと、本人は、白髪が出てきたって騒いでたな」


と冗談まじりに答えた。それを聞いたエステルの反応は、シンの予想とは違っていた。


「白髪に?」


そう言って視線を宙に保ったまま、何やら考え込み始めた。シンは、エステルが何に引っ掛かっているのかが気になり、


「白髪がそんなに重要なことなのか?」


と尋ねた。エステルは、


「白ではなくて、銀色では?」


と聞き返してきた。エステルの思わぬ返答にシンは、


「銀色?」


(そう言われると、少し光っていたような気もするが、角度によっては光が反射してそうも見えるだろう……)


シンは、


「その可能性はなくもないが……エステル、何が言いたい?」


と踏み込んだ。いくらエステルでも、アンのことを何かしら疑っているのだとしたら、シンとしても黙ってはいられない。エステルは、シンの心境を見透かしているかのように、


「パトリック、あなたの目で確かめてほしいの」


と言った。


「……分かった。頼みっていうのはそれだけか?」

「えぇ、とりあえずは」


シンは、その物言いが気になったが、


「分かった」


とだけ答えた。エステルは、今度はリアムに向かって、


「リアムは引き続き……」


と言いかけると、


「承知しております」


と言い、猫の姿になると部屋の窓から出て行った。シンも立ち上がり、部屋から出て行こうとすると、エステルが、


「パトリック」


と呼び止め、


「私もアンドリューのことを気にかけているの」


と言った。シンは、エステルの目をじっと見つめ、その言葉に嘘はないと感じた。シンは、


「分かってる」


と微笑むと、部屋を出て行った。



 エステルは、二人が出て行ったのを確認すると、少し息苦しそうに、ふらつく体をソファへと寄りかからせた。



*******



 今回も申請はすぐに通った。アンナが、


「お嬢様! こちら届いておりますよ」


と、皆が朝食を食べ終えたタイミングで、ウキウキしながら日本行きの許可証をエステルに手渡した。エステルはそれを受け取ると、


「皆んな、今日の予定は?」


と聞いていた。


「エステルちゃんとデートできるように、いつでも空けてあるよ」


とアンがウィンクしながら答えた。ウサギのルビーがテーブルの下でアンの脛に蹴りを入れた。


「痛っ!」


アンが脛を摩りながら痛みを堪えている隣で、シンが、


「俺も大丈夫だ。行くか?」


と尋ね返した。エステルは、


「じゃぁ、そうしましょう。では、西宮の前で」


と言うと、皆それぞれの部屋に戻り、出かける準備をした。



*******



「日本かぁ。久しぶりだな」


アンが鏡を見ながら髪をセットしている。シンは、


「お前、この間から髪気にしすぎじゃないか?」


と揶揄うと、


「いや、そう言うけどさ、結構ショックよ? なんか歳とった気分になんじゃん?」

「そんなもんか?」

「そうだよ。ま、染めりゃいいんだけどさ。この間、アンナちゃんに紹介してもらった美容院良かったから、シンも白髪生えてきたら紹介してやるよ」


とニカっと笑いながら、アンはバスルームへ行った。その隙に、シンはドレッサーに置かれていたブラシを新しいものとすり替え、アンが使っていたブラシをしまった。



*******



 西宮前へ行くと、エステルの横で、アンナとルビーが談笑していた。ルビーは、シンとアンに気づくと、


「どう? 今回は私が皆んなの服選んだんだよ?」


と目を爛々と輝かせて感想を待っていた。アンのファッション好きの影響で、ルビーもかなり目は肥えていて、なかなかのセンスを発揮していた。といっても、それが分かるのはアンだけで、いつも全身黒の服で済ませているシンには、


「いいんじゃないか?」


としか言いようがなかった。ルビーは、シンに聞くんじゃなかったとあからさまにがっかりした顔をした後、アンの方をチラッと見た。アンは、


「やば……エステルちゃんもアンナちゃんもモデルさんかと思ったよ」


と絶賛してくれたのは良かったが、ルビーとしては、


(私は?)


と複雑な心境だった。リアムも、ルビーが選んだ服に身を包み、エステルの少し後ろで待機している。こうして見ると、リアムも外国人モデルさながらの着こなしだ。シンは、先ほどのブラシをアンに気づかれないようリアムに渡すと、それを目の端で確認したエステルが、


「じゃぁ、行きましょうか」


と言い、西宮へ入っていった。ルビーが、


「あ! あった! あそこ、日本って書いてある!」


と言うとウサギになり、嬉しそうにぴょんぴょんと三階へ上がっていった。エステルとアンナも階段へ向かうと、シンは二階の階段手すりを一度蹴り、三階へと上がった。アンも同じように飛び上がると、


「あれ? リアムは?」


と見回した。猫になったリアムが、階段の方からトコトコとやって来た。


「あぁ、猫になってたのか」


と言って、アンが抱き上げようとすると、リアムは、


フーッ!


と唸った後、後から来たエステルの腕にピョンと飛び乗った。


「うわぁ……僕、傷ついちゃうなぁ」


とアンが冗談めかして言うと、アンナが、


「リアムって、こういう奴なんですよ」


と意地悪っぽく笑いながら言った。猫のリアムは、じっとアンナの方を見た後、ピョンっとアンナの方に飛び移った。アンナがびっくりして片手で抱き止めると、リアムはゴロゴロと喉を鳴らした。アンナは顔を赤らめながら、


「しょ、しょうがないわねぇ」


と、もう片方の手にあるピクニックバッグを持ち直した。エステルが、『日本』と書かれた扉に鍵を差し込むと、


カラン、コロン……


と優しい鈴の音が響いた。シンは、


(この音は……)


と聞きお覚えのあるその音の記憶を辿りながら、先頭に立ち、皆を率いてゲートに入って行った。

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、ゲートの先にあったのは?


毎日一話投稿していこうと思っています。

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