65.シンの記憶
(どうやら上手くいったみたいだな)
昨日は疲れからか、心ここに在らずといった感じのアンナだったが、今朝はすっかり回復したどころか、すこぶる機嫌が良い。今も鼻歌まじりにいつも以上にテキパキと朝食の片付けをしている。
いつもなら、食事が終わるとすぐにエステルに抱っこしてもらい、部屋を後にしていたリアムも、何をするでもなく、戸口の外で丸くなり、誰かを待っているようだった。
アンは、いつものようにルビーをからかっては笑い、ルビーもそれに応戦しながらも楽しそうにしている。
(任務中に、こんなに和やかに過ごせるなんて、初めてだな)
シンは、皆んなの様子を見守りながら、ふっと笑った後、もう一度アンを見た。シンの憂慮を見てとったのか、エステルが、
「これから神殿に行くのだけれど、パトリックも一緒に来てくれない?」
と声をかけてくれた。
(エステルらしい気遣いだな……)
シンは有難く思いながら、
「あぁ、ご一緒させてもらうよ」
と、エステルの後について行った。
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二人だけで神殿に来るのは初めてだった。
「今朝は、神殿に寄らなかったのか?」
いつも、朝食前に神殿で祈りを捧げていることを知っているシンは、不思議に思って聞いてみた。
「寄ったわ。そうしたら、『今日も来ないのか?』と聞かれて……誰かを待っているんじゃないかと思ったの」
「……俺か?」
「一緒に来てみれば、何か分かるかと思って」
エステルはそう言うと、祭壇の前で跪き、指を組んで、目を閉じた。シンはその後ろで右手を胸に当て、目を閉じた。
ふわっと温かい風が二人の間を駆け抜けて行ったと思ったら、頭の中に女性の声が響いてきた。が、エステルの知る言語ではなかった。隣りにいたシンが、
「日本語だ……」
と言った。
「今の、パトリックにも聞こえたの?」
「エルテルにも聞こえてたのか?」
「えぇ。でも何を言っているのか分からなくて……」
「あぁ……あれは……」
『風の谷へ行き、言霊に従いて辿り着きし聖域に石は眠らん。
二つの目が揃いしとき、再びここを訪れよ』
と翻訳すると、シンはあることを思い出した。
「あ! そうか、あれは……エステル、礼拝堂に連れて行ってくれないか。確かめたいことがある」
******
王宮の礼拝堂に入ると、シンは三枚あるタペストリーの内、一番右側に飾られているタペストリーの絵をじっと見た。
「やっぱりそうだ……」
エステルはシンの隣りにやって来て、同じ位置からタペストリーを眺めた。
「これとよく似た絵を、子どもの頃に一度だけ見たことがあるんだ」
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あれは、まだ修行が始まる前だった。服部家は、森の奥深くにあり、遊び場といったら、その森ぐらいだった。ある時、アンも出掛けていて退屈だった俺は、今まで行ったことのない所へ行ってみたくなり、森の奥へと一人で探検に出かけた。しばらく行くと、川のせせらぎが聴こえてきた。その先が斜面になっていることに気づき、そこを下っていくと、川を見つけた。
「結構深そうだな……」
それほど大きい川ではなく、水の流れもゆったりとしているように見えたが、水深は結構あるようだった。水の色が深い緑だった。
川沿いを上流に向かって歩いてみた。どれほど歩いただろうか。川の幅は大分狭くなり、ゴツゴツとした大き目の石や岩が目に付くようになった。
が、ある地点まで来ると、そこには船を何隻が止められそうなほど開けた場所があり、まるで小さな砂浜のように、さらさらとした砂が溜まっていた。そこに来るまで生い茂っていた木々もなく、頭上から太陽が燦燦と輝いている。
眩しさを避けようと手で目の上にひさしを作り、辺りをぐるっと見回した。常緑樹だったのだろうか。記憶の中のその場所は、緑が輝いていた。
少し先の小高い森の上に、赤色の何かが見えた。それに惹かれるように再び森に入ると、先ほどまで見えていた赤い何かが木々に隠れてしまい、こちらで方向は合っているだろうかと不安になり始めた。その時、かすかに、
カラン カラン
と鐘の音が聴こえた。俺は、音が聴こえた方へと全速力で駆けだした。
「この辺から聴こえたきがしたんだけどな……」
木々を分け入って進んで行くと、目の前に赤い鳥居が見えてきた。
「あった!」
嬉しさとともに安堵すると、鳥居の傍まで行き、鳥居の中央に書かれた文字を不思議そうに見上げながら、その下をくぐった。すると、
「ほぅ……これはこれは、服部家の坊ちゃんじゃな? ようここまで辿り着かれた。これほど早くお目にかかれるとは……」
と嬉しそうに目を細める老人が、腰の後ろで手を組みながら音もなく近づいてきた。
(さっき見た時は、確かに誰もいなかったのに……)
不思議に思いながらも、本能的に、
(この人は悪い人じゃない)
と感じ取ると、
「おじいさんは誰? なんで僕のこと知ってるの?」
と尋ねた。長い白髪を後ろで束ね、藍色の甚平に耳を包んでいる老人は、にっこり微笑むと、
「中で、お茶でもいかがかな?」
と聞いてきた。ちょうどそのとき、
ぐぅ~~っ
とお腹の音が響いた。真っ赤になりながら、手でお腹を押さえると、老人は、
「ほっほっほ」
と、嬉しそうに笑い、
「ちょうど芋が焼ける頃じゃ」
と言いながら神社の脇の細道を入って行くと、焚き木の前にしゃがみ、長い枝でツンツンと中を探ると、近くに置いてあった木製のさらに、焼きたての芋を、ほいほいとのせていった。芋の良い匂いに包まれながらも、その老人の手捌きがあまりに見事で、目が離せなかった。
老人は、
「これで全部だな」
と言うと立ち上がり、拝殿に芋を置いて手を合わせた後、本殿へと案内してくれた。
本殿の壁面には、一枚の大きな掛け軸がぶら下げられていた。墨で描かれていたのは、下方の海で嵐に巻き込まれて沈みゆくたくさんの大きな船、そこから川へと押し寄せる大きな波、その波に乗って上流に向かう幾つかの小さな船、着いた先にある神社の周りに家を建てたり、田んぼを作る人々、神社で祭りをする人々などだった。
「おじいさん、これ、何かの物語?」
「さすがは坊ちゃん、よく分かりましたな」
物語の内容も気になったが、もう一つ気になったものがあった。
「おじいさん、あのマーク……さっき通ってきた鳥居に描かれてたのと一緒?」
老人は目を見開いた後、
「ハッハッハ!」
と愉快そうに笑い出した。
「そうでしたな。坊ちゃんは、光の柱から降りて来られたお子。なるほど、なるほど……」
と一人で深く納得しているようだった。二人は拝殿に戻ると、
「さぁ、召し上がれ。好きなだけ食べていかれよ」
と、ホクホクの芋と一緒にお茶を出してくれた。
「わ! これ、すごく甘い! こんなに美味しいお芋初めて食べた!」
「ほっほっほ。神様は、坊ちゃんが会いに来てくれたことが嬉しくて、格別に甘〜くしてくれたんでしょうな。私も坊ちゃんがここへ来るのを待っておりました」
「僕が来ること分かってたの?」
「はい。ただし、こんなに早く来てもらえるとは思っておりませんでしたがな」
と嬉しそうに笑った後、真剣な顔に変わり、こう言った。
「坊ちゃんにお伝えすることがあります」
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、老人が伝えたかったこととは?
毎日一話投稿していこうと思っています。
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