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64.グレーの猫

(お嬢様に『私がお母さんになってあげる』って言われた時は、面食らったなぁ。一瞬悲しみが飛んでったもの。でも実際、身を寄せられるところなんてなかったし、何より、この世に一人ぼっちになっちゃった気がして、本当はすごく心細かったのよね。

 あれから、読み書き、食事のマナーやその他礼儀作法も教えてくださって……それに、剣術も。王室近衛騎士団の人達は、皆んなとっても優しかったな。お父さんとお母さんが、どれだけすごい人達だったか、皆んなこぞって話してくれて……すごく嬉しかった。


 お嬢様は子どもが働く必要はないって言ってくれたけど、私が手伝いだけでもさせほしいって頼み込んだのよね。北宮の人達が、これまた皆んな親切で……まぁ、当時7歳だったから、皆んな自分の子どもように可愛がってくれたのよね。

 そう思うと、あの時、お嬢様は5歳だった訳でしょ? あの歳であの貫禄って……)



「ふふっ」


とアンナは思い出し笑いをした。



「おい」


男がアンナに声を掛けたが、アンナはまだ、物思いに耽っていた。



(あの時、この御恩は一生掛けてお返ししていくって、心に決めたじゃない! そう、私はお嬢様一筋! リアムのことなんて気にしてる場合じゃないのよ!)



 アンナが決意を新たにした時、大男が、


「おい!」


と声を荒げて、アンナの腕をぐっと引っ張り無理やり連れて行こうとしたところで我に帰った。アンナはサッと男の懐に低い姿勢を取って入り込み、男の引っ張る力を利用して腰投げをした。190cmはあるだろう大男が、


「うわぁっ!」


と情けない声を上げながら、投げ飛ばされた。アンナは、誇りを払うように、パンパンと手を叩いた後、乱れた服と髪をすすっと整えながら、


「間に合ってます」


とキリッと言い放った。周りには、いつの間にか人だかりができていて、ワーッと拍手喝采された。アンナは少し驚いたが、



(あの時は、ここで泥棒の容疑をかけられたところをお嬢様に助けられたんだったわね……)



と、もう一度エステルと出会った時のことを思い出し、クスッと微笑みながら、その場から離れようとした……そのとき、



「さすがだな、アンナ」


と聞き覚えのある声が聞こえてきた。



(まさか……)


チラリと目だけ声のした方に向けると、人だかりの中からリアム……と、その彼女が腕を組みながら歩いてきた。



(うわぁ……今一番会いたくない人達に会っちゃったわ。せっかく気持ちを切り替えたところだったのに!)


アンナは、気づかなかったことにして立ち去ろうかとも思ったが、それよりも先に、リアムの彼女が、


「あ! もしかして、アンナ?」


と声を掛けてきた。


(はぁ〜っ)



アンナは観念して、


「あら、リアム。それから……」


と素知らぬ顔で聞くと、


「エミリーよ」


と、ニコニコ顔で答えてきた。


(彼女の余裕ってことかしら……)


アンナは顔が引き攣らないよう細心の注意を払いながら、


「エミリー、よろしく」


と笑顔で返した。


「俺たち、今から飯食いに行くんだけど、一緒にどうだ?」


とリアムが尋ねてきた。


(は? ダメに決まってるでしょ! リアムってほんっと鈍感なんだから!)



「アハハ、そんな野暮なことしないわよ。それに私、この後ちょっと用もあるし。二人で楽しんできて」

「え〜、アンナとゆっくり話してみたかったのに……」


リアムまで、


「そっか……」


と残念なそうな顔をしている。



(二人して……そんな気遣わないでよ)


アンナは、胸が痛んだが、にっこり微笑んで、


「じゃ、また明日」


と言って後ろを向くと、



「リアム〜、疲れちゃった。抱いてくれない?」


と言うエミリーの言葉が耳に飛び込んできた。


(抱い……?! いやいや、何言っちゃってるのこの子!)


アンナは不本意ながら、二人の会話に全神経を集中させていた。



「ここは人が多すぎるから……あの木陰辺りなら……」


(え? 木陰もダメでしょ! リアムってそんな人だったの?!)


アンナが仰天していると、リアムは、


「エミリー、先に木陰のとこ行って待っててくれ」


と言い、


「アンナ」


と言いながら、耳をそば立てていたことがバレないよう、その場を一刻も早く離れようとしていたアンナの肩を後ろから掴み、自分の方に向けさせた。アンナは突然、リアムと相対することになり、


「な、な、な……何?」


と、いろんな意味でドキドキしながら答えた。


「いや、その……」

「だ、だから、何よ?!」

「あー、その……その髪……」

「髪?」

「あぁ。その髪も……いいな……」


最後は、視線も合わせずにゴニョゴニョと口を濁したリアムだったが、


「じゃ、じゃぁ、また明日な」


と言うと、さっさとエミリーの待つ木陰に向かって歩いて行った。



(髪……? そっか、私、さっき美容院行ったから……って、わざわざそれ言うために呼び止めたの?)


アンナは、顔が一気にカーッと熱くなるのが分かった。


(でも、なんでそんなこと言うの? なんでそんなこと言った後に、彼女の元に平気で行けるの? リアムのバカ! せっかく忘れようとしてるのに、なんでまた期待させるようなことするのよぉ!)


 アンナは、行き場のない気持ちをぶつけるように、


「ちょ、ちょっと!」


とリアムの腕をガッと掴んだ。


「こ、木陰だって、そ、そんなことしら、ダメなんだから!」


アンナは、自分でも何を言おうとしているのか、何がしたいのか訳が分からなくなっていたが、とにかくリアムを止めないと、という思いだけで体が動いてしまっていた。リアムも、さっき自分が言ったことが恥ずかしくて顔を真っ赤にしていたが、今アンナに言われたことが理解できず、困惑の色を表した。


「だ、だから……彼女を、こ、木陰で……」

「彼女? あぁ、エミリーのことか?」

「他に誰がいるのよ! え? 他にもいるの?」

「いや、いない、ていうか、え? 彼女って、その彼女?」

「そうよ! 付き合ってるんでしょ!」

「え……あ! いや、違う! あいつは、俺の双子の妹だ!」

「でしょ?! 双子の……妹?」

「あぁ、妹だ」


アンナは、生まれてこの方、こんなに恥ずかしかったことはないというくらい恥ずかしすぎて、全身から火が出そうだった。アンナが両手で顔を覆っても隠すことができず真っ赤になっている耳を見て、リアムは、


「妬いてくれたのか?」


と優しい声で語りかけてきた。アンナは、少しだけ手をずらして目を覗かせると、いつも悪態ばかりついてくるリアムが、余裕のない真剣な顔で真っ直ぐにこちらを見ていることに驚いた。リアムの両手がアンナの両手に重なり、そのままアンナの耳元までずらされると、リアムは、


「悪い、木陰まで待てそうにない」


と顔を近づけてきた。アンナは、


ぷっと小さく噴き出すと、


「私も……」


と言い、二人は唇を重ねた。



*******



 アンナとリアムが手を繋いで、木陰へと行くと、リアムとそっくりのグレーの長い毛並みをした猫が、待ちくたびれた様子で伸びをしたあと、リアムの腕にピョンっと飛び乗ってきた。リアムは、ちょっと意地悪な顔をして、


「抱いてみるか?」


とエミリーを渡そうとしてきたが、アンナは笑いながら、


「次の木陰を見つけたらね」


とリアムの腕に自分の腕を回し、歩き始めた。

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、そろそろ四つ目の石が出てくる?


毎日一話投稿していこうと思っています。

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