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63.提案

「ここで待っていれば、お父さんとお母さんが迎えに来てくれるから……」


そう言うと、アンナは虚な表情で、ふぅっと保管庫の中に入ろうと跪いた。それを見たエステルは目を見開き、アンナをガッと抱きしめて止めた。アンナは、


「放して……私は、ここで待ってなきゃいけないの。ここで……」


尚も保管庫に入ろうとするアンナをエステルはさらに力を込めて抱きしめた。


「放してよ……放してったら!」


アンナは、エステルを振り払おうと暴れ始めたが、エステルは自分よりも大きなアンナを必死に抱きしめ続けた。アンナが大声を上げ始めたので、外で控えていたお付きの者達が、


「お嬢様? 大丈夫ですか?」


と入ってこようとしたが、エステルは目で制止した。アンナの様子がエスカレートしていく中、エステルに止められ、お付きの者達はオロオロと見守ることしかできなかった。



「ここで待ってたら迎えに来てくれるって言ったんだから! 絶対に迎えに来てくれるって! 絶対に……」


そこまで言って、アンナは突然、ガクッと項垂れ、床に両手をついた。


(言わなかった……お父さんも、お母さんも、絶対って……言わなかった……)


両親と最後に別れたあの時からアンナには、分かっていた。両親が帰って来られないかもしれないことも、両親がその覚悟を持って出て行ったことも。


「あ……あぁ……くっ……うぅぅ……」


アンナの目から涙が溢れ始めた。エステルは、ありったけの力を込めてアンナを抱きしめた。小屋の中には、アンナのうめき声と、俯いたアンナの瞳から床にボタボタと落ちていく涙の音だけが聞こえていた。



*******



 あの後、呼吸困難になるくらいまで泣きじゃくったアンナは、空腹と疲労困憊も重なり、気を失った。気がつくと、見たこともない豪華な部屋の広くフカフカなベッドの上にいた。


「気がついた?」


ふと隣を見ると、エステルがすぐ脇に置かれた椅子に腰掛け、今まで読んでいたとみられる本を置きながら、アンナの顔をじっと見てきた。


「あ……はい。あの……ここは?」

「ゲストルームよ」


そう答えながら、エステルは近くにいた侍女に目で合図を送っていた。


「はぁ……?」


ゲストルームが何なのかも分からなかったが、とりあえず返事をしておいた。


「お腹の具合はどう? 食べられそう?」


と聞かれ、改めて、


(そういえば、最後に食べたのはいつだっけ……?)


と考えていたら、お腹が、


ぐぅ〜〜〜〜っ


と大きな音を立てた。アンナは自分でもびっくりするほどの大きな音が鳴ったことに恥ずかしくなり、顔を真っ赤にしていると、エステルが、


「良かった」


と言って微笑んだ。ちょうどそこへ、


「失礼致します」


と侍女が二人やってきて、エステルの分は机に、アンナの分はベッドの上で食べられるよう、食事をセットして出て行った。


「召し上がれ」


とエステルに言われたが、あまりに豪華な食器に豪華な食事が盛られており、どうやって手をつけてよいかすら分からなかった。


アンナがおずおずと食事を見つめていると、エステルが先に食べ始めた。アンナは、エステルがするのを真似しようとしたが、上手くナイフとフォークを使えずもたついていると、エステルはフォークとナイフを置いて、手掴みで食べ始めた。


アンナもやっとホッとして、手掴みで一口食べてみた。食事も久しぶりだったが、こんなに安心できたのはいつぶりだろうか。アンナの目から自然と涙が溢れてきた。喉が詰まって、食べ物がなかなか通っていかない。エステルは何も言わず、ただアンナに合わせるように、ゆっくりゆっくり食べてくれた。



*******



 来る日も来る日も、エステルはずっと側にいてくれた。アンナもようやく普通に食事が取れるようになり、他愛もない会話もできるようになった頃、アンナは自分から語り始めた。



「本当は、分かってたんです。お父さんもお母さんも、もう帰って来ないんだって……でも、そんなの嫌だって思って……諦められなくて……何かの間違いでどこかで生きてるんじゃないかって……思い……

たくて……」


アンナの目から涙がこぼれ落ちた。エステルは、黙って聞いていた。アンナは、手で涙を拭い、鼻水を啜りながら、


「で、でも……ここへ来てからも、もう大分経つのに、やっぱりお父さんもお母さんも迎えに来なかった……」


と言って、涙でぐちゃぐちゃのまま笑顔を作り、


「だから、もう……お父さんとお母さんを、ちゃんと……天国に送ってあげなきゃなって……」


エステルも目に涙をため、まだ泣き止むことが出来ずに肩を震わせているアンナをギュッと抱きしめた。



*******




「ここが、お父さんとお母さんの?」


エステルがコクリと頷いた。


二人は、国のために殉死した者が埋葬されている墓地に来ていた。アンナの両親は、多くの人命を救ったとして、王族の墓の隣に手厚く葬られていた。



たくさんの花が置かれている墓石の前で、エステルは、


「多くの人が毎日ここを訪れては花を置いていくのよ」


そう話している間にも、大きな花束を抱えた男の人がやってきた。


貴族と思われるキチッとした服装で、真っ直ぐにこちらに近づいてきた男は、エステルに気付くと、深くお辞儀をして挨拶をした後、


「王女殿下も、彼らの弔いにいらっしゃったんですか?」


と尋ねてきた。男が、エステルの隣にいる少女を気にかけている様子だったので、エステルは、


「えぇ。この子は、彼らのお嬢さんなの」


と答えると、男は、


「え? じゃぁ……」


と言うと、持っていた花束をバサっと落とした。


「あ、あなたの、ご両親でしたか……」


男の目に見る見る涙が溜まってくると、堪えきれずついにボロボロと流れ落ち始めた。


「私は、あなたのご両親に助けられた……あなたのお父上が、私の身代わりになって、は、柱に……うっ、うぅっ……」


男はその場で咽び泣いた。


「あなたから、ご両親を……奪ってしまって……本当に……も、申し訳な……」



男はガクッと膝を落とし、


「あぁあ……」


と泣き崩れた。アンナの目にも涙が溢れ、前が見えなくなっていた。目を瞑ると、一気に涙が溢れ落ちた。アンナは、大きく深呼吸をすると、


「あ、あの……」


と男に話しかけた。



*******



 アンナは、両親の最後を知る男から、話を聞かせてもらった。男が涙ながらに語っている間、アンナは相槌一つ打つことなく、ただ一点を見つめて聞いていた。男が話し終えても、しばらく黙ったまま俯いていたアンナだったが、ようやく顔を上げた時には、スッキリとした表情で、


「話してくれて、ありがとうございました」


と答えた。男は、その様子を見て驚いていたが、深々とお辞儀をすると立ち去った。エステルが、ずっとアンナのことを見つめていることに気づき、


「もう大丈夫です。長い間、お世話になりました」


とお辞儀をして立ち去ろうとした。エステルは、


「行く当てがあるの?」


と尋ねると、


「それは……ないですけど……でも私は、国で一番優秀だった騎士の娘です。両親の名に恥じぬよう、生き抜いてみせます!」


エステルは、ふっと笑うと、


「だったら、うちの子にならない? 私がお母さんになってあげる」


と言った。アンナは、自分よりも年下の女の子から『お母さんになってあげる』と言われ、


「へ?」


と思わず気の抜けた顔をしてしまったことに、自分でも恥ずかしくなったが、何とか聞き返した。


「ど、どういうことですか?」

「ここで一緒に暮らしましょう」

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、アンナの思いは……


毎日一話投稿していこうと思っています。

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