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62.内乱

 両親との約束を守るため、一刻も早く小屋に戻りたいと思っていたアンナだったが、令嬢に呼び止められ、『それはもう必要ない』と言われた気がして、足が自然と止まった。が、令嬢の方に振り返る勇気は出ず、固まっていると、令嬢の方がアンナの前へと回り込んできてしゃがんだ。俯いていたアンナは、突然視界に令嬢の顔が現れたことに驚いたが、さっきまで冷酷に見えた令嬢の瞳があまりに温かく感じられ、それだけでも言いようのない安心感を覚えたアンナの目からは、自然と涙が溢れた。


「アンナね?」


令嬢の口から自分の名前が出てきたことにびっくりしていると、


「どこに行くつもり?」


と聞かれた。アンナは、両親には誰にも言ってはいけないと言われ、ずっと言わずにいたのに、自分でも気づかないうちに、口をついて出ていた。


「……小屋」

「そこにずっといたの?」


アンナは黙ってコクリと頷くと、


「私も一緒に行っていい?」


と令嬢が言った。アンナが驚いて顔を上げると、令嬢は微笑みながら、


「私はエステル。よろしくね」


と言った。



******



 小屋に着くと、アンナは令嬢を中に導き入れた。エステルは、お付きの者は外で待たせ、一人で中に入ってきた。



 一目で長い間使われていなかったことが分かった。あちこちに蜘蛛の巣が張り、古いテーブルや椅子、食器棚には厚い埃がかぶっている。


アンナは、部屋の中ほどに来ると床を見たまま動かなくなった。エステルは、アンナの隣りに並び、床に扉があることに気づくと、


「開けていいの?」


と聞いた。アンナは黙って頷いた。エステルがしゃがんで重い扉を引き開けると、中は、わずかな食べカスと水を汲むのに使っていたと思われる皿が一枚無造作に置かれているのみの保管庫だった。中から扉を開け閉めできる構造になっていたが、内から閉めれば、昼間でも相当暗かっただろう。ましてや夜は、真っ暗だったに違いない。


有事の際に、子どもを隠すことを予め想定して作られていたことが窺えたが、こんなところに、アンナは一人で一週間も過ごしていたことになる。



 アンナの両親は、非常に優秀な騎士だった。それ故に、最も大変で過酷な任務において、欠かせない人材であった。今回の内乱も二人がいたからこそ、犠牲者を最低限に抑え、鎮める事ができたのだ。但し、その最低限の犠牲者というのがアンナの両親だった。



-------


 反乱軍に拉致されていた人民が閉じ込められていた場所には、特殊魔法がかけられていた。まず、その魔法をかけた魔法師以外の者が扉を開けようとすると、その時点で爆破される仕掛けになっていた。


アンナの父親で王室近衛騎士団の団長だったノアと、同副団長だった母親のアイラは、隠れていた魔法師をやっとの思いで見つけ出した。洗脳魔法を使えるアイラが、魔法師を洗脳し、扉を開けさせるところまでは成功した。しかし、魔法師への洗脳魔法は持って10分、洗脳魔法への耐性訓練を受けてきた魔法師なら、ものの数分で切れてしまうこともあった。


 ノアは、捉えられていた人民を急いで外へ連れ出し、出来るだけ遠くに避難させるよう団員に命じ、一人だけ魔法で部屋の奥の柱に括り付けられている男を解放しようとした。が、その男は、恐怖からスムーズに話すこともままならない様子で、


「そ、そ、その扉が……あ、開いているあい、あい、間……こ、この柱にくくく、括り付けられ、られている者がい、いないと……ば、爆発する……って、そ、その魔法師がっ……」


と体をガクガクと震わせ、涙を流しながら語った。ノアは、左手で魔法師に洗脳魔法をかけながら、皆が逃げられるように右手で扉を開け続けていたアイラを見た。アイラは、ノアの意図を察し、扉を閉じた。ノアが、柱に括り付けられている人を解放し、自分自身を魔法で柱に括り付けると、


「アイラ、この人と一緒に出るんだ。いいな。これは団長としての命令だ」


と言った。しかし、アイラは、


「団長の命に従いたいところだけど、洗脳魔法をかけ続けるのも、そろそろ限界に近いの。この人が安全なところまで避難するまで、この魔法師を中に留めておくには、至近距離で魔力が尽きるまでかけ続けるしかなさそうなのよ」


とウィンクしながら笑うと、アイラは、柱から解放された男に向かって、


「私が扉を開けたら、振り返らず、真っ直ぐ走って行きなさい。最初の突き当たりを右に曲がったら、すぐに建物の陰で伏せるのよ。分かった?」


男は、ガクガクと頭を小刻みに縦に振ると、扉の前に立った。アイラが、扉をバーンと勢いよく開け、


「走れ!」


と言うと、男はよろめきながらも一目散に走って行った。アイラが再び扉を閉めるとノアはすぐさま自分の魔法を解き、アイラの元へ駆け寄り、


「アイラ! 君までいなくなってしまったらアンナは……!」

「あの子のことは……私達に万一の事があったら、エステル王女に居場所が伝わるように手配してあるわ。王室会議に出席している王族の誰かと内通者は繋がっているはず。エステル王女ならば、その心配はないでしょう?」

「君は……そこまで考えて……僕は本当に優秀な部下と賢い妻を持ったものだな」


二人一緒にふっと笑うと、魔法師が、


「うっ……」


と呻き始めた。アイラは、ここを出て走って行った男がもう少しで突き当たりに到達するのを確認し、


「そろそろ、魔法が切れそう……」


と最後の力を振り絞りながら言うと、ノアは後ろからアイラを力強く抱きしめて言った。


「アイラ……愛している」

「私もよ。ノア……」


と答えた瞬間、アイラが力尽き、魔法師が目を覚ました。と同時に、爆音が鳴り響いた。


-------



この事件があった後、エステルの周辺警護が強化され、アイラに頼まれていた騎士が、アンナの居場所をエステルに伝える事ができた時には、実に一週間が経っていた。


 エステルは、その話を聞くとすぐに、お付きの者を二人従えて、お忍びで町に出た。小屋へ行く途中で、小さな女の子が大男を投げ飛ばしているところを目撃した。 

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、アンナが町で会ったのは……


毎日一話投稿していこうと思っています。

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