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61.小さな令嬢

そこから先の話は頭に入って来なかった。ただ、たった今聞こえてきた言葉がアンナの頭の中をぐるぐると回った。


(両親をいっぺんに失う? 私が?)



アンナは、夜が明けるまで、その場に座り込んだままでいた。というより、動けなかった。

朝になると、町は以前と変わらず平穏な様子に戻っている様に見えた。内乱勃発後は、皆、最低限の用事を済ませると、家の中に籠っていることが多かった。ましてや子供が出歩くことなどなかったが、今は、談笑しながら歩く家族連れが、行き交っている。



アンナは、『両親との約束を守っていればきっと迎えに来てくれる』、ずっとそう信じてこれまで身を潜めてきた。だから、その時も、それ以外のことを考える余地などなかった。



(ここにいたら、人に見つかっちゃう……小屋に戻らなきゃ……)


朦朧としながら狭い路地裏をふらふらと歩いていると、遠くから、


「泥棒!」


と言う叫び声がした。振り返ると体のでかい男がアクセサリー類を鷲掴みにして、ものすごい勢いでアンナのいる路地裏に駆け込んできた。


「どけ! クソガキ!」


と言いながらアンナをなぎ倒さんばかりに突っ込んで来たとき、アンナは咄嗟に、男の体の真正面に入り込みながら男の片腕を掴み、男が体制を崩して前のめりの姿勢になるタイミングで、男を背負い投げした。


アンナの何倍もあろう大男が宙を舞い、壁にぶつかって動かなくなった。アンナは、


(しまった! やり過ぎちゃったかな?)


と焦り、


「大丈夫?」


と男の体を揺すったとき、


「いたぞー! なんだ、子どもまで使ってやがったのか!」


と、アクセサリー店の店主と思われる男が怒鳴りながら駆け寄って来た。


「違う! 私は、泥棒を止めようと……」

「じゃあなんで、そいつに大丈夫なんて声かけてたんだ?」

「それは……」


「何だ?」

「何事だ?」


と周りに続々と人が集まってくる。


「それに、お前のポケットから見えてるそれは何だ?」


アンナのスカートに付いてる大きなポケットにネックレスが引っかかっていた。


(え? どうして? あ……さっき技をかけたときに入っちゃったのかな?)


「これで言い逃れはできないな。こっちへ来い! 牢にぶち込んでやる!」

「きゃっ!」


店主はアンナの腕を掴むとぐいっと引っ張り上げようとした、そのとき、


「待ちなさい」


と、アンナ達を取り囲む野次馬を分入って一人の少女が現れた。



 町着を着ているものの、パッと見で貴族、しかもかなり身分の高い家柄の御令嬢だろうと分かる透き通ったハリのある白い肌に、艶やかな長い髪をなびかせている。見事に整った顔は子供とは思えない大人びた雰囲気を醸し出しているが、それ以上に、アンナよりも歳下と思われるその少女の気品と威厳に圧倒された。


周りにいた人達も同じように感じたらしく、皆後ろへと下がっていった。彼女の後ろに控えて立っている二人の男も町着を着てはいるが、厚い胸板に、太い腕、姿勢も非常に良い。恐らくお付きの者だろう。



「それ、あなたが盗んだの?」


何を考えているのか全く読めない無表情な令嬢に対し、不思議と、


(この子は信じられる)


と思ったアンナは、真っ直ぐに令嬢を見据え、


「いいえ。私は盗んでなどいません!」


とハッキリと答えた。



「あなたが店主?」


突然言葉をかけられた店主は、子供相手に、


「あ……は、はい」


と答えるのが精一杯だった。


「この娘は盗んでいないと言っているけど?」

「い、いや、しかし……泥棒というのは、みなそう言うものでして……」


と、冷や汗を垂らしながらようやくそう返したとき、


「そこのあなた、気がついたようね」


アンナに投げ飛ばされて壁にぶつかり、先程まで気を失っていた大男が、


「うっ……」


とうめき声をあげながら、ゆっくりと目を開けたところだった。



 男は声がした方を見ると、小さな、しかし圧倒的な威圧感を放ちながら、冷ややかな視線を送ってくる少女が立っていた。座っている大男よりも立っているその少女の方が小さいにも関わらず、男は覆い尽くされる恐怖を覚えた。


「これを盗んだのはあなた?」


男は、少女の凍てつく視線が喉に刺さっているかのように痛みを感じた。ここで嘘を言おうものなら、そのまま喉を掻き切られるのではないかと恐怖に打ち震えた。


「は……はい! 私が盗みました!」

「この者が盗んだと言っているわよ」


令嬢が店主に向かってそう言うと、店主はあっけにとられた様子でぽかんと口を開けて立っていたが、すぐに我に帰ると、


「あ……あぁ、ならいいんです」


とへつらうような笑みを浮かべながら、額の汗をぬぐった。令嬢は、目を細めて店主を見据え直すと、声のトーンを落として尋ねた。


「この娘を泥棒呼ばわりしておいて、それでいいと?」

「い、いえぇっ! 滅相もない!」


令嬢の気迫に押された店主は慌ててアンナの方に向き直り、


「か、勘違いして悪かった。気を悪くしないでくれよ」


と言った。令嬢は、ギロッと店主を尚も睨みつけている。店主が縮み上がっている様子を見たアンナは、


「もういいです。疑いが晴れたのなら、それで。助けてくださり、ありがとうございました」


と令嬢に向かって深々とお礼をし、立ち去ろうとした。が、令嬢は、


「待ちなさい」


とアンナを呼び止めた。

お読みくださり、ありがとうございます!


次回、エステルはアンナをどうするつもり?!


毎日一話投稿していこうと思っています。

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