56.三つ目の石
エステルは黙ったまま、火の精霊の目をまっすぐに捉えた。火の精霊は、
「敢えて近くに置いておこうという訳か? しかし、この程度の火の玉を使いこなせないようでは……食われることになるぞ」
と、意味深な笑みを浮かべた。精霊はシンをちらりと見ると、
「勇者よ。その剣をここに突き立ててみよ」
と、シンの力を試すかのように言った。シンは、
(何かの罠か……?)
と警戒しながら、慎重に前に歩み出た。
「ここに剣を突き立てるとどうなるんだ?」
「それは自分の目で確かめることだな。令嬢よ、そなたもよく見ておけ」
エステルは、アンナが全身炎に包まれた様を思い出したようだった。大きな瞳をさらにカッと見開き、シンを見た。シンは、エステルの視線を感じながらも、精霊から目を離すことなく、剣に手をかけた。すると、剣に嵌められている魔石がフォォ~ン、フォォ~ンと鳴き始めた。
(これは……?)
シンは、精霊が指し示している小塚に、試しに剣を近づけてみると、先ほどよりも大きな音で魔石が鳴った。火の精霊は、にんまりと口角を上げると、
「思い切りいけ! 地の底に届くほどにな!」
シンは、本能的に突き立てるべきと判断し、剣に全神経を集中させた。小声で呪文を唱えると、大きく剣を振り上げ、小塚の中央に
ガッ!
と突き刺した。と同時に凄まじい爆裂音がし、小塚は木っ端みじんに砕け散った。エステルとアンナは、リアムとルビーがとっさに出したバリアで、アンは自身で結界を張り、無事だった。一番近くにいたシンも、瞬時に結界を張り、無傷だった。
「ハーッハッハハっハハハ! 思い切りが良いのぉ。ここまで派手にやったのはお前が初めてだ。しかも、かすり傷一つ付けぬとは……少々可愛げはないが……」
と言いながらも、嬉しそうに笑った。
「よかろう、刻印を授けてやろう」
そう言うと、火の精霊は、エステルとシンに向かって、大量の灰を降り注いだ。二人の姿はあっという間に見えなくなった。
アンナが、その灰を吸い込み、ゲホゲホと咳き込むと、アンが、リュックに残っていた水をリアムに放り投げた。リアムは、それをキャッチしながらアンの方を見たが、すぐにアンナに水を飲ませてやった。アンナの咳がようやく治まってきた頃、シンとエステルの様子をずっと見ていたルビーが、
「……出てくる!」
と言い、皆、シンとエステルの方に集中した。視界を遮るほど大量に舞っていた灰が突然、バサっと音を立て、一斉に床に落ちた。手で目や口を覆っていたシンとエステルもそれに気づき、ゆっくりと目を開けた。二人は、すぐに自分の手のひらを見てみたが、何も現れていない。不思議に思った二人が顔を見合わせたとき、二人はこれ以上は無理だろうというくらい、目を見開いた。二人の様子がおかしいことに気づいた仲間達も二人の顔をよく見ると、おでこに刻印が現れていた。火の精霊が、
「二つを合わせてみよ」
とからかうように言った。シンとエステルは、顔をギリギリまで近づけた。シンは、ためらいながら、
「……合わせるぞ」
と尋ねると、エステルはめずらしく視線をそらし、ただ、
「えぇ……」
と答えた。二人がそっとおでこを合わせる様子を見ていたルビーは、真っ赤になった顔を両手で覆いながらも、その指の間からしっかり覗き見し、アンナは目を爛々とさせ、火の精霊に向かって、右手でグッジョブのサインを出していた。アンナは、リアムの耳を引っ張り寄せ、「ねぇ! あんたのお父さん、なかなかやるわね!」と囁いた。リアムは、
(ついさっき、あいつにひどい目に遭わされたことをもう忘れたのか?)
と、すっかりウキウキモードになっているアンナに呆れながらも、
(こいつが喜んでるならいいか)
と、ほほ笑んだ。
なかなか紋様がピタリと重ならないらしく、時間がかかっている。シンは、こんなにも緊張している自分に驚いていた。エステルもまた、どうしてよいか分からず困惑しているようだった。
シンは、ふぅ〜っと、深呼吸をすると、エステルの後頭部を両手でそっと包み込むようにして、真っ直ぐにおでこを合わせた。
アンナの興奮は最高潮に達し、リアムの服の裾を掴んでぐいぐい引っ張りながら、小声でキャーキャー騒いでいる。ルビーも、すっかり手で顔を覆うことを忘れ、口を開けたまま二人に見入っている。アンは、シンとエステルの心の距離が縮まってきているのを感じ取り、俯いてゆったりとほほ笑んだ。
シンとエステルが、いつ石は出てくるのだろう、と思いながら、額を合わせ続けていると、火の精霊にその心の声が聞こえたのか、
「灰の中を見て見ろ」
と言われた。二人は、そっとおでこを離すと、互いにふっと目を反らした後、先ほど床に落ちた灰の元にしゃがんだ。シンが、灰が舞わないようにそっと手で払いのけると、濃いピンク色をしたアーモンド形の石が二つ現れた。
「二つ?」
シンの声を合図にしたかのように、シンとエステルが同時に火の精霊を見た。
「いや、それで一つだ」
とだけ答えると、リアムに向かって何かを投げた。リアムは、それを片手でキャッチすると、すぐさま手を開いて見た。赤い小さな石で、中央がより濃くなっており、それはまるで、火の精霊が放つ炎のようだった。リアムが、
「二つあるが?」
と聞くと、
「もう一人の分だ」
と答え、くるりと後ろを向いた。再び太鼓の音が聞こえ、火の精霊が炎の中に姿を消すと、太鼓の音も石柱の先端で燃えていた火も消え、辺りは真っ暗になった。
リアムは二つの石を握りしめ、かすかにほほ笑んだのを隣りで見たアンナは、
(もう一人の分……か)
と心の中で繰り返した。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、二つの石の扱い方について。
毎日一話投稿していこうと思っています。
ご感想、ブックマーク、評価、大変励みになります!
どうぞよろしくお願いします!




