54.アポロ神殿
「俺にも知らせずに、親父は何をしようとしている?」
シンが凄むと、隊員の一人が、
「シン様にはやるべきことがあるため、シン様の邪魔にならぬよう調査するようにと」
「何をだ?」
隊員が固く口を閉じているため、シンから切り出した。
「アンのことか?」
隊員は、下を向いたまま微動だにしない。特殊部隊に選ばれる隊員は、服部一族の精鋭の中でも、特に頭が切れ、最も効果的な情報の扱い方を熟知している者たちだ。必要以上のことを話すことなどないということは、シンもよく分かっている。シンは、軽くため息をつくと、
「俺も気になっていることがある。親父にこれを……」
と素早く腰ベルトから取り出した機器にメッセージを打ち込むと、彼らの持つ機器に転送し、縄を解いた。隊員らは、シンに頭を下げると姿を消した。
*******
シンが、エステルたちの元にやって来るのとルビーとリアムが到着したのは、ほぼ同時だった。アンナは、
「ほら、シン様ももういらっしゃいましたよ」
と微笑んだ。シンが、
「ここも、何もなさそうだな」
と言うと、アンが、
「どこ行ってたの?」
と聞いてきた。シンが一分ほど気を消していたことに気づいていたのだろう。シンは、今来た後方を親指で指しながら、
「あっちで、写真撮りまくってる連中がいたから、写り込まないように、一瞬気を消してた」
と答えると、
「ふぅん……」
と一応納得したような顔をした。
エステルは、手がかりとなりそうなものが見つからなかったため、
「夜まで、他も見て回りましょう」
と歩き始めた。エステルは、純粋に遺跡巡りを楽しんでいるようだった。スニーカーの歩きやすさに気づいたエステルは、いつもよりも明らかに早い足取りで、遺跡内を巡っていった。エステルにしては珍しくはしゃいでいるようだった。無表情なので、そうは見えないが……。
陽が沈み始め、夕焼けを背景に遺跡の前で佇むエステルの姿は、モデルさながらの美しさだった。シンは思わず持っていた機器で何枚か写真を撮った。
結局、他でも何も見つけることの出来なかった一行は、アポロ神殿に戻り、観光客が徐々に減っていくタイミングで、石柱の裏側に身を潜めると、シンが全員を包むように結界を張った。遺跡内から人の声も物音も一切聞こえなくなった。完全に陽が落ち、暗い闇に包まれた時、シンは結界を解いた。
アーム王国の夜のように、月と星の明かり以外に、彼らを照らすものは何もなかった……はずだった。
静寂の中で彼らがじっとしていると、遠くの方から太鼓を打ち鳴らす音が聞こえてきた。その音が段々と近づいて来ると、突然、石柱の先端に、次々と炎が上がった。アポロ神とディアナ神の像が向かい合っているその奥に、天井がなくなり、今や舞台のようになっている神殿跡の中央が、まるでスポットライトが当たっているかのように明るく照らし出されている。全ての石柱に火が灯り、最後にアポロ神とディアナ神の手に、同時に火のついた松明が現れると、その二つの松明の火が神殿中央へと伸びていき、大きな一つの炎となった。優に3メートルは超える高さとなったその炎の中心が、徐々に赤黒くなり、人を模ったような茶褐色の塊へと姿を変えたとき、黒煙を纏った大男が現れた。
その男は、ギリシャ神話に出てくるような、白い布地で作った膝が隠れるぐらいの丈のドレスを腰紐で結え、筋肉で膨れ上がったふくらはぎまでしっかりと編み上げたサンダルを履いていた。ノースリーブの肩口から出ている腕も、首も、顔のサイズにそぐわない程に筋肉隆々だ。基は色白だと思われるが、煤で肌は燻んでいる。黒に近い赤褐色の髪は、四方八方に畝り、肩先を越えた毛先もあちこちを向いている。
昼間は全く気配すら感じられなかった精霊魔法の気が、今はビリビリと痛いくらいに伝わって来る。
(これだけの力を一体どこに収めてたんだ?)
皆、その大男が精霊であると確信し、出方を窺っていると、その大男は、鼻先に届きそうな前髪の間から二つの瞳をカッと見開いた。
その瞳に見覚えがある、と思ったのは、シンだけではなかった。皆が、ちらりとリアムの方を見た。大男も真っ直ぐにリアムを捉えている。リアムもまた、正面から大男を見据えていた。太鼓の音が独特のリズムで刻まれると、石柱に灯っていた炎が、大男の手のひらに飛び火して火の玉となり、ゴォゴォと音を立てた。
この一連の出来事が、シンが結界を解いてから、ほんの数秒の間に起こったことだとは、当の本人たちでさえ信じ難いほどのスピード感だった。気づけば、遺跡全体に結界が張られていた。今、遺跡のすぐ外側に誰かいたとしても、まさか中でこのようなことが起こっていようとは露ほども思わないだろう。
太鼓の軽快なリズムが、最後に小さく、
ドドンッ……
と響くと、辺りは再び静寂に包まれた。
大男が現れてから、辺りの温度が一気に上昇していた。皆が汗だくになる中、エステルだけが涼しい顔をして立っていた。
「ほう。今回は水の力を付けて来たか、始まりの令嬢よ」
「火の精霊ね」
「いかにも。この俺と対峙してそこまで悠々としていられた者はいなかった。今まで来た令嬢の中にも、勇者の中にもな」
そう言うと、火の精霊は、もう一人平然と立っているリアムを見た。
「生きておったか。もう一人はどうした?」
「……生きてるよ」
リアムの素っ気ない答えを気にする風もなく、火の精霊は幾つかの火の玉をポーン、ポーンと片手でお手玉のように投げ回している。
「我が子が、まさか令嬢の付き人としてやって来るとは……なっ!」
と言いながら、火の玉の一つをエステル目掛けて投げつけた。シンが咄嗟に剣を抜いて火の玉を散らしたが、シンが対応している間に、火の精霊はもう一つエステルに投げつけていた。あまりの速さにアンもリアムも間に合わず、
(しまった!)
と思った瞬間、エステルはその火の玉を片手でパンっと上に跳ね上げた後、火の精霊と同じように、片手でポーンポーンと投げては受け、投げては受けを繰り返した。
火の精霊は口の端を片方上げ、ニヤッと笑った。
「火も使えるのか」
「そのようね」
「は! 面白い。しかし、使いこなせるか?」
火の精霊は、大量の火の玉を皆に向けて一気に容赦なく投げつけた。
シンとアンはそれぞれ剣で散らし、リアムとルビーは魔法で応戦した。アンナは皆の後ろで、常に携行している防火撥水テーブルクロスにお茶用に持ってきた水をぶちまけると、エステルの盾になろうと前に出た。
エステルは、火の玉を火の精霊に打ち返すのに必死で、アンナの動きに気づいていなかった。エステルが打ち返した火の玉が、ちょうど前に出てきたアンナを直撃した。
一瞬のことだった。
アンナの全身が炎に包まれた……
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次回、アンナは助かるのか?!
毎日一話投稿していこうと思っています。
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