39.地下室
「これは……呼ばれてる?」
開かれた扉を見ながらアンが言うと、
「さっきメガネで確認できなかったのは、確かにここを降りて行った辺りだ」
メガネで確認できなかった、つまり、魔法がかけられているということだ。ルビーが、
「この魔法は……」
と言いかけると、
「あぁ。精霊だな」
とリアムが続けた。
「だよね。私、行ってくる! 皆んなはここからの退路を確保して置いて!」
と言って、階段を降り始めた。
「だから! 一人で行くなって!」
と言いながら、アンが後を追った。リアムがシンを見て、
「お嬢様とアンナを頼む」
と言って、その後に続いた。エステルも階段に向かおうとしたが、アンナが、
「お嬢様! 今回ばかりはお通しすることはできません!」
と立ちはだかった。
「ルビーが言ったように、退路を確保して待とう。せっかくジュリアを地下から救い出しても、ここで捕まったら元も子もない」
シンにも説得され、エステルは諦めたように、
「パトリック、ここから出るには、どう行くのがいいのかしら」
と聞いてきた。再び多機能型メガネを装着したシンが、
「まだまだカークハムを支持している奴らがいるんだな。続々と騎士がこの屋敷に向かって来てる。リアムが抜けている今、第四近衛騎士団だけでは、正面から入って来る奴らを完全に鎮圧するのは厳しいだろうな。じきに、ここにも騎士がやって来るだろう。裏口も、今はそちらに回り込んで来る奴はいないようだが、それも時間の問題だろうな」
と言っている側から、正面玄関から突破してきた騎士が現れた。シンが撒菱を撒くと、騎士達は、
「痛っ!」
「イタタタタッ!」
「いっ……!」
と、突如足の裏に襲った痛みに耐えかねて、飛び跳ねている。その間に、今度は裏口から入ってきたと思われる騎士がエステルに向かって切り掛かった。シンが、そちらに向き直って応戦しようとした瞬間、アンナがスカートをバッと捲り上げ、太ももに巻き付けていた短刀を二本、サッと取り出したかと思うと、ズサッとその騎士の足を切り付けた。
「ギャァっ!」
騎士は大きな声を上げ、苦痛に顔を歪めながら、その場でのたうち回った。
「アンナ?」
シンが驚いた顔をしていると、エステルが、
「アンナに、接近戦で勝てる者はそうはいないわ」
と言った。そのアンナの背後から切り掛かってきた騎士に目がけ、エステルが手をかざすと、眩い閃光が放たれ、騎士は、
「あぁっ!」
と目を覆って、その場に崩れ落ちた。シンは、
(エステルもなかなかやるな)
と、ふっと笑った。その後も次から次へと現れる騎士を自分も相手にしながら、アンナの戦いぶりを見ていたが、並の騎士では太刀打ちできないだろう、というほどの腕だった。
「大したもんだな」
シンがボソッと漏らすと、エステルがシンを見て頷いた。
(最初に来た日、着替え中の護衛を断ったのは、こういうことだったのか……)
エステルが、どれほどアンナに信頼を置いているかがよく分かった。
*******
「ジュリア!」
「ルビー?」
ジュリアは地下の一番奥の部屋に捉えられていた。想像していたのとは違い、足枷も手枷もされておらず、ただ、鍵のかかった部屋に監禁されていただけのようだった。
「どこも怪我してない?」
ルビーはそう聞きながら、同時に魔法で、手当が必要なところはないか確認した。
「私なら大丈夫。ここへ連れて来られるまで縛られていた跡が、少しついただけ」
そう言って見せてくれた手首には、少しの擦り傷があるだけだった。
「良かったぁ」
ルビーがホッとしながら、魔法で傷の手当をしていると、後ろからアンが飛び込んできた。
「アンドリュー様!」
ジュリアが驚いていると、
「やぁ、ジュリアちゃん。無事だった?」
「はい」
そこへリアムも到着した。
「リアムまで!」
とジュリアがびっくりしていると、
「アンナもそこまで来てる」
と言った。ジュリアは、
「アンナも? え? じゃぁ、お嬢様は?」
「お嬢様も一緒だ」
「何てこと!」
ジュリアは片手で口を覆うと、
「私は大丈夫だから、早くお嬢様のところに戻って! カークハム公爵の狙いはお嬢様なのよ!」
「分かってる! だが、お前と一緒に戻らなきゃ、お嬢様は一歩も動かない。分かってるだろ!」
と叫んだ。
(そうだ。お嬢様は、自分のことよりも、いつだって私たちのことを……あの時だって……)
ジュリアは、リアムを真っ直ぐ見てコクリと頷いた。部屋から出ようとした瞬間、ドアがバタンと閉められ、四人は閉じ込められた。リアムが開けようとしたが、扉はびくともしなかった。
扉の覗き窓から、黒いフードを被った精霊が目だけを覗かせ、
「悪いが、エステル王女を捕らえるまで、ここにいてもらう」
と言った。ルビーとリアムが魔法でドアをこじ開けようとしたが、
「ここは昔、当時の公爵が捕獲した精霊を閉じ込めるために使っていた部屋だ。精霊魔法を封じるための特別な魔法がかけられている。無駄な悪あがきはよして、大人しくしていた方が身のためだ」
と不適な笑みを浮かべた。精霊が話している間、ジュリアの陰に隠れ、アンが独特な手の形を何パターンか繰り返し作りながら、ブツブツと唱えているのをルビーが横目に捉えていた。ルビーにとっては、アンと一緒に忍びの任務に出かけた時に、何度か見たことのある光景……のはずだった、が、アンが最後の呪文を唱えて、ドアに手を翳した瞬間、
ドーンッ!!
と扉の外に立っていた精霊もろとも扉を吹き飛ばした。ルビーはその時、一瞬、アンの瞳が赤く光ったのを見た。と同時に、アンの口元が笑っているように見え、ルビーの中を不安が駆け抜けた。
「アン……?」
ルビーの声が届き、振り向いたアンは、いつもと変わらぬ様子で、
「ラビ! 俺、魔法使いになっちったかも?」
と、ニカっと笑った。
「な……何バカなこと言ってんのよ」
ルビーは努めていつも通りに振る舞った。
「だって、魔法がダメなら呪術はどうかなって試してみたら、まさかあんな風に扉が吹っ飛ぶなんてさ。ラビに魔法とシンクロさせてもらったからかな?」
「ど、どうかな〜?」
「これ使えるわ。シンにも教えてやろ」
アンは上機嫌だ。リアムは扉の下敷きになり、気を失っている精霊を魔法ロープで縛り上げると、ジュリアを連れて階段を上がって行った。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、ここから救ってくれたのは……
毎日一話投稿していこうと思っています。
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