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3.アンの母

 シンが当主のもとへ行った後、アンは、シンが残していった少女漫画を持って、自分の母親を訪ねていた。


都心へのアクセスが良い郊外の外れにある一見普通の二階建てのこの家は、アンが修行を終える年に、服部一族の屋敷の増改築を一手に引き受けている大工に建てさせたものだ。


この大工自身も忍びであり、忍びに必要な設備を知り尽くしているため、細かなところまで配慮が行き届いており、非常に使い勝手が良い。そのため、服部一族の拠点の一つにもなっていて、日頃から人の出入りが多く、玄関のドアは鍵をかけていないことが多い。



アンは、玄関のドアをバーンと開けると、


「母さん、ただいま〜!」


と言いながら、ズカズカと家の中に入っていき、洗濯物を洗濯機から取り出そうとしていた母親に後ろから抱きついた。



「北斗! あなたは、もう少し静かに入って来られないの?」

「それ、さっきシンにも言われた。でも、別にそんなんで母さんが驚くことはないだろ?」


アンの母は、とても耳がいい。それに気配を察知する能力に長けている。



「まぁ、そうだけど。お行儀が悪いでしょ!」

「外ではちゃんとしてるよ〜」



確かに、アンは外面が良い。すごく良い。この人当たりの良さに加え、母親譲りのこの外見だ。イギリス人の母親はアンと同じ髪色をしており、顔はそれほど似ていないが、少し年の離れた姉と言ってもいいくらい、目がパッチリしていて可愛らしい風貌をしている。


アンが子どもの頃、二人一緒に町を散歩していると、


「子どもモデルに興味ありませんか?」

「お母さんも一緒に親子で共演なんてどうでしょう?」


などと、芸能事務所やモデル事務所から、よくスカウトされた。



「はいはい。で? 何しに来たの?」

「え〜、つれないなぁ。久しぶりに息子が会いに来たっていうのに」

「滅多に来ないあなたがわざわざ来たってことは、何かあるんでしょ?」

「ま、そうなんだけどね」


アンは屈託のない笑顔で答えると、


「これさ、母さんのじゃない?」


と言って、著者欄に『Maya』と書かれた少女漫画を取り出した。『Maya』とは、アンの母、安藤マヤのペンネームだ。

アンは、背後からマヤを覆うようにして両手を伸ばし、マヤの目の前でページをめくっていった。


「……あぁ、そうね。何? あんたもやっと読む気になったの?」


マヤは努めて明るく答えたが、アンは母親の返答に少し間があったことに気づいた。


「まぁね。実はこれ、シンが女の子から押し付けられてたんだよね。シンが物を受け取らされるなんて今までなかったから、ちょっと気になってさ。読んでみたわけよ」

「……そう。どうだった?」


と答えながら、マヤが微かに震えているのをアンは見逃さなかった。



「面白いね。登場人物に親近感湧いちゃった。もしかして、この王子って、シンがモデル?」


マヤが固まった。



「でもって、この王子の親友ってのが俺だったりして?」



こちらの出方を窺っているらしきマヤに、アンは、


「身分を隠して暮らしていた王子のもとに、王家から登城するようにと手紙が来た。が、それが罠であることが分かり、親友が後を追って助けに行く……ってところから物語が始まってんだよね。さっき、シンにも不思議な手紙が届いてたんだけどさ、これってただの偶然? それとも、母さん、何か知っててこの漫画描いたの?」


と畳みかけた。



 マヤは売れっ子漫画家だ。デビュー作の、西洋の悪役令嬢を主人公にした物語『悪役令嬢は溺愛に弱いんです!』通称『デキヨワ』がヒットし、今はこれだけで生計が立てられるほどになっている。



 マヤは覚悟を決め、ゆっくりとアンの方に向き直った。アンがいつになく真剣な眼差しでこちらを見ている。



「どんな手紙だったの?」

「封筒には、宛名も送り主の名前もなく、封蝋で閉じられてた。ルビーに炙り出させたら、俺達への依頼コードが浮かび上がってきた。中の手紙も白紙だったけど、同じようにルビーに出してもらったら、ちょっと変わった文章が現れたよ」

「変わった文章?」

「あぁ。確か……己を頼りに進めば、道は自ずと開かれる。試練に打ち勝てば、丑三つ時に扉現れり……だったかな」


アン達は、一度聞いた情報を正しく暗記する訓練を長年受けてきている。聞きなれない言葉だろうが、外国語だろうが、見聞きしたまま記憶することなど、容易いことだ。


手紙の内容を聞いたマヤの表情が少しこわばった。


「……封蝋に……紋様はなかった?」

「紋様……あぁ、あった。王冠にAMって書かれてたな」

「王冠にAM!」


と、マヤが驚いたように呟いた。マヤの反応を見て胸騒ぎがしたアンは、


「母さん、その紋様知ってるの?」


と問いただそうとしたとき、



「北斗!」


と呼びかけながら、アンの父親、安藤龍司が入ってきた。



「あなた! 当主のところに行ってたんじゃ?」



アンとマヤに気配を悟られず、ここまで近寄れるのは龍司ぐらいだ。



「あぁ、行ってた。そして、当主から北斗にこの手紙を渡すよう言い付かって来た」

「ヒュ〜ッ。あそこからここまでどんだけあんのよ」


アンは、くっと笑ってそう言った。

一般道を来たならば、バイクで飛ばしても一時間はかかるところを三十分ほどで来た計算になるからだ。



 服部一族には、初代当主の頃より数千年をかけて作り続けてきた抜け道がある。それは世界中を網羅しており、信じられない速さで移動することを可能としている。

もちろん、狭く複雑な通路をかなりの速度で駆け抜ける能力と体力があってこそ、それは実現できる。


アンもそれらの抜け道の存在は当然知っているし、使ったこともある。が、龍司は現在52歳だ。その歳で、この距離をこのような短時間でやって来たことに、アンなりに敬意を表しての発言だった。



 龍司は、当主の幼馴染であり、幼少の頃から共に修行を積んできた同志でもある。ITに強く、表向きはSEの肩書きを持つが、戦略立案の才があり、今は当主の片腕として参謀の役割を果たしている。自ら動くのは、最重要案件のみだ。


その龍司が、当主から直々に頼まれ預かってきた手紙は、アンが先ほどシンに渡したあの手紙だった。



「これを俺に?」

「あぁ、それを持って行くようにと」



アンは、マヤの方を見た。マヤはアンの目を見ながら頷くと、


「シン様を追いなさい」


そう言ったマヤの瞳は、涙を堪えているようだった。



「母さん、俺なら大丈夫だよ」


と言いながらマヤをハグすると、マヤは黙って、うんうんと頷くばかりだった。



「父さん、母さんをよろしく」

「あぁ。母さんと帰りを待っている」



アンは、ふっと人懐っこい笑顔を浮かべると二人に背をむけ、バイバイと左手を振りながら家を出て行った。




 マヤは、アンを見つめたまま、ポロポロと涙を流し、その場に崩れ落ちた。龍司はマヤに並んで片膝をつき、肩に手を回して尋ねた。


「まだ、私には話してもらえないのか? マヤ、一体君は何者なんだ?」

お読みくださり、ありがとうございます!

次回、いよいよ令嬢登場します。

毎日一話投稿していこうと思っています。

ご感想、ブックマーク、評価、大変励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

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