19.言い伝え
ルビーが、エステルが手にしているノートの背表紙を前足でそっと、埃を落とすようにポンポンと叩いている。エステルがそれに気づき、ノートを裏返すと、下の方に小さく【II】と書かれていた。
「これは……【I】もありそうだな」
「そうね。でもここにある全ての本は、順に並べられているはず。それに、ここは持ち出し禁止だから、あるとすれば、このノートの隣に収納されているはずだわ」
皆で手分けして周辺の本をくまなく確認していったが、やはり【I】は見つからなかった。
「これ以上、ここで探しても時間の無駄になりそうだから、追々探すことにしましょう。それより、今回の依頼について本題に入りましょう」
エステルは淡々と物事を進めていく、というより、無駄がない印象だ。指示も的確で分かりやすい。
(こんなに仕事がやりやすいと感じるのは初めてだな)
シンも、受けた依頼は私情を挟むことなく淡々とこなしていくタイプだが、今回はいつになく、どんな依頼なのか興味が湧いていた。
禁書の間の一番奥まったところに、それらを閲覧するためのテーブルと椅子だけが置かれた簡素な部屋があった。エステルがそこへ皆を導いていこうとすると、アンナがススっと先を行き、部屋に入っていった。ものの数分だったはずだが、皆が部屋の手前までくると、ほのかに甘い香りが中から漂ってきた。その香りにつられるようにして、ルビーが一足先に部屋へと入っていき、その後にリアムが続いた。エステルに、
「どうぞ」
と中に通されたシンとアンを、アンナが出迎えた。テーブルにはお茶菓子と、昼食時のものとは別のティーカップが並べられていた。当然、アンナの手には、いつでもお湯を注げるようにポットが用意されている。アンが一言……
「マジで?」
と、王女付き侍女の働きぶりに目を見張った。エステルが驚いている様子はなく、安定の無表情だ。
「アン、ありがとう」
と言うエステルの言葉に、アンナは誇らしそうにお辞儀をした。マカロンが予め置かれているのはルビーの席、マフィンが置いてあるのはリアムの席だ。
アンナは、お仕えする王女様や他の王族だけでなく、一度でもお招きしたお客様や一緒に働く者の趣味嗜好をよく把握している。アンナはエステル王女の専属侍女でありながら、侍女長も任されるほど、皆からの信頼は厚い。
アンナが皆に紅茶を注ぎ終わると、エステルが話し始めた。
「神殿の女神が何を手にしていたか覚えている?」
「あぁ、石持ってたね。勾玉みたいな」
アンは、おちゃらけているようだが、忍びとして、瞬時に、どこに何がどのような状態であるのか把握するよう訓練してきており、アンはこの点に関しては、シンに負けずとも劣らない能力を有している。当然、シンも勾玉型をした石を女神が持っていたことは認識済みだ。
「その通りよ」
エステルは満足げにそう言うと、話を続けた。
「王家には、代々語り継がれている物語があるの」
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あるところに、いつも一人で遊んでいる女の子がいました。
女の子が住んでいる町はどんどん寒くなっていて、植物もあまり育たなくなっていました。若い人たちは他へ移り住んでしまい、残っているのはお年寄りと女の子の家族だけになっていました。
でも唯一、今もお花が綺麗に咲くところがあって、女の子はそこが大のお気に入りでした。
その日もそこで、一人で花冠を作って遊んでいると、緑色をした可愛らしい妖精がやってきました。女の子がびっくりしていると、妖精はキラキラと光る羽をハタハタと羽ばたかせながら、
「その花冠、素敵ね」
と言いました。嬉しくなった女の子は、
「妖精さんにも作ってあげるね!」
と言って、小さな妖精のために小さな花冠を作ってあげました。妖精はとても喜んで、
「一緒に遊んであげる! 宝探ししましょう。この石を探すの」
と言って、5つの綺麗な石を見せてくれました。女の子が、
「わぁ、綺麗!」
と覗き込むと、妖精は、
「見つけたら、あなたにあげるわ」
と嬉しそうに言いました.
「ありがとう!」
女の子がお礼を言い、二人で宝探しを始めようとしたとき、遠くで女の子を呼んでいる声が聞こえてきました。女の子は、
「お母さんだわ。私、今日はもう帰らないといけないの。また明日遊べない?」
と聞きました。妖精は、
「明日はここには来られないの。今日のうちに5つの石を隠しておくから、探してみて。全て見つけたら、私の名前を呼んでね」
と言って、そっとその女の子にだけ聞こえるように名前を告げました。そして、
「あなたの名前も教えて?」
と聞かれたので、女の子も妖精の真似をして、そっと自分の名前を耳打ちしました。
「分かったわ。そしたら私もあなたの名前を呼ぶから」
「うん! それじゃ、また遊んでね。約束よ!」
と言うと、二人はそれぞれの手を合わせました。二人の手が、ぽぅっと明るくなったと思ったら、妖精は消えていました。
女の子は、翌日から石を探し始めましたが、簡単には見つかりませんでした。石はいつも意外なところで見つかりました。
1つは水溜りの中、
1つは砂場の中、
1つは暖炉の灰の中、
1つは小川のほとりに。
ここまで見つけるのに十年が経っていました。
女の子が成人となる誕生日の朝、妖精に会った花畑に行ってみました。すると、遠くで何かが光っているではありませんか。この十年の間、何度もこの花畑には来ていたというのに…。ドキドキしながら近づいていくと、そこに最後の石が!
女の子は、その石を拾い上げ、ぎゅっと握り締めながら、目を閉じて妖精の名前を呟きました。ゆっくりと目を開けると、あの時と変わらぬ姿のままの妖精が目の前で飛んでいるではありませんか。
二人は別れた時と同じように、それぞれの手を合わせました。そして、妖精が女の子の名前を呼ぶと、寒くて植物が育ちにくかったその土地に、木々や草花が生い茂り始め、枯れ葉色だった町が、一気に明るく色づきました。
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「……この噂を聞いた人々がたくさんこの町に移り住むようになり、いつも一人で遊んでいた女の子にもたくさんのお友達ができて、その後はずっと幸せに暮らしましたとさ」
意外なエステルの語り口に、皆が口をつぐんでいると、たまりかねたアンが、
「なんか、最後だけ日本昔ばなしっぽかったね」
とツッコむと、ルビーがアンの胸に前足で裏チョップを入れた。
「うっ! ラビ……何その技……どこで覚えたの?」
アンはうめきながら、横目でラビを見ると、ラビがキラーンッと意地悪そうな顔で笑っていた。シンは、アンとルビーのことは放っておいて、
「ノートの内容と酷似してるな」
「えぇ。そして、この物語には……」
「復興のヒントが示されている」
エステルは、肯定するようにシンを見た後、話を続けた。
「礼拝堂でも話したように、天災の復興に女神の石が必要だとすると、今、一つも石が残っていない状況で、次の天災が起こったら……」
「これまでに起きた四つの大天災を凌ぐ規模になる可能性も考えられる」
ルビーが、ぶるぶるっと震えたので、アンが抱き上げた。エステルとシンは話を続けた。
「だとすると、天災が起きてから石を探し始めたのでは間に合わないと思うの」
「この物語でも、五つ全部探し当てるのに十年かかってるからな」
アンナも青ざめた顔をしている。猫のリアムがスッとアンナの足元に擦り寄り、ピョンっと飛び乗ってきた。アンナは気持ちを落ち着かせようと、ぎゅっとリアムを抱き抱えた。
「十年越しの依頼になる可能性があるってこと?」
アンが、ルビーの頭をよしよしと撫でながら聞いた。
「可能性としてなくはないけど、恐らく教訓として語り継がれているだけで、早く取り掛かれという意味だと思うわ」
「それから、石は一つだけでなく、やはり五つ全て見つける必要があると……」
シンが確認するように言うと、
「えぇ。そうするとタペストリーの絵の意味とも繋がる気がするの」
とエステルも同意した。アンは、シンとエステルの息が合っているのを見て、
「ふう〜ん」
と意味ありげな顔で微笑んだ。
お読みくださり、ありがとうございます!
次回は、エステルの意外な一面が見られるかも♪
毎日一話投稿していこうと思っています。
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