18.禁書の間
王立図書館は、シン達がこの世界へ入ってきた玄関ホールがあった東宮と、今自分たちが使わせてもらっている部屋がある建物、つまり、エステルの居室がある北宮の間に位置している。
彼女のことを昔から知る館長は、エステルは本が好きで、小さい頃からよく王立図書館へ来ては、あの窓枠に腰掛け、お人形さんのようにじっと動かずに、何時間も本を読んでいたのを懐かしく思い出す、などと話しながら、禁書が保管されている部屋へと案内してくれた。
この部屋の中には館長も入ることは許されておらず、入口の手前までくると、エステルにお辞儀をして戻って行った。
そこから、王族のみが入室を許可されている禁書の間にたどり着くには、幾重もの扉があり、その度にエステルは手をかざして開けては閉じ、開けては閉じと、一枚ずつ進んで行かなければならなかった。
「これ大変だね。エステルちゃん、疲れたでしょ?」
アンが気遣うと、
「大丈夫よ。でももう少し何とかならないかとは思うけど」
……本音だな。
心なしか、エステルがシン達に心を許し始めてくれているような気がした。
アンは、相手の懐に飛び込むのが本当に上手い。シンは、大抵のことはアンよりも上手くこなすが、こればっかりはアンには敵わないと思っていた。
「エステルちゃん、手が疲れたら、俺が後でマッサージしてあげるよ」
ベシッ!
エステルが
結構よ
と断る間も無く、ルビーがアンの向こう脛に蹴りを入れた。
「痛っ! ラビ、この間から乱暴者が加速してない?」
皆が笑っている間、エステルは黙々と扉を開けていった。ついに最後の扉を開けると、中は真っ暗だった。
「パトリック。あなたもできるはずよ」
そう言われて、シンはエステルがしているように、手を暗闇の方へ向け、神経を集中させた。神殿で纏った時と同じ光が手のひらからこぼれ落ちそうになった。エステルはそれをすくい上げるような動きをした後、部屋に光を振りまいた。シンもエステルを真似て光を振りまくと、室内にあった全ての燭台に灯が灯った。
シンが驚きながらエステルの方を見ると、エステルもまたシンの方を見ていた。そして、コクリと頷いた。シンは、自分の手をもう一度見つめ、今起こったことを反芻していた。
(これは便利だな。この力は、この世界でのみ使えるのか、それとも外の世界でも使えるのか?)
そんなことを考えながら、ふと顔を上げると、
「すごいな……」
禁書の間の想像以上の広さに圧倒された。
「ここには、建国以来、門外不出とされた本や手紙、書類まで集められてきているから」
「これだけの中から探すのは至難の技じゃないか?」
「知らない本を探すのは確かに大変だけど、覚えているページがあれば、それを念じるだけで出てくるのよ」
そう言うと、エステルは目を閉じた。皆が息を殺し、エステルに注目していると、遠くの方からカタカタと音がした。エステルが音のした方へと歩き出した。いくつかの書棚を通り過ぎたところで左に曲がり、次に右に曲がると階段があった。吹き抜けになっている中央の空間を取り囲むように、壁際にぎっしり本が埋め尽くされている。エステルが見つめる先で、1冊の古書が、背表紙が綺麗に並べられている他の本より少し飛び出ていた。が、かなり高い位置にあり、186cmあるシンでさえも、手が届かない距離である。
「あれ、どうやって取るの?」
アンが、
私にも見せて!
と興奮気味のルビーをおでこに乗せ、上を見上げながら聞いた。正直なところ、ルビーのせいで、上はほとんど見えなかったが。
エステルは、それに答える代わりに、手を挙げた。すると、その古書はするりと風に舞うように降りてきて、エステルの手に収まった。
「これだわ」
エステルは懐かしそうに本を撫でた後、指先で表紙をトントンと軽く叩いた。表紙が一人でに開いたと思ったら、ページがパラパラと捲られ、あるページを開いて止まった。皆んなが一斉にそのページを覗き込んだので、ゴツンと頭をぶつけた。
「痛っ!」
皆、それぞれ自分の頭を押さえたあと、顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。さっきまでの緊張感が緩み、穏やかな空気が流れた。
皆が笑っている様子を真顔で見ているエステルの手元をよく見ると、それは本ではなくノートだった。建国以来、受け継がれてきたそのノートには、それを記した宰相のサインが残っていた。
古文な上に、それぞれの宰相の癖のある筆記体を解読するには時間を要しそうだったが、エステルがサラサラと綺麗なトーンで読み始めると、まるでその時代に戻ったかのような錯覚を覚えるほど、四つの大天災の壮絶さをまざまざと感じ取ることができた。
それぞれの天災の内容はざっとこんな感じだった。
一つ目は、大地震だ。
人々は各地域に小さな神殿を作り、農耕や祭り等もそこを拠点にして互いに協力しながら暮らしていたが、力をつけた一部の者が、周りの土地を占拠し始めた。さらに、より大きな神殿を建て、そこを聖地と称したことで各地で暴動が起こった。
この人間達の行いが神の怒りに触れ、大地震が起こった。太陽が最初に昇る場所として、小さな岬の先端に建てられていたその大神殿は、岬ごと崩れて海底に沈んだとされている。
二つ目は、干ばつだ。
長い年月をかけて復興を遂げ、人々が穏やかに暮らしていたとき、強欲な者が、弱い者から農耕地を取り上げ宮殿を建てた。
キツイ仕事は弱者にさせ、自分たちは楽をするという暮らしを始め、またこれに倣う者が次々と出てきたことで、弱者と強者の生活ぶりに大きな開きができ、不満を募らせた弱者たちが集まり、強者の屋敷に火を放った。
肥沃だったその土地は焼け野原へと変わり果てた。さらにその後、長い間日照りが続き、栄華を誇った宮殿の周りは砂漠と化していった。
三つ目は、火山の噴火だ。
住むところを失った者達が、別の土地を探し求めて彷徨い続け、ついに移住場所を見つけた。彼らは、長い旅路の中で、様々な土地の文化や産業に触れてきたことで、豊富な知識を有する民族となっていた。
最初は、元々その土地に住んでいた者達にその知識を供与し、互いに恩恵を受けながら暮らしていたが、次第に、より知識がある者がない者を支配すべきだという考えの者が現れるようになった。小さな言い争いが発端で、事態はみるみる深刻になり、最後には大きな戦いへと発展した。
人々が狂気に身を任せていたとき大噴火が起こり、争っていた二つの民族は滅亡した。
四つ目は、嵐だ。
何度も衰退を繰り返してきた人類は、ようやく平和に価値を見出し、争いごとを避け、食べ物も互いに分け与えながら、暮らすようになっていた。
海の幸にも山の幸にも預かれるこの暮らしに感謝しようと、神が住んでいると言い伝えのある島に社を作り奉った。しかし、民も食糧も豊かなこの地の噂は遠方にも届き、我が物にしようと海を渡って攻め入ってくる者が後を絶たなかった。その度に嵐が起こり難を逃れていたが、あるとき無数の船が攻めてきた。
ついにその土地の民は上流へと避難することを決意した。すると嵐が来る予兆が現れ、急ぎ民が積荷を終え、全員が船に乗り込むと、突然大きな波が押し寄せてきて、外来船を沈めていった。
民たちの乗る船は、川へと流れ込んできた大きな波に押し上げられるようにして上流へと運ばれ、その先の土地で皆静かに暮らしていった。
「ふうん。四つ目の話だけ、なんかちょっとハッピーエンドっぽい?」
「えぇ。私も、幼い頃これを読んだとき、何故ここだけがって不思議だった。それから、この四つに共通しているのが……」
「復興のタイミングで女神が登場する」
「そう」
「あのタペストリーに描かれてる美女は、女神様だったわけだ」
アンとエステルが話している間、シンは考えていた。
(この話、どこかで聞いたことがあるような……)
記憶を辿ってみているが、なかなかヒットしない。眉間を寄せ、一点を見つめているシンに、
「何か気になることでもあるの?」
とエステルが声をかけた。
「あぁ。何か大事なことを忘れている気が……」
お読みくださり、ありがとうございます!
次回、王家に伝わる物語が……
毎日一話投稿していこうと思っています。
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