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16.秘密の礼拝堂

 エステルが自分の両手を見つめたまま止まっている。


「大丈夫か?」


シンが声をかけると、


「私の手を握ってみてくれる?」


すぐ隣にいるエステルに大きな瞳で下から覗き込まれ、シンはドキっとした。


な……んだ? 俺、さっきからどうかしてるな。



シンはパッと一瞬目を逸らした後、


「こうか?」


とエステルの手を握ると、手の平に温かい空気が伝わってくるのを感じた。


「これは!」

「感じる?」


シンはそっと手を離し、自分の両手を見つめた。掌がパールのパウダーを散らしたように、キラキラと光っている。エステルは右手を伸ばし、シンの頭上でくるくると回すと、先ほどのエステルと同じように、シンの体に巻き付くようにして光がエステルの手から降り注がれた。その手を今度は、スッと女神の方に向けると、シンを包んでいた光がスーッと流れていき、女神の頭上にある少し歪な形をした王冠がキラリと輝いた。


「パトリック。やはり、あなたのようね」


エステルは、まっすぐにシンの瞳を捉えて言った。シンは、どういう意味か気になったが、エステルの眼差しの前に言葉を失っていた。


ルビーは、ぴょんぴょん跳ねながら、パチパチと拍手をして喜んでいる。エステルは、そっとルビーを抱き上げると、


「行きましょう」


と言い、皆んなを連れて神殿を出た。



(本当に見事な庭園だな。どこも手入れが行き届いている。最初に入った玄関ホールがあった館は東、寝室があったのは北、この神殿が中央だと仮定すると、さっきは裏手から入って今正面から出たってことか)


シンが位置関係を探りながら歩いていると、踊るように水が噴き出している噴水が現れた。


(この噴水……どこかで……)



シンは気になりながらも、皆の後をついて脇を通り抜けた。しばらく歩くと、南の館が見えてきた。が、それは館などという規模ではなく……


「ここが王宮よ」



高く聳え立つような城ではなく、どっしりと構え、揺るぎない力を証明して見せているかのような荘厳さが感じられる城だ。高さはそれほどないが、中央が一番高く、横に末広がりに伸び、それはまるで……


「ちょっと富士山っぽくない?」


とアンが言った。アン独特の感性ではあるが、言いたいことは伝わってくる。雪化粧をした富士山のように、白く凛としている様は、日本人にはどこか親近感を抱かせる。



 中に入ると吹き抜けのホールがあり、優美で落ち着いた内装が来賓を出迎える。ホール正面の扉奥にある広間が、昨夜のパーティー会場だ。


そこを右手に回り込み、裏手へと進んで行くと大きな柱が何本か見えてきた。その柱を決まったルートでくるくると回ると、1本の柱から石戸が浮き出てきた。エステルがその柱に向かって手をかざすと、ゴゴゴッと重い音を立てて、石戸が開かれた。



猫のリアムがエステルの脇を抜けて、スッと中に入っていった。入るとすぐに地下へと続く階段がある。皆にリアムの後についていくように言うと、エステルは石戸を閉めた。降りきったところの扉の前でリアムがじっと待っていた。皆の後ろからエステルが手をかざすと扉が開かれた。



 リアムが先導し、皆が中に入ると、そこは古びた小さな礼拝堂のようだった。地下へ降りたはずだが、1階部分まで吹き抜けになっており、ステンドグラスがはめられた窓からは、色とりどりの光が部屋を照らしている。


今は礼拝堂としては使っていないのだろう。祭壇はなく、長いテーブルとその両脇に椅子が並べられていた。ステンドグラスの窓の下には、大きなタペストリーが三枚掛けられ、そのうち中央のタペストリーは、両脇のタペストリーよりも一段高いところに飾られている。



「こんな大きなタペストリーは初めて見たよ」


アンは、移動中や新しい場所に来るといつもするように、目につくものを一つ一つ手に取って見ながら言った。



「そう? この部屋は、王家の者のみが知る部屋。王族以外の者は石戸やその扉を開けることはできないの」


エステルはそう言って皆に椅子を勧めると、いつの間に準備していたのか、テーブルには昼食とティーカップが用意され、


いつでもお湯を注げます!


と言いたげに、アンナがティーポットを持ってにこやかに立っていた。



 アンナがやけに大きなピクニックバスケットを持っていたのはこのためだった。王女付きの侍女たる者、いかなるときも王女が品位を保てるよう、あらゆる事態を想定し、日頃から準備を怠らない。エステルが、


「どうぞ」


と言うと、いつものように、ルビーが毒等の異物が混入されていないかチェックし、親指を立て、グッと前足でやったつもりのようだったので(実際には前足を上げたようにしか見えなかったのだが)、アンが紅茶に口をつけた。ルビーは、ここへ来てからマカロンばかり食べている。すっかり気に入ったようだ。



「ここは、もともとは小さな神殿だったの。初代王アーロンの双子の弟であるパトリックが……」


エステルがここまで言うと、皆がシンの方を見た。


「……神官をしていたの。当時は、ここよりも小さな神殿が点在していて、その周りに人々は暮らしていた。最初は上手くやっていたようだけれど、次第に力で他の者を支配しようとする者が出始めた。あちこちで諍いが起こり、アーロン王とパトリック神官は、ここでよく、皆が平和に暮らせる世の中にするにはどうしたら良いかと話していたそうよ」



(初代王とその弟が使用していたにしては、かなり質素だな。まぁ、今のような貴族社会になったのは、もっとずっと後なんだろうが……)


シンが古き時代に思いを馳せていると、


「へ〜。ここで初代王とパトリック神官が……」


アンがまたシンの方をチラッと見た。からかいたくて仕方がないのだろう。エステルは、それに構うことなく、


「王家に代々伝えられている話によれば、このタペストリーには、過去と未来が表されているそうよ」


と続けた。


「未来も?」


アンの視線は無視して、シンが尋ねた。



「えぇ。この世に人類が誕生して以来、四度、人間の傲慢さが神の怒りを買い、大きな天災がもたらされてきた。


一度目は地震、

二度目は干ばつ、

三度目は噴火、

四度目は嵐、


これらは過去のこと。


そして、五度目、これから起こるとされているのが、このタペストリーのこの部分なのだけれど……」



エステルが指し示している、一番右のタペストリーには、青々とした草木が生い茂っている様子が描かれている。


「大天災には見えないけど……むしろ平和な感じ?」


アンの言う通りだった。エステルは続けた。


「この3つのタペストリーには、それぞれに物語があって、ここには、それらの天災の様子やそれをどのように乗り越えたかが描かれているらしいの」


「……なるほど」


どんな時でもとりあえず返事をするのがアンだ。


「分かってないだろ?」


いつものようにシンがツッコんだ。



 エステルはそこまで話し終えると、中央のタペストリーをめくり、壁に手をかざした。


ゴリゴリッと石を削るような音を立てながら、壁から引き出し一つが現れた。


お読みくださり、ありがとうございます!


次回、引き出しの中身が明らかに!


毎日一話投稿していこうと思っています。

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どうぞよろしくお願いします!

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