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15.神殿の女神

 朝から豪勢な食事が並んでいる。ルビーの分もちゃんと用意されていたが、その隣りに猫のリアムの食事も置かれていたため、両者は時折睨み合いながら食べていた。



「今回あなた……達に依頼することになったのは、お告げがあったからなの」


エステルがおもむろに話し始めた。一瞬間があったのは、当初はシン一人に依頼するつもりだったからだろう。



「お告げ? 誰から?」


シンが聞いた。


「誰かは分からないけど、いつものように神殿で祈りをささげていたときに、突然、頭の中に声が鳴り響いたの。とても美しい女性の声だったわ」



 ルビーが身を乗り出して聞こうとして、スープ皿に突っ伏した。スープでベトベトになったルビーからスッと離れるリアム。それを見ていた皆が笑いたいのを堪えてぷるぷると肩を震わせていた。


ただ、エステルだけは違った。いつものように全く表情を変えることなく、下を向いてぷるぷるしているアンナに言った。


「お湯を沸かしてあげて。それから、上がったらスープのお替りを出してあげてちょうだい」


いつもなら「はい」と答えるアンナだが、この時は唇をぎゅっと結び、ルビーの方を見ないよう俯いたまま、コクリと頭を下げ、肩をぷるぷると振るわせたまま退室した。すぐに別の侍女がタオルを持って現れ、ルビーをそっとくるんで連れて行った。



「ルビーにも聞いてほしいから、依頼の詳細は食事の後にしましょう。どうぞ召し上がって」


 まだ笑いが収まっていなかったアンは、涙をふきながら大きく深呼吸をした。


「はぁ~っ。あいつは本当に笑かしてくれるな。せっかく昨日、俺がキレイに洗ってやったのに」

「アンドリューが? ルビーを?」


真顔のエステルが、心なしかいつもより怖く感じる。


「あ、あぁ」

「嫌がらなかった?」

「めちゃくちゃ嫌がってた! もう蹴るわ、引っ掻くわ、水かけてくるわ、風呂でリラックスできなかったのは人生初だね」

「でしょうね」

「あ! でもここのお風呂は最高だったよ。湯加減もバッチリだったし!」


一晩経ち、さらにくだけた調子で話すアンだったが、侍女たちへの労いは忘れない。


「え? ダメだった? でも一応、俺が飼い主だから……」

「飼っているの?」

「いや、飼ってるっていうか……」


今度はリアムまでにらみを利かせてきた。


「え? 何? いや、便宜上、飼い主って言っただけで、俺としては仲間っていうか、友だち? いや友だちとも違うな。何だろ……まぁ、家族? みたいなものかな」

「……そう」


そこまで聞いて、エステルはようやく食事を再開し、リアムも自分のスープを舐め始めた。



 お風呂でキレイに洗ってもらい、ちょうど戻ってきたときに、部屋の外でこの会話を聞いたルビーは、複雑な面持ちで食事の席に戻った。



アンは、


救われた!


という顔で、


「お。キレイにしてもらったな」


とニコニコしながらルビーの頭をなでた。



頭をなでてもらうのは好きなはずなのに……


何とも言えない気持ちで、ルビーは遅れを取り戻すかのように、夢中でスープを飲みほした。


「慌てなくていいのよ」


と言うエステルの言葉に、ルビーは何故か目頭が熱くなった。




ルビーが食べ終えると、


「城内を案内するわ」


と言って、エステルは皆を引き連れて外へ出た。



 昨夜、シンが窓から覗いたときは、星一つなく、外灯もなかった為、ただ暗闇が広がっているだけだったが、今、目の前には花が咲き乱れ、その奥には白い神殿が見えた。


神殿の周りには、見たことのない赤い実のついた果樹が植えられ、ほんのり甘い香りがした。ルビーは、その実を見つけると、遠くから猛スピードで走り出し、勢い良く跳んで、実を前足でバシッと叩いて落とした。エステルがそれを拾い、皮を剥いてやると、ルビーは目をキラキラさせながら、もぐもぐと食べ始めた。


「スープだけでは足りなかったわよね」


ルビーはぶんぶんと首を横にふり、大きく膨らんだ自分のほっぺを指しながら、反対の手でハートの絵を空書した。


「あぁ、あなたはこれ好きよね」


とエステルが答えると、大きく、うんうんと頷いた。


「エステルちゃん、ラビの好きなもの分かるの?」


アンが不思議そうに聞いてきた。


「ルビーのというか……」


そこまで言いかけたとき、


ババッ、バシッ、バシッと横で音を立てているのが聞こえてきた。猫のリアムも助走をつけて跳び上がり、何個も叩き落としている。それに気づいたルビーも負けじと再び跳び始めた。


「何なの? あれ」

「リアムもあの実が好きなのよ」

「ふうん」


アンが少し面白くなさそうに呟いた。朝食後から、ルビーはずっとエステルについて回っている。



 片付けを終えたアンナが合流すると、エステルが皆を神殿の中へと招き入れた。弧を描いている廊下を右へと進んでいき、左に回り込むと大きな扉があった。中に入るとヒンヤリと澄み切った空気で満たされていた。正面に大きな祭壇があり、その奥に女神像が立てられて……いや、


「浮いてる?」


シンは目を疑った。かなりの重量があると思われる大きな像が、まるで天から舞い降りてくるかのように、宙に浮いている。


「ほんとだ。ていうかこれ、エステルちゃん?」


似ている。というより、まるで生き写しだ。


「いいえ」


表情を変えることなく、エステルが答えた。


「いや、エステルちゃんでしょ? これ」

「違うわ」

「どう見ても、まんまじゃん!」

「そうかしら?」


ルビーもリアムもアンナもコクコクと頷いているが、本人だけが気づいていないようだった。シンは、


(自分を鏡で見たことがないのか? だが、確かに印象が違う。顔はそのものなんだが……)


と考えていると、アンがそれに答えるように言った。


「エステルちゃん、笑ったらこんな感じなんじゃん?」


(そうか! 女神は微笑んでるんだ)


シンは、ふとエステルが微笑んでいる姿を想像した。


「パトリック? 顔が赤いけど具合でも悪いの?」


と不意にエステルから聞かれ、


「いや! ちょっとこの中が熱いだけだ」


と手で顔を扇ぎ始めた。神殿内は相変わらずヒンヤリとした空気が漂っている。アンがニヤニヤしているのが視界に入ったが、シンは気づかないふりをして話題を変えた。



「この女神からのお告げってわけか」

「さぁ。誰からかは分からないけど、とにかく女性の声が頭の中に響いてきたの」


そこにいたエステル以外の誰もが、このシチュエーションからして、


それ絶対、女神からのお告げでしょ!


と思ったが、誰もツッコまなかった。



「で、どんな内容だったんだ?」

「アームを呼び覚ます時来たり。別れしものを再び合わせたまへ。言霊に従ひて為すならば、アームの夢ついに叶わん」


「……なるほど」


静まり返った神殿の中で、アンが何とか第一声を発すると、


「分かってないだろ?」


とシンがツッコんだ。



 その時、隣りにいたエステルの全身に巻き付くように光がキラキラと流れ出てきて、そのまま上に抜けていった。アンナは、その美しさに目を奪われ、


「わぁ……」


と思わず声を漏らした。

エステルがつぶやいた。


「光が……宿った」


お読みくださり、ありがとうございます!


次回、シンに異変が?!


毎日一話投稿していこうと思っています。

ご感想、ブックマーク、評価、大変励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

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