12.アンとアン
「わぁ、本物のお姫様の部屋じゃん!」
通されたのは、パーティーの前に寄った部屋だった。
(ここは、エステルの部屋だったのか)
アンは「へ〜!」とか「おぉ!」などと言いながら、部屋をぐるりと回り、置いてあるものを手に取っては見ていた。この部屋に来るまでの道中でも、あれこれ手にしては、いちいち感心していたので、リアムは若干呆れ顔だ。アンがひとしきり物色を堪能したと思われるタイミングでシンが、
「アンドリュー、そろそろ落ち着いたらどうだ?」
と声をかけた。アンの行動が、発信機や盗聴器を仕掛ける場所を探したり、実際に装着するためのものだとシンは知っている。
アンがソファに戻ってくるの見て、エステルが侍女に、
「皆さんに紅茶をお願い」
と声をかけると、やっと出番が来たとばかりに侍女が現れ、サッと美味しそうなケーキやお菓子と共に、紅茶が出された。エステルが、
「ルビー、いいわよ」
と言うと、先程からシンの肩の上でソワソワしていたルビーが、耳をヒラヒラとさせた。
シンやアンが食べる物が安全かどうかチェックするのはルビーの仕事だ。ルビーが、目をキラキラさせながら、シンの方を振り返った。どうやら問題ないようだ。シンが、マカロンを一つ手に取り、ルビーの前に差し出すと、
いいの?
という表情をした。シンが頷くと、ルビーはパクッと一口でいった。モグモグと幸せそうな顔をして食べている。
「お前は食べてる時が一番幸せそうだな」
にかっと笑いながら、アンはルビーの頭を人差し指でうりうりと回しながら撫でた。アンは、いつもこんな調子でルビーのことをからかうのだ。
ルビーはあからさまに嫌そうな顔をアンにして見せつつ、2つ目のマカロンを頬張った。
「ルビーは、アンドリューについているのね」
このエステルの言葉は意外だった。今日もそうだが、ルビーはシンと一緒にいることが多いので、大抵はシンのペットだと思われる。『シンによく懐いている』と言われるが、実際はアンについている。
そう、ついている。彼らはルビーのことはペットではなく、付き人のような感覚でいたので、この言い回しが妙にしっくりきたのだ。
(これだけの短時間で、的確に関係性を見抜くとはな)
シンは、エステルの洞察力に感心すると同時に、エステルという人間に少し興味が湧いてきた。
「あ〜、それは俺も聞きたいところ。どうなの、ラビ?」
アンがまたからかってきたので、ルビーは3つ目と4つ目のマカロンを次々とアン目掛けて投げつけた。アンは、それらを上手く口でキャッチすると、モゴモゴしながら、
「ほのたいろひろくない(その態度ひどくない)?」
と笑った。ルビーはプンプンしながらも、どこか楽しそうだ。アンとルビーのやりとりを見て、侍女たちもすっかり和んだようだ。皆笑みをこぼしている。一人を除いて……
(エステルは本当に笑わないな。
アンと話しててニコリともしない女は初めてだ)
慎重な性格に加え、この仕事を始めてから警戒心も強くなったシンと違って、アンは人懐っこく、初対面でもすぐに友達を作れるタイプだ。特に女性のウケは非常に良い。が、エステルは、アンであっても距離を崩すことはないようだった。
エステルは、本題に入る前に侍女のアンとリアム以外の人払いをした。
「あなた達は、この世界について何も聞いていないようね」
「あぁ。突然手紙が届いて、すぐに行けと言われたんでね」
「そう。まずここは……」
と、エステルが話し始めた。
「位置的にはイギリスよ。但し、地図上には存在しない。でも実在はしている。
外の世界、つまり、あなた達の世界で、人が住んでいないと思われているところに、私たちの領土は点在していて、それらの領土ごとに結界で覆っているの。加えて、私たちの領土には近づけないよう、例えば、この上空は常に乱気流になっていて、飛行機などが上空を通ることがないように仕向けてあるわ。
地上においても、結界の外を深い森や霧などで囲み、人が足を踏み入れても辿り着けないようにしている。
こちらが招いた者は別。あなた達も、導かれるようにして最初の屋敷まで辿り着くことができたでしょう?」
(確かにそうだった。だが、あの時は、屋敷に結界が張られていると思っていた。それがまさか、領土自体に張られていたとは……これまで見てきた結界の中で最大規模だぞ。一体どうやって……)
シンの疑問をよそに、アンが質問した。
「ふうん。 まぁ、ここが隠れ里みたいなものだってことは分かったけど、なんで皆んな、中世ヨーロッパの貴族みたいな格好してるの? パーティーって、コスプレパーティーか何かだったの?」
エステルは、まっすぐアンを見つめたまましばらく沈黙した後、
「ここは、初代王が建国して以来、それぞれの領地を守るため、また自然を守るために、外の世界と隔絶してきたの。時代により移り変わってきている面もあるけれど、貴族文化やその他の生活面においても、ほぼそのまま受け継がれている。電気もガスも使用せず、エネルギー源として魔石を用いているの」
「魔石?」
「例えば、この部屋にある蝋燭の灯り。これは火を灯しているように見えて、実際には魔石の光が火のように揺らいでいるだけなの」
エステルがそう言って蝋燭を見つめながら瞬きをすると、一瞬で部屋中の蝋燭が消え、真っ暗になった。と思ったら、再び部屋がパッと明るくなり、全ての蝋燭に光が宿っていた。
(驚いたな。あの玄関ホールも、それで一瞬にして明るくなった訳か)
「結界も魔石で?」
「えぇ、そうよ」
シンは、魔法の類が現存することもさっき知ったばかりだが、さらに魔石の実物まで目の当たりにし、驚きを隠せなかった。それはアンも同様だった。
「へぇ、すごいな〜! でも、魔石って誰でも扱える訳じゃないんでしょ?」
アンは感心しながら尋ねた。
「えぇ。魔法が使える者に限られるわね」
「じゃぁ、エステルちゃんは魔法使いってわけ?」
「魔法師ほどではないけれど、蝋燭に灯りをつけるくらいのことなら……」
「魔法師って、あの会場にいたやつか?
シンが割って入った。
「えぇ。彼もそうね。魔法師の他に、精霊も魔法を使うことができるわ」
「精霊?」
「そう。私たちの守り神よ」
そこまで言うと、
「今日はもう遅いわ。この続きは明日にしましょう。アン、皆さんをお部屋にご案内して」
「え? 俺?」
「いえ、私です」
きょとんとしているアンの脇から侍女のアンが進み出て、
「こちらでございます」
と歩き出した。
「あぁ、俺はアンドリューだったね。今、この人何言ってるんだろうって思ったでしょ?」
と侍女のアンに向かって言うと、アンは一瞬立ち止まり、
「……いいえ」
と答えて再び歩き始めた。
「今、間があったよね」
「ありません」
「やっぱ思ったんだ」
「思ってません」
「本当に?」
「……」
「ハハ! 嘘が言えないタイプ? 可愛い〜。それじゃ、これからよろしくね、アンちゃん♪」
と、アンは侍女のアンの顔を覗き込んだ。その顔の近さにアンはたじろぎながら、
「アンナです! よろしくお願い致します」
と丁寧にお辞儀をすると、スッと前に出て、再び歩き始めた。後ろから見ても、アンナの耳が真っ赤になっているのが分かる。リアムはアンを軽蔑の眼差しで見、ルビーは、フンッと鼻息を鳴らしながら、アンの向こう脛にテシッと蹴りを入れた。
「いてっ!」
(こいつはどうしようもないな……)
とシンがアンを見て呆れていると、エステルが話しかけてきた。
「明日は、城内を案内するわ。依頼内容についてもその時に」
「あぁ。分かった。」
「今日はありがとう。助かったわ」
「いや」
礼の言葉など、これまで依頼主から幾度と言われてきたはずなのに、今夜は不思議と温かい気持ちになった。
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次回、何やら不穏な動きが?!
毎日一話投稿していこうと思っています。
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