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10.合流

「婚約者って、どういうことだ?」


国王の執務室を出て廊下を歩いているとき、周りに誰もいないことを確認してからシンが尋ねた。国王の手前、話は合わせたが、シンにとって、婚約者の役割とは寝耳に水だった。


「あぁ、言ってなかったわね。この国では、女性側から婚約破棄する際に決闘を申しこんだ場合、次の婚約者候補に剣を渡して託すのが慣例なの。

 婚約破棄するのに必ずしも決闘する必要はないけれど、私の場合、ただ婚約破棄をすれば、王位継承権を巡って、私の婚約者となるべく熾烈な争いが始まることが目に見えている。けれど、決闘すれば自ずと次の婚約者候補を皆に周知することができる」

「だから俺が、当面あんたの婚約者って訳か。で、いつまでやればいいんだ?」

「それは、次の依頼の成果次第ね」

「なるほど。ということは、俺はひとまず最初のテストには合格したってことか?」


エステルは前を向いたまま、


「依頼の詳細については、追々話していくわ」


と廊下を突き進んだ。



 シンも依頼人とは常に一定の距離を保って接するが、それにしてもエステルの纏う空気は、まるで高い氷壁で囲っているかのように、周りを寄せ付けない。


(あまりに整った顔立ちな上に、常に無表情だ。丁寧な言い回しではあるが、無駄のない話し方で、中にはキツく感じる者もいるだろう。実際、さっきのパーティーでも、エステルのことを冷酷無慈悲だと話している者達がいた。

 だが、側近たちの様子を見ていると、緊張や萎縮しているどころか、むしろ伸び伸び過ごしているようにすら見えるのだから不思議だ)



 しばらく行くと、右前方の暗闇から誰かが近づいて来る気配を感じた。


(これは……)


「シン!」


聞き慣れた声がし、暗闇の中からアンが手を振りながら歩いて来るのが見えた。その瞬間、リアムが目を見開いた。エステルでさえも、表情は変わらずとも、瞳孔が開いたように感じた。


(なんだ? 二人して……)


シンは、二人の反応が気になったが、アンがここへ来た理由も知りたかった。任務に関する情報なら、いち早く確認しておきたいからだ。



「アン。何でここに?」

「親父から、シンを追うように言われてさ」

「龍さんが?」



 アンの父親で、当主の右腕である安藤龍司のことを、このように呼べるのはシンだけだ。シンが当主の息子だからというだけではない。


 服部一族が住む森には、当時、同年代の子供が他におらず、アンとは幼馴染として、幼少の頃からほとんどの時間を一緒に過ごしてきた。厳格で、いつも一族の大人達に囲まれて仕事ばかりしていた当主よりも、優しく面倒をよく見てくれた龍司のことを、シンは父親のように慕っている。



「シン、どうしたの? その格好……ついに王子になる気になったの?」



 シンが昼間、王子が登場する少女漫画を読んでいたことをからかおうとしたのだが、アンはそんなことよりも気になる存在に気づいた。



「え? ちょっと? 超美人がいる! うっわ、このドレス似合う人、他にいないでしょ!」



 決して華美でないデザインながら、織り込まれた刺繍が格式の高さを感じさせ、裾に向かって品良くあしらわれたレースが唯一華やかさを醸し出している。着る人を選ぶドレスだが、エステルにかかれば、一瞬でゴージャスな衣装へと変貌する。



「パーティーはこれから?」


アンの質問に、エステル達の視線を感じ取ったシンが英語で、


「いや。今終わったところだ」


と答えると、アンは察して、


「なんだぁ。俺がエスコートしてあげたかったな。姫、次のパーティーの時は是非僕と」


流暢な英語でそう言うと、片膝をつき、エステルの左手をとって甲にキスをした。それを見たリアムの表情が強張り、剣に手をかけたところをエステルが右手で制止した。


シンの腰ベルトのポケットから様子を窺っていたルビーは、フーッフーッと鼻を鳴らしていきり立っている。シンは、ルビーをなだめるように、そっと頭をポンポンとしてやった。



「考えておくわ。私、エスコートして下さる方の名前は予め知っておきたい方なの」

「おっと、僕としたことが、名乗る前に誘ってしまったね。姫のあまりの美しさに、気持ちが急いてしまって。僕は、安藤……」

「アド?」

「いや、安藤」

「アンド……?」

「アンドウー」


とアンが一語一語強調して言うと、


「あぁ。アンドリューね」

「え? いや……」


と言いかけたが、横でシンが、ククッと肩を震わせて笑い、


「俺はパトリックだ」


と自己紹介した。アンは、


「あぁ、そういうことね」


とすぐに了解した。


「私はエステルよ」


と言った後、エステルはまじまじとシンを見ながら、


「あなたも笑うのね」


と言った。シンは、あんたは笑わないな、と言い返したかったのをグッと堪え、話題を変えてアンにふった。



「お前もナイフの洗礼を受けて来たのか?」

「へ? ナイフ? いや?」


(ほう、随分と待遇が違うじゃないか)


シンは横目でリアムを見た。


(素知らぬ顔をして立っているが、あの玄関ホールで浴びたナイフに残っていた匂いは間違いなくこいつのものだ)



「パトリックを追って屋敷の前まで来たんだけど、そこから先、見失っちゃってさ」



 シンたちは、互いの位置を把握するため、常に発信機を身につけている。どこをどう通って行ったか全て記録されているため、通常なら後追いは難しいことではない。しかし、この屋敷に入ってからのシンの居所が掴めなくなっていたのだ。


「どうしようかと思ってたら扉が開いて、この人が出てきてくれて……」


と言いながら、アンがここまで案内をしてくれた騎士の肩にポンと手を置いた。騎士は少し照れくさそうに、しかし同時に大変恐縮した様子で立っている。


「『どうされましたか?』って聞かれたから、『黒髪、長身の美男子を見なかった?』って聞いたら、ここまで案内して来てくれたんだよ。ありがとうね」

 

アンが、にっこり微笑みながら騎士に礼を言うと、騎士はより一層恐縮した面持ちで、


「とんでもございません! それでは失礼致します!」


と言って敬礼し、ぎこちない歩き方で去って行った。



 エステルがリアムに何か耳打ちしたのを、シンは見逃さなかった。


お読みくださり、ありがとうございます!

次回は、アンのマイペースぶりが炸裂します。

毎日一話投稿していこうと思っています。

ご感想、ブックマーク、評価、大変励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

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