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1.謎の手紙

少し書き加えました。

「なんだあれは? 天から光が降りて来ている? あの下にはエレノアの部屋が……まさか!」



オギャーッ! オギャーッ!



*******



 都心にあるマンションの最上階に、服部の探偵事務所はある。このマンションの周りにここより高い建物はなく、ベランダへ出入りできる大きな窓のブラインドを上げれば、7階のこの部屋からでも、辺りを一望できる。大通りから一本入った通り沿いにあるこのマンションの1階には、若者をターゲットとしたお洒落で個性的な店が軒を並べ、平日も人通りが絶えない。人気番組やドラマの撮影場所としてもよく使われているので、芸能人を見かけることも珍しくない。


いつもなら、彼らに群がる女の子達の傍を抜け、用事を済ませることなど訳も無いことだったが、この日は違った。



夕方、一仕事終えた服部が事務所に戻る途中、


「ちょっと! デキヨワに出てくる王子にそっくりーっ! マジ奇跡ーっ!」


などと言いながら、高校生ぐらいに見える女の子が駆け寄ってきた。


「デキヨワ知ってますか? 今すごく流行ってるんです!」

「いや……」

「じゃぁ、これあげるんで、是非読んでみてください! 私はあと2冊持ってるから大丈夫なんで! なんならまた買ってもいいし!」


と漫画を1冊押し付けられた。



 以前は、女の子から頻繁に言い寄られたものだが、今の仕事を本気で始めてからはなかったことだった。実際には、無愛想な服部の対応に、いつしか遠巻きに騒がれるようになっていただけなのだが。



 服部の仕事は、秘密裏に行わなければならないものがほとんどだ。故に、なるべく目立たぬようにと、常に上下とも黒の服を着るようにした。動きやすいようにとストレッチの効いた服は、服部の体にピタリとフィットして、かえって広い肩幅に長い手足、鍛え抜いた体のラインを浮きぼらせ、女性の目を惹きつけていることに本人は気づいていない。


切長の目に緑がかったサラリとした黒髪こそ日本人っぽいが、身長187cm、目鼻立ちの整った顔は日本人離れしており、普通にしていたらとにかく目立つのだ。



(出かけるときは気を消すように注意を払っていたはずが……。いかん……気を抜いていたか?)


それに、このように物を押し付けられ、受け取ってしまったのは生まれて初めてだった。服部は、自分自身に違和感を覚えながらも、


「あぁ。ありがとう」


と表向き礼を言うと、その女の子は、


「キャーッ! 王子ーっ!」


と悲鳴にも近い声をあげた。キャーキャーと興奮している彼女を上手くまき、服部はようやくマンションへと戻ってきた。



 何の看板も出していない事務所の入口から中に入ると、


「ふぅ……俺としたことが……油断したな」


と呟きながら、ドカッと肘掛け椅子に腰掛け、両足先をクロスしてデスクの上に投げ出した。



 探偵事務所という割に殺風景なこの部屋には、服部が今使っているデスクと椅子を除いたら、中央にローテーブルを挟むように来客用のソファが二つあるだけで、あとは見栄えの良い大きめな観葉植物がいくつか置いてあるだけだ。しかし、凹凸のあるデザイン性の高い壁紙が使われており、全体的にモノトーンでまとめられているため、一見、モダンでお洒落なオフィスに映る。




 シンは、漫画を受け取ってからここへ戻ってくるまでの間に、漫画に怪しい物が挟まれていないか、呪文はかけられていないかなど、素早くチェックは済ませておいた。


 服部にとって、人生初の少女漫画をパラパラとめくってみた。速読はお手のものだ。あらすじはこうだった。


ーーーーーーー

日本の現代社会でバリバリ働いていた独身OLが過労死したと思ったら、自分が読んでいた漫画に出てくる悪役令嬢に転生していた。

しかも、本来ならヒロインと結ばれるはずの王子から何故か溺愛される。

ーーーーーーー


(ふーん、こんなのが流行ってるのか。で、俺がこの王子に似てるって? 似てるか?)


などと考えていると、いきなり事務所のドアをバーンッと力強く開け、


「シン! ポストに珍しいものが届いてたぜ!」


と、いつになく興奮気味に話しながら、一人の男が意気揚々と入ってきた。



 服部のことを「シン」と呼ぶのは安藤北斗。この男も182cmと背が高く、スラっと伸びた手足に、流行を取り入れたカジュアルなファッションが嫌味なくらいよく似合っている。いや、彼が身につけた物がそのまま流行するだろうと思うほどの着こなしで、外国人モデルにしょっちゅう間違われている。肌が白く、鼻も高い上に、髪は光に当たると金髪にも見えることがある明るいブラウンだ。少しウェーブのかかった前髪の間からはパッチリとした目が覗き、薄い唇に少し大きめの口で人懐っこい笑顔を向けられると、大抵の女性はうっとりと見惚れてしまう。



「アン……お前はもうちょっと静かに入って来られないのか?」


と言ったが、別に急に入って来られて驚いた訳ではない。アンがここに来ることは、少し前から気配で感じ取っていた。


「別に、ここなら物音気にする必要ないだろ?」



アンの言う通りだ。人の出入りが多いことを承知で入居しているから、物音など気にする住人などいない。そもそも、このマンションでは、服部達のようにオフィスとして使用している者の方が多いのだ。


「だが、日頃から意識して音を消す訓練を……」


と言う服部の声を遮って、


「はいはい、女の子に捕まらない程度には静かに来ましたよ〜」


と言いながら、ソファにドサッと腰を下ろした。どうやらアンに、さっきの様子を見られていたようだ。シンがバツが悪そうにしていると、アンはクッと笑いながら、


「シンにしちゃ珍しいよな。それよりなに? ついにそっち行くことにしたの? モテるお前が何で彼女作らないのかと不思議に思ってたんだけど……」


と、シンが手にしている少女漫画を指差した。



 服部はこれまで彼女がいなかった訳ではない。黙っていても相手から言い寄って来られるので、何人か付き合ってみたことはある。が、どうも気持ちが盛り上がらず、これなら仕事の方がよっぽど面白いと、仕事にのめり込んでいっただけだった。


 しかし、女性に入れ込めない理由として、一つだけ思い当たることがあった。それは、夢で時々見る少女の存在だ。


(25歳にもなって、そんな少女のことが引っかかってるなんて、恋人を作らずに推しに夢中になっている連中と変わらないか……)



そんなことを考えていると、アンが先ほどポストから取り出してきたものをヒュッと飛ばしてきた。マンションの1階に集合ポストはあるが、そこに表札は出していない。だから来るのは水光熱費の請求書だけで、後はチラシが入れられるくらいのものだ。なのに……


「手紙?」


パッと左手の人差し指と中指で挟むようにしてキャッチした瞬間、手紙からふわっと何かが伝わってきて、またもや違和感を感じた。裏を見ると、王冠の中にAMと刻まれた封蝋が押されているのみだ。アンは、意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見ている。


「宛名もなければ差出人も書いてないな」


シンがそう言うと、


「けど、お前も感じただろ? その手紙から」


アンはそう言うと、シンの胸ポケットから顔を出している小動物に向かって、


「ラビ、これ何か出てくる系?」


と尋ねた。



 ラビと呼ばれた少しピンクがかった白いうさぎは、アンに向かってムッとした顔を一度向けてから、手紙に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。



くんくんくんくん、くんくんくんくん……



すごい念の入れようだ。



「くくっ。こいつ嗅ぎすぎじゃない?」


とアンが笑うと、ラビは再びキッとアンの方に顔を向けた。と、その拍子にバランスを崩し、ラビはシンの胸元から落ち、空中で何とか体勢を立て直して机の上に着地した。



あんたのせいよ!


と言わんばかりに、再びアンを睨みつけてくる。


「お~怖っ」

「アン、茶化すな。どうだ、ルビー?」



 ラビではなく、ルビーが正しい名前だ。それを飼い主のアンが、ウサギの『ラビット』と文字ってラビと呼ぶものだから、ルビーは怒っているのだ。ルビーは、宝石のような自分の名前をとても気に入っている。大好きなシンに「ルビー」と呼んでもらい、機嫌を直したルビーは、長い耳を手紙の上でヒラヒラと器用に動かした。ルビーの耳からピンクの霧のようなものが出てきて手紙を包み込むと、封筒の表に、


『AxinobiM』


の文字が浮かび上がってきた。服部達が、顧客にだけ伝える最新の暗号コードの一つだ。


「俺たち宛で間違いないようだな」



 探偵事務所というのは表向き掲げている看板で、実際は『忍び』だ。といっても、一般的に知られている『忍者』とは大分異なる。今は、ITや最新機器等も使いこなし、どちらかといえばスパイをイメージした方が近いだろう。専用サイトと紹介者から知らされた暗号コードを持っている者で、かつ発信元が分かるようにしていなければ依頼することはできない。つまり、身元の分からない者からの依頼は受けないのだ。



 服部は慎重に開封し、中の手紙を取り出したが、白紙だった。



「ルビー」


シンに頼まれたら仕方ないわね!

 

と澄まし顔でルビーが再び耳をヒラヒラさせると、墨で書かれたような文字が現れた。


ーーーーーーー

己を頼りに進めば、道は自ずと開かれる。

試練に打ち勝てば、丑三つ時に扉現れり。

ーーーーーーー



「どういうこと?」


アンが、さっぱり分からないといった顔で、シンに問いかけた。



「……これは、親父に確認した方が良さそうだな」



親父とは、服部一族の現当主で、シンの父親のことだ。ルビーが心配そうな顔でシンを見上げている。


「ルビー、お前も来るか?」


シンが言い終わらないうちに、ルビーはシンの胸元を目掛けてピョンっと跳ね、すっぽりと上着の中に収まった。


「おい〜。ラビのご主人は俺だろ?」


アンが妬いたような口調で言ったが、ルビーはプイッと反対方向に顔を向けた。


「ちぇっ。俺の大切なラビを連れてくんだから、ちゃんと守ってやってくれよ」


ルビーがちょっと照れ臭そうな顔をしているのが見えたシンは、にっと微笑み、


「当たり前だ」


と答えた。そして、サッと壁際に移動しながらブツブツと唱えると、デザインに見えていた凹凸のある壁の一部が音もなくスッと開いた。中には、武器や通信機器等がずらりと並んでいる。シンはその中から、幾つかのアイテムを取り出すと素早く装着し、


「行ってくる」


と言って事務所を後にした。




事務所に一人残されたアンは、ボソッとつぶやいた。


「シンがわざわざ親父さんに確認か。こいつは、厄介な依頼かもな……」

お読みくださり、ありがとうございます!

初投稿となります。

毎日一話投稿していこうと思っています。

ご感想、ブックマーク、評価、大変励みになります!

どうぞよろしくお願いします!

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