ビーチでわかったこと
「その中にいるのかはわからない…」
美幸の言葉に俺は少し安心してしまった。これは嫉妬心なのかわからないが、突然いなくなった華子が、楽しくグループ行動みたいなことをしている姿を見たくなかった。というより、俺の知ってる華子からは想像できなかった。
「でも、この島に来ていることは間違いないみたい…」
「なんで、そう断言できるんだ?」
「それはあたしもよくわからないけど…詳しい事情はみーちゃんが知ってる」
「そうなのか…」
やはり華子の過去を知っている美来ちゃんがキーマンになってくる。そうなると淳平さんが言っていた言葉の意味も解ってくるのだろう。
「それに…」
美幸は少し口籠り、一瞬目を細めた。俺はもう一度、美幸が口を開くのを待った。
「その…華子さんの話になるとなんかみーちゃん恐い顔になるっていうか…なんか雰囲気が…」
「そうか…わかった。あとは俺が直接聞くから、美幸はこれからは普通の旅行だと思って楽しんでくれ」
「なんかよくわからないけど、あたしが割って入る話じゃないみたいね…」
「説明するのが難しいというか…とにかく色々ありがとな」
美幸の口元がぴくっとつり上がった気がした。
「まぁー色々片付いたらまた映画でも行こうね!」
美幸の何気ない励ましに俺は少し違和感を感じたが、それを追求するのは不粋だと思い、頭の片すみに放りなげた。
「おぅ、そうだな」
俺はこのときに感じた小さな違和感の正体が解るころには、今までの出来事の積み重ねによって構築された物語に、最終話と綴ることになるということを、このときはまだ知らなかった。
「おーい、そろそろ行こうぜー!」
シリアスな雰囲気を壊す陽気なかけ声の主は、もちろん悟だ。
「あぁ、そうだな」
気持ちが早まるというか、実際に早歩きになっている悟の背中を見ながら俺達はビーチへと向かった。ビーチに着くと小さなコテージがあり、そこに必要なものが大体揃っているみたいだ。
コテージの中に入ると、悟が積極的に機材などを物色し始めた。
「なるほどなるほど〜」
「とりあえず機材は悟に任せていいか?」
俺の問いかけが届いていないのか、悟は反応してくれなかった。何かを必死に探しているように見えた。
「悟??」
悟はゆっくりと俺の顔を見た。その顔は焦りと困惑した表情をしていた。
「どうした?」
「最悪だ…」
「機材トラブルか?」
「いや…それよりも重要なものが足りない…」
「重要なもの?」
「あぁ…」
察しの早い人はもう気づいているだろう。
「水着が…無い…」
「水着?」
ここから悟の気持ちが溢れ出てしまう。
「南国リゾートのビーチには水着美女ってのが定石だろ!しかもPR動画なら当たり前のようにビキニが用意されてるはずだろ!!どんなにいい環境に良い機材があったってそんなの何の役に立つってんだよ!!!」
何かの主人公のように熱い口調だが、話してる内容は低俗なものだった。
「落ち着けって、お前の言いたいこともわかるが無いものはしょうがないだろ」
「こんな仕打ち…あんまりだ…」
悟は戦場で親友を亡くしたかのように床を叩き、ガクッと頭を下げた。
「ねぇーねぇー、イチロー達も早く着替えてビーチに行こうよ」
美幸の声に一瞬で反応したのは悟だった。
「着替えて…だと…」
さっきまでうなだれていたとは思えないほどにシャキッと背筋を伸ばし、ふぅーと一息ついた悟はなぜかキメ顔だった。
「はい!すぐ行きます!!」
小学生の出席確認のときのような元気な返事をする悟に、幸せなやつだなと俺は改めて思った。
「ていうか水着なんてあったのか?」
悟のテンションとは真逆な感じで、俺は美幸に問いかけた。
「あぁーごめんごめん、まだ渡してなかったよね」
そういいながら水着の入ったトートバックを持ちながら、俺達のほうにきた美幸は既に水着姿だった。俺は正直水着といっても上にパーカーを羽織ったり、ショートパンツのような露出の少ないもので、また悟がグズグズ独り言をいうのだろうと思っていた。
そんな悟を見るのも面白いと思っていたのだが、想像以上にきわどいビキニ姿の美幸に俺は少し動揺してしまった。
「あぁ、さんきゅ」
「どう?似合ってる?」
美幸は恥ずかしげもなく普通に感想を聞いてきたが、俺は「いいんじゃない」しか言えなかった。そんな俺の横で悟は硬直していた。美幸が悟のほうを見る。
「どうしたの?」
「俺は…死んでしまったのか…」
また悟が変なことを言い始めた。
「えぇ~?笑 悟くん?」
こんな状態の悟に美幸は笑って暮れている。
「いや…目の前に美しすぎる天使…女神様が現れたので…」
悟の言葉に、美幸はぷっと吹き出した。
「ははっ、何いってんの笑 やっぱ悟くんて面白いね!イチローももっと気の利いたこといいなさいよ~」
面白さと気持ち悪さはきっと紙一重なんだろう。
「じゃああたし達先に行ってるから」
美幸が出ていくと、悟は胸をおさえながら苦しい表情をしていた。まぁなんとなく想像はつくが、念の為に確認してみた。
「どうした?」
「刺激が強すぎて…」
だろうな。そんな俺も不意をつかれたせいか、少しどきどきしてしまっていたが、悟を見ると冷静になれた。俺達も着替えてビーチに向かうと、二人は波打ち際で楽しそうにしていた。
「二人共こっちー」
少し離れたところから美来ちゃんが俺達を呼んでいる。きっとまた悟の発作が始まるのだと思ったのだが、急に悟立ち止まった。
「どうした?」
悟は小さい声でぶつぶつ言っている。
「…駄目だ…駄目だ…逃げちゃ駄目だ…」
「ん?」
「ちょっと待っててくれ!一歩も動くなよ!」
「えっ?」
もうダッシュでコテージに戻り、何かを持って戻ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「どうした?」
「俺の目を潰してくれ」
「はっ?」
悟がまた意味のわからないことを言い始めた。と思うだろうが今回が二度目だ。
「わかった…」
俺は思いっきり二本の指で、悟の分厚い眼鏡を外した。馬鹿馬鹿しいがこれは、悟と俺の中でのノリだ。
「恩に着る…俺は絶対帰ってくるぜ…」
そう言いながらふらふらと美来ちゃんのほうへと歩いていくのを俺は見守っていた。
「美来ちゃん…」
「あっ!眼鏡外したんだ?!」
「これ」
「えっ?何?」
そこには大きめのパーカーとショートパンツが入っていた。それを不思議そうに受け取る美来。
「君の水着姿はとても魅力的だと思う…」
「ありがとう??」
「でも君はアイドルで…これからもっともっと活躍していくと俺は思ってる…」
「えっ?うん…」
「だから…水着解禁はまだ早いよ!」
悟の表情は真剣そのものだった。
「えっ?笑 いや…今日はプライベートだし…」
少し笑いを堪えつつ、困惑した美来を遮り悟は続ける。
「俺は大罪から逃げていた…アイドル推しとして…本当はここにいてはいけないんだ…」
「えっ?どうしたの?」
「繋がっちゃいけないんだよ、君のこれからを考えたら!」
悟がそこまでいうと、美来は静かに渡されたものを着始めた。美来がパーカーを着たのを察すると、悟は俺のほうへと戻ってきた。
「すべて終わったよ…」
「そうか…」
俺にはよく状況はわからなかったが美幸が、手招きしているはわかった。
「じゃあ行くか」
俺が歩き出すと悟が俺の前に立ちはだかった。
「殺してくれ!清い思い出のまま!」
「はいはい、じゃあ行くか」
暴走モードの悟を引きずるように歩いていく。想像するにまた気持ち悪い行動をしてしまったのだろう。なんとか弁明してあげようと考えていた。
「悟くん…」
二人の前に辿り着くと、最初に美幸が口を開いた。
「ちょっと感動しちゃったよ」
「えっ?」
意外な反応に俺は驚いた。少し涙ぐんでる美幸の横では美来ちゃんが頬を赤らめながら、満面の笑みを浮かべていた。
「悟くんありがとね!」
美来ちゃんの感謝の声に、悟も驚いた感じだった。
「あ、あの…俺…キモかったよね…?」
不安を拭えない悟は小声で話した。
「全然キモくないよ、眼鏡外したのも見ないようにしてくれたってことでしょ?」
「あっ、うん…顔キモいけど…せめて見てしまわないよう…」
「「えっっ?!」」
二人はこれまでで一番大きな声を出した。その声に悟は(さとる)はびくっと体を強張らせた。悟は気付いていないだろうが、俺は二人が何に驚いたのかわかっていた。
「悟くんて自分のことどう思ってるの?」
美幸が不思議そうに問いかけた。
「えっ?いや~ただのキモオタのグズ野郎って感じで…」
「じゃあイチローのことは?」
「えっ?こいつは要領もよくて、ちょっとクールなとこもあるけどそういうとこがモテるんだろうなとか、あとくやしいけどイケメンだし…」
そこまでいうと美幸はけらけら笑い始めた。
「マジか〜笑 イチローがイケメン?」
美来ちゃんもクスっと少し笑ったのを俺は見逃さなかった。俺はすべてわかっていたが、不思議そうにしていたのは悟だけだった。
「少なくとも俺よりは…」
俺は今まで敢えて言わなかったのだが。ついにこのときがきてしまった。
「あたしがハッキリ言ってあげるよ!悟くんって超ーイケメンだよ!」
そうなのだ。普段は分厚い眼鏡で気付かれにくいが、悟は超絶イケメンであり、しかも本人は一ミリもそう思っていないのだ。
「オレ…イケメン…?」
俺達三人からのイケメンカミングアウトに疑心暗鬼になりカタコトになってしまったみたいだ。それと同時に俺へのディスりがじわじわと効いてきた。
結局イケメン論争は、悟を慰めるため、この旅行を変な雰囲気にしないためにみんなが優しくしてくれてありがとうという結論で悟が締めてしまい、今だに悟はイケメンを自覚しないままとなった。
肝心のPR動画はというと、無難に取り終えたのだか俺には一つ確信があった。特にオリジナリティは無かったのだが、美幸と美来ちゃんと眼鏡無し悟の三人のビジュアルは良すぎだろ。
もちろん俺はそれなりの理由をつけて、カメラマンになった。




