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地下室のメアリーさん  作者: えむ
2/3

ふわふわの毛玉。


 今日は晴れて暑くなりそうな天気だった。


 とはいえ地下にいればあまり関係がない。

 出入り口の丸扉はうんざりする程重く、

 中に入れば乾いてさらっとした空気が心地よい。


 昼食にサンドイッチと

 メアリーさんのおやつに

 アーモンドの紙袋をポケットに入れて

 地下室へのゆるいスロープを下っていった。


 守衛さんも居なければタイムカードもない。

 下手すると同僚にも一日出会わない。


 緩やかな職場の

 ここ唯一の変化といえばメアリーさん

 なのだった。


 


 集中して画面を見ていたせいだろう、

 固くなった背中を意識してゆっくり延ばすと

 

 目の前にメアリーさんがいた。



 ある日突然

 気配も感じさせずに目の前まで来た

 ふわふわの毛玉に

 つやつやした黒い瞳。

 ねずみにしては大きいなと思ったけれど

 ウサギよりははるかに小さい。


 何よりもこの地下室の無機質な空間に

 ポツンと佇む姿に目が釘付けになった。


 夢かと思った。


 メアリーさんは

 チィと鳴いて

 作業台から飛び降りて廊下へ去っていった。


 次の日には作業台の片隅に

 ドライフルーツを置いてみた。


 その次の日には殻付きのナッツを。


 またその次の日に麦粒を撒くようになった頃

 メアリーさんが通りかかった。


 

 その日のメアリーさんは

 その場でドライフルーツをちょっと齧り、

 殻付きナッツを抱えて逡巡し、

 麦粒を咥えて立ち去った。


 次の日からは餌場だと理解されたらしく

 しばらく立ち止まって

 好みの餌を選んで食べていく。


 差し出す餌を受け取ってくれるまでに

 ひと月とかからなかったから

 メアリーさんは食いしん坊である。


 あれから鳴き声は聞いたこともなく

 密やかに通うメアリーさんの存在は

 もちろん秘密。



 職場で一番馴染みのある同僚のサリムにすら

 メアリーさんのことは話さなかった。


 サリムは時々、飼い犬のサムを連れて来たから

 話せば興味を持ってくれたかもしれない。



 でも遅かった。


 いつも固まったような背中に違和感があった

 けれど今日はいつもと違って痛みが襲った。


 ちょうど

 メアリーさんのためにアーモンドの粒を並べて

 メアリーさんのつややかな瞳に向かって


 (どうかしら?)


 って思った時だった。

 

 痛みで丸まる背中を庇って

 後退りしたまま床に倒れた。


 真っ暗で何も見えない。


 あーあ、まだ若いのに。

 もうこれで最期なの?


 同僚たちやサリムが気がつくのはいつだろう?




 気がつくと


 乾いた空気の匂いを嗅いでいた。

 香ばしいアーモンドの匂い。


 目の前に5つ。


 これ美味しいかしら。

 そっと手を延ばすと、白い毛に覆われた指が

 思ったより大きなアーモンドの粒を抱えた。


 抱えるくらい大きい。



 ひげが震えて

 部屋のドアが開いたのを感じた。




 「アリサ!」


 ああ、サリムが来たのね。

 運が良かったんだ。

 倒れたままの私は全く動かない。


 作業台の上のわたしも恐怖で動けない。



 サリムが丸まったアリサの体を何とか抱えて

 立ち去った後も。


 ふわふわの毛玉になったわたしは

 その場をうごくことが出来なかった。


 

 メアリーさんはもういなかった。



 


 

さあどうしよう?

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