幽霊になった僕と、女妖怪
一瞬、青空が見えた。
直後感じる強烈な衝撃。そして、気が付いた時には自分の体を見下ろしていた。
なんとも現実味は無いが、僕の顔には苦悶の表情が浮かび、いかにも死体ですと言わんばかりだ。
最早、生存は望めないだろう。
――それもそのはず、目の前で僕の体は、華奢な少女に喰われていたのだ。
今も彼女は僕の体を喰い千切り、その肉を美味しそうに咀嚼している。白かったであろうワンピースの殆どは、僕の血で赤く染まっていた。
どう考えても普通の人間では無い。というか、そもそも人間ですらないかもしれない。
なんと言っても人肉を食らっているのだ。怪異や妖怪だと言われた方が、まだ納得出来る。
だが、僕の体を貪り喰らう彼女は異形の怪物と言う訳では無い。
どう見ても、ただの少女だ。
――どうしてこうなったんだろう?
現実から目を背け、こうなる前の事を思い出そうとする。
しかし、彼女は僕に記憶の糸を手繰る時間を与えてはくれなかった。
食事が終わったのである。
彼女は最後に残った僕の頭部を、道端に積まれたポリ袋の山目掛けて、何のためらいも無く無造作に投げ捨てた。
怒りなど、微塵も湧いてこない。
それどころか、あるのは底知れぬ恐怖のみだ。
血だまりの真ん中で、僕に背を向けたままちょこんと座る彼女。
その彼女が、少しでも振り返ろうものなら、僕がいることに気付いてしまう。
そう言えば僕は、彼女の顔を見たはずであるし、会話だってしているはずだ。
それなのに、ほとんど何も思い出せない。
だけど、たった一つ、鮮明に覚えているのは、大きく形のいい口元。蠱惑的ですらあったと思う。
――振り返らないでくれ。お願いだ。
生唾を飲み込み、僕は必死で願う。だが、はたと、ある事に気が付いた。
今ここにいる僕は何者なのだろう?
当然だが、既に死んでいる筈である。
だとしたら、「幽霊」と言う事になるのではないだろうか?
それなら、何を怖がる必要があるのだろう? もうすでに死んでいるのだ。怖がる必要など何処にもありはしない。
その事に気がついて、僕は胸を撫で下ろす。
その瞬間、幽霊であるはずの僕が見えているように、彼女がゆっくりとこちらを向いた。
血にまみれた大きく形のいい口元を、そっと指でなぞるその姿が、僕の網膜にやたら鮮明に焼き付いた。