桔梗 小夜子
先輩として特佐にアドバイスしようと、こうして立ち会っているのだけれど、こんな実技訓練をするとは思わなかった。
一回生には「神器を置いて下さい」なんて言い出しちゃうし、三回生には「ずっと神器を持っていて下さい」なんて言う。
今は二回生の実技中だ。
「貴方がたは一年を経て基礎体力が出来ていると思いますので、実技の時のみ神器を持って頂きます」
当然口には出さないのだけれど、心の中では反感の声が上がる。
『ふざけんなよ』
『神器に触らせろ』
もう、困ったなあ。
わたしには、心を読む贋作が移植されている。リミッターを付けてても、過剰な『声』には十分に反応してしまうのだ。
士官学校を主席卒業したのはいい。ここまでは人生完璧だった。と言うか、今では唯一の自慢になってしまった。
最初の戦闘で活躍したのも構わない。けれど向かった贋作に心を侵食され、味方を喰うなどと、ありえない姿で発見されてしまった。軍で中将を務めている父のコネクションで士官学校に転属され、残り少ない人生を平穏に過ごそうとしていたのに。
『こいつ、本当に強いのかよ』
若者は、怒り始めたら歯止めなんて有ったもんじゃない。久しぶりに強い情念を浴びて、少し、いや大分、もうたっぷり疲れてきた。
あー、あれだ。帰りたい。
「皆さんの気持ちも分かりますが、少し我慢して下さいね」
訓練生の心を知ってか知らずか、特佐は心情を逆撫でするような笑顔を向ける。
そもそも彼は常に笑っている。心の声も全く聞こえない。これが最上のSクラスという人種なのだろうか。捉えどころは無いが、得体の知れない魅力を感じる。例えて言うなら、仮面舞踏会で壁の花してたら、優しく声を掛けられた、みたいな。経験無いけど。
『撃ってやれ』
軍人の何たるかも分かっていない訓練生の一人が、特佐に銃身を向けた。
「……あっ!」
「向ける相手が違いますよ」
特佐は、一瞬でその後ろに立つ。
二つ名・神速陣――さすが、恐ろしいスピードだった。
速さに加え銃による射程距離、立ち会う相手の動きをことごとく先読みし、箱庭の神たる領域を創り出す。訓練生からもどよめきが上がり、同時に恐怖で諫める結果になった。速さもさることながら、笑顔を絶やしていないのだから。
やっと実技を終えて、教官室で特佐に訓練の意図について聞いたところ、彼は変わらず笑顔で答えてくれた。
「単純な理由ですよ。神器は神憑り的な物であり、確かに使用者の身体能力を引き上げる。ですが、それは一種の暗示で拘束具を外しているだけ、なのです」
「安全装置ですか?」
「身体が壊れないよう、脳が無意識に掛けている抑制です。一回生が普段から持っていれば、とても身体が保つものじゃない」
「しかし女性は?」
「女性は強化の際、身体まで強化が施されています。人間離れした動きでも肉体への負担は少ない。損傷しても治癒力が高いですから、支障が少ないんですよ」
「男性は違うと?」
「違いますね。とても耐えられるものでは有りません。だから一回生は基礎体力を付ける時期、二回生は慣れる時期、三回生は適応、四回生でやっと神器がまともに扱えるんです」
指を一つ一つ折りながら、優しく丁寧に説明してくれる。こんな風に接すれば、訓練生だって馬鹿な真似をしないのに。
「彼らは口で説明するより、実感した方が分かりやすいんですよ。この学校には、自分は強いと勘違いしている糸の切れた人形が多いみたいですからね」
心中を察しているかのように、彼は言葉を続けた。
「感情が高ぶりやすい彼らでは、直ぐ憤って話を聞かなくなるのが落ちです」
「はあ」
「しかし、先ほどは大丈夫でしたか?」
「え?」
「貴女の能力は、他者の心情を感知するものでしょう?」
鋭いですね、大当たり。
「詳しい能力は解りませんが、立ち会って下さっている以上、負担は避けねばなりません」
「わたしに、気を遣っていらっしゃったのですか?」
「まあ少しだけ。ただ、元々拷問教育でも無いんです。普通、新兵は思いっきり叩きのめして虚栄心と反抗心を殺ぐところから始めますが、そんな事はしませんし」
「何故です? 上下関係も刷り込みやすいのに」
「萎縮し過ぎるんですよ。思考も停止しますから、敵の行動を読めなくなります。ぽんと叩くだけで十分」
「べ、勉強になります」
「止して下さい。単なる持論です」
こうして話している時もそうだが、何となく惹かれる。
滑らかで流れるような物腰に、優しい声で安心感を与えてくれる。落ち着きと優雅さが同居しているのだ。能力から人を拒んでしまうわたしなんかと違って、自然と人が寄ってくるだろう。同じ夜でも、お休みの前日とお休みの終わりくらい違う。
何より、彼からは苦痛の要素である『声』が全く聞こえない。
こんな事は初めてだ。
人嫌いの神狩 響子が熱を上げているらしいけど、それも納得出来るってもんですよ。
「そうそう、桔梗少尉」
「そんな、小夜子でいいです」
「それでは小夜子さん。せんせい、とお呼びして宜しいですか? 慣れ親しんでいる呼称なので」
「先生? まあ、教官ですから構いませんけど」
「改めて、宜しくお願いします」
「そ、そんな、こちらこそ」
二人で礼をしていると、不意に視線を感じた。
「失礼致します」
教官室に見慣れない女性が入って来た。黒いパンツスーツに身を包み、短い髪を後ろに向かって撫で付けている。例えて言うなら、男装の麗人――歌劇団男役さながらの美男子。
「零、神皇より神器を預かって参りました」
「神器って……」
実技での動きは、神器を持たずに行っていたのか。恐ろしい身体能力だ。
「草薙特佐、普段は神器を持っていないのですか?」
『貴様! 私と零の間に割って入るな! 気安い糞虫が!』
……ぐ!
この女、質問をしただけなのに凄まじい『声』だ。
リミッターを付けているのに、暗く鋭く、とても大きく聞こえる。敵意を通り越して殺意すら感じる。
「ありがとうございます」
「……いえ」
特佐と言葉を交わしながらも、冷たい視線をぶつけてくる。
『邪魔な女だ、殺してやろうか』
丁寧な言葉遣いだが、心中は口汚い。例えて言うなら、頭を下げられながら脛を蹴られている感じ。
この人、嫌いなタイプっす。
「……百合さん、駄目ですよ」
彼女に対する私の反応を察してか、特佐は女の唇に人差し指を立てた。
と、特佐ぁ。
もう、この人はチート過ぎるっしょ。
「ふん」
当の女性は鼻で笑い、わたしを見る。
やっぱり嫌いだ。
「強力なので、普段は神皇陛下に預かって頂いているんですよ」
神器は、身体に接触させなければ能力向上は得られない。神器を持てば、彼の身体能力はもっと上がる。
特佐は手首にベルトを巻き、ホルスターに収めた大きな銃を袖口に入れる。普段は収納されているが、戦闘時ホルスターをスライドさせて手に移動するギミックだ。よく見ると、彼の軍服は袖口が広がっていた。
「それでは、御帰りを御待ちしております」
女を見送った後、疑問に思っていた事を口にした。あの女が居る所で聞いたら、何を思われるか分かったものじゃない。
「今の方は?」
「縁が有って、一緒に暮らしているんです」
「一緒にって、奥様ですか?」
「いえいえ、彼女は家事をしてくれているだけですよ」
「そうですか、それは良かった」
「良かった?」
「いえ違います! 今のは、特に意味は無くてですね。その……何と言うか……」
こんな調子じゃあ、次あの女に会ったら殺されてしまう。




