草薙 零
長い長い塀の外を、暖かい陽だまりが包んでいる。行き交う人の真新しい軍服と相まって、何とも良い気分だ。
今日から士官学校の特別顧問となった。神皇陛下から「学長を警護せよ」との命令が下ったらしい。
どうやら命を狙う者が居るようだ。
進んで行くと門を見つけた。
敷地を散策してみよう。
「……はあ?」
広い。
とにかく広い。
おいおいおい、洒落にならないぞ。
外周を歩いている時には判らなかったが、一つの町が丸々入るんじゃないのか?
異常に大きな屋内外演習場、宿舎まで敷地内に在るのだから仕方無いのかもしれないが、此処に居る人々は迷子にならないのだろうか。何処に何が在るのか、どうにもこうにもさっぱりだ。
学長室を探そうとしてはみるものの、我ながら侵入者紛いの動きをしている。
「……どなたですか?」
振り向くと、二十代前半の女性が立っていた。軍服に身を包み、ロングヘアーを首の後ろで束ね、耳にはピアスをしている。
ピアスは制御装置、自滅因子抑制だ。神崩が消滅し、次いで発足された神狩研究所で強化手術を施された証。
神狩では、贋作にダメージを与える簡単な技法が生み出された。
強化――確かに有効な手段ではある。だが、やっている事は悪魔の所業としか思えない。
贋作を人体へ移植している。
人でない者の身体能力向上に加え、それぞれの贋作が持つ特殊な性能も付加される。だが、移植は女性のみに限られた。異形を移植するには、自分とは別の生物を体内に宿す器官――つまり子宮が必須だったからだ。
移植された贋作から侵食を防ぐ為、リミッターは義務付けられている。身体機能まで制限されてしまうが、兵士が同士討ちするよりましだ。ちなみに、神崩研究所出身者には義務付けられていない。融合域が高過ぎて、付けても意味が無いのだ。ピアスをしていないので、見た目は普通の女性と変わらない。違うのは身体能力と、性格にくせが有る事だけ。
「失礼。本日より、こちらに着任しました草薙 零と言います」
笑顔で敬礼すると、女性も敬礼で返した。
「草薙特佐でしたか! ご活躍、かねがね伺っております! 自分は桔梗 小夜子実技教官、少尉であります!」
余りの大声に、周囲の訓練生が振り返る。
これは恥ずかしい。
「あの、そんな緊張なさらなくても……同僚ですから、階級なんて気になさらず……呼び捨てで構いませんよ」
階級・特佐と言うのは、大佐と中佐の中間に相当する。彼女から見れば、少尉・中尉・大尉・少佐・中佐なのだから、遥か上の存在なのだ。ただその対応をされては、こちらの方が気を遣う。
「失礼しました!」
とは言うものの、気をつけと敬礼を崩さない。
「あの……本当に、もっと馴れ馴れしい態度で構いませんよ。年も近いようですし、ね?」
「そうですか?」
やっと身体を崩してくれた。
「学長室はこちらになります」
言葉は硬いまま。
やれやれ、先は長くなりそうだな。
学長室の扉を開けると、見知った顔が居た。
完成素体。
神崩研究所出身者を指す言葉だ。神崩博士の息子・綴は、この軍付属士官学校の学長をしている。神狩の技術は神崩に遠く及ばないのだから、神皇陛下が彼を張り付けにしたいのも解らなくもない。
「草薙特佐をお連れしました」
先ほど出会った女性が、再び身体を強張らせて敬礼した。
「分かった、下がれ」
机に向かっていた綴は、連れて来てくれた彼女を一瞥すると、顎で下がらせる。
静かに扉が閉まり、部屋には綴と二人だけになった。
「……兄様!」
冷たい印象は一気に溶け、彼は笑顔で駆け寄って来る。
「やあ、久しぶり」
手を広げる相手に笑顔で手を差し出し、握手で回避。正直な話、同性と抱擁は周りに人が居なくても恥ずかしい。
「始めに連絡を受けた時は驚きましたよ。もう踊ってしまおうかと思ったくらい」
同じ研究所に居たせいか、実の兄も同然に慕ってくれている。
「今回は我が若輩者達を、ビシバシ鍛えてやって下さいね」
切り揃えられた長い黒髪に、少し黒い肌。まだ幼さの残る顔に、満面の笑みを浮かべている。
変わらないな。
昔から優しい子だった。妹を守る為に親である神崩の過酷な実験に耐え、それでも心配を掛けまいと、必死に笑顔を作っていた。
彼は神崩研究所無き後、独り士官学校に配属された。きっと孤独だった筈だ。
「神器の教官だから、配置前の駒が相手だな」
笑顔を絶やさないようにして、腕を振り上げる。
「いつまでこちらに?」
「期限は決まってないよ、合間に抜ける事は有るだろうけど」
「無期限ですか! やった!」
子犬のようにはしゃぐ彼を見て、少し感慨に浸ってしまった。
彼には特殊な役目が有る。『神託』と呼ばれる、『二つ名』だけ与えられる人生の道標を読み取り、言い渡す。
『二つ名』はA+のクラスが持つ。功績を上げC・B・Aと続き、『百鬼夜行』と呼ばれる地獄を乗り越えた者だけに、神皇陛下から直々に与えられる暗号名。ちなみに神崩を出た者は、A+を超えたSの称号が与えられている。つまり初めから二つ名持ち。
二つ名は神速陣。
貰った神託は、全てを識る者。
知ると言われても、未だに意味を理解出来ていないのだが。
家に戻ると、パンツスーツを着た女性が出迎えてくれた。
「御帰りなさいませ」
研究所もろとも養父は姿を消してしまったが、家族が居ない訳では無い。消滅を共に生き残った多原 百合と言う女性――保護も兼ねて一緒に暮らしている。
「御飲物は御入用ですか?」
「大丈夫、お気遣い感謝します」
髪を短く切り男装しているのは視覚迷彩の為だが、家事をしてくれているのは自分を間借り者と認識しているのだろう。もう何度も「貴女がやる必要は無い」と言ってるのに、まるで聞いてくれない。
彼女との生活は保護なので、もちろん男女の関係では無い。国から特別な給付金が有り、彼女は一人でも生きていける。それでも身寄りの無い彼女は、養父を亡くした同類との生活を望んだ。神託は同伴者――きっと寄り掛かる壁が欲しかったんだと思う。
「留守の間、何か変わった事はありませんでしたか?」
「神狩の者が訪れました」
「あの人も飽きないですね。神崩の研究記録なんて、持っていないと言っているのに」
「全くです。己が無能を棚に上げ、他人の成果を我が物にしようとする。塵塵芥にも満たぬ愚か者」
「……それで、どうしました?」
「丁重に対処致しました」
言いながら微笑む。
余程彼らが来た時に苛立ったのだろう。
彼女は、敵と認識した相手に容赦しない。
とは言え認識する味方は神崩出身者だけなので、ほぼ全ての人間は彼女の敵と言う事になる。彼女の保護とは、端から見れば彼女自身を保護しているように見えるが実は逆。その外弁慶から、神皇陛下の財産たる周囲の人間を保護しているのだ。
「明日が早いので、今日はもう休みます。お休みなさい」
「御休みなさいませ」




