外法師
ミシェル・クロウは、今に祭りでも始めようかというくらい騒ぎ回っている自分の師匠に、深く一礼した。
「もおう! 戻ってきやがって! このお!」
アイリを優しい目で眺め、静かに微笑む。
(真逆、戻って来れるとは思わなかった)
彼は源典回帰が消滅したと同時に光に包まれ、住んでいた森の中に倒れていたのだ。
「なにやら、珍妙な服を着ているね」
「まあ……夕食を済ませながら、ゆっくり話しましょう」
「剣は?」
前掛けを上げて腰を覗き込むアイリに、彼は返す。
「ああ、失くしてしまいました」
「なにぃ! あれは貴重なオリハルコン製だぞ! 造るのが面倒だったんだからなぁ!」
彼の剣は、特殊な金属で加工されている。そして、その剣は彼に合わせた特別製だった。見た目では、鞘の中で粉々に砕け散っているように見える。だが、それが普通なのだ。柄から魔力によって刃を繋ぎ振るう、伸縮自在の蛇腹剣なのだから。
「まあ、事態が事態でしたので……」
「弁償しろ! べんしょお!」
指を差して抗議するアイリに、彼は顔の前で手を振った。
「無理ですよ、無理無理」
「……仕方ない、後で打ち直してあげよう」
口を尖らせてはいるが、まんざら機嫌が悪そうでもない。
「ありがとうございます」
その姿を見て、彼は笑顔で返した。
「そうそう」
「何?」
「こちらでは仮面を着けていましたが、向こうでは自分以外が仮面を着けていました」
「ほうほう、後で詳しく聞かせてね」
数十年振りの再会に、今夜は二人で夕食の準備を行う。
ガランと呼ばれる巨大な球根を持って、クロウは首を傾げた。
「どうしたの?」
「いえ、キャベツに似ていると思いましてね」
「キャベツ?」
「いえいえ」
両手で持つ薄緑の球根には、縦横無尽に繊維が走っている。
(どう見ても、キャベツだよなあ……)
焚き火を囲み、二人で食事を終えた。
アイリは、キセルを取り出して火を点ける。
「君、年とってるようには見えないね」
「それが、向こうでも不老不死になってました」
「はあ?」
彼は源典のこと、友人のこと、親しい人々のこと、異世界で体験した全てを話した。
「……そう、向こうでも死に別れたの」
「ええ」
「アザレア、だったっけ? 妹さん」
「はい」
「彼女はお兄さんに看取られて、幸せな最期だったよ。向こうの陛下とやらも、君に看取られて幸せに逝ったさ」
アイリは呟きながら、キセルの灰を落とした。
「そうですかね?」
「君は、そういう人です」
「何だか、余り嬉しい言葉でも無いですけど」
「そう? 救えなくても幸せに逝けたのなら、それはとても幸福なことだと思うよ」
「そうですか」
遠い目で火を眺めるクロウを見て、アイリは言葉を流す。
「そうです。私が言うんですから、間違いない」
「偉そうだなあ」
「あのね。私は、君の師匠だよ? 偉そうじゃなく、偉いんです」
「はいはい」
「はい、は一回」
「はい」
「よろしい」
ふと、アイリはクロウの身体を眺めた。
「ちょっと、手を貸して」
「はい?」
彼女は彼の手の平を取り、キセルの灰を落とした。
「あつっ!」
火種を振り落とそうとする手を、アイリは離さずに見つめる。
「……あれ?」
「熱くないでしょ? 不老不死のままだよ」
「何故でしょう?」
「コッチから向こうへ行くのに、不老不死を失った。けれど向こうで居場所を失い、無理矢理コッチに押し返された。向こうの都合でコッチに戻ったから、不老不死は代償として差し引かれなかった」
彼は、離された手を空に翳す。
「あ、そう言えば」
「何?」
彼は腕に力を込め、両手に銃をスライドさせた。
「これを持って来ました」
「それは剣を代償に得た物だね、見せて」
クロウはホルスターから取り外し、アイリに手渡す。彼女はまじまじと見つめながら、彼に言った。
「後で分解させてね」
「元に戻せるんですか?」
「構造なんか一目で解るよ」
「流石です。それなら、どうぞ御自由に」
「その代わり、明日にでも剣を打ち直してあげましょう。お土産のお礼にね」
「それはどうも」
片づけを終え、二人で二段ベッドに横たわる。アイリは下段で、増築された上段にはクロウが寝転がる。
「師匠」
「どうしたの? まだ話し足りない?」
本当はアイリの方が夜通し話したいのだが、弟子の前では言わずに踏み止まる。
「送って下さって、ありがとうございました」
「ん?」
「戻って来れるとは、思いませんでした」
「それは、私もです」
「師匠?」
「もう寝なさい」
「ありがとうございました」
彼の涙に震えた声は、暗い空間に消えた。
その胸元から、一枚の写真を取り出す。
アイリは、小夜子と瓜二つだ。
神皇も、クロウの亡くした義妹――アザレアにそっくりだった。
この世界には、響子に似た人物も居た。
それはもう、本人としか言えないほどに。
彼は考える。
彼女達は、世界は異なれど同一人物だったのでは無いか――と。
それならば、自分が居なくなっても、自分の代わりが、その自分の代わりが、いつかは響子と出会ってくれるだろう。
彼女は、寂しがらずに過ごせるだろうか。
(お前が寂しがっている事なんて、とうの昔にお見通しだ)
苦笑しながら、涙の溢れる目元を腕で覆った。
「おやすみなさい」
「また明日」
(外法師が向こうと行き来して、影響は無かったのだろうか)
(僕の我が儘で、何か起きていなかったのか)
生きるだけで外道――それが外法師。
彼は、業を背負ってしまった。
それでも、彼は死ねない。
言われていないからだ。
アイリと殺し合えば、死ねることを。
知らぬのは罪か。知ろうとしないのが罪か。
いつか命を擦り減らし、誰かの命を救うまで。
皆が果たせなかった『それ』を果たすまで。
彼は、これからも生き続ける。




