神崩 了
人々から聞いた話を元に、特佐の遺した手帳への追記を終え、私は静かに閉じた。
世界は変わった。
源典を消滅させたら、贋作は居なくなった。存在自体が無かった事になり、その特異な能力を実現出来るほど発達した技術が、代わりに存在している。遅老症を研究し生まれた抗老化医学が女性ホルモンに作用して、強化と大差ない不老と回復能力。反転して、一定以上の男性ホルモンに作用して寿命を縮める奇病が蔓延っている。
世界の補完が起きたのだ。
あの場に居た自分達以外の人々は、贋作に関する記憶を綺麗さっぱり忘れている。恐らく元凶の傍に居た自分達には、挿げ替えに『ズレ』が生じたのだろう。
特佐は、渡してくれた手記と仮面だけを遺し、兄と一緒に消えてしまった。源典に生み出された塊――視点が憑依していた彼には、仕方ない事かもしれない。
そんな特佐を探しに行くと、神狩 響子は山葵姉妹と旅に出た。
響子には別の変異が起きている。時間を遡っていた影響からか、彼女の肉体は、ほんの少しずつ若返るようになってしまった。
神狩博士は、昏睡状態から奇跡的に目覚めた。元が『夢』という特性と、元凶を意識しながら眠っていた彼も、記憶の書き換えが行われなかったようだ。当然ながら、この手記を欲しがっている。懲りていないな、あの人は。
その一方で、桔梗 小夜子は死んだ。
贋作で起きた彼女の事件は無くなったが、世界は甘くなかった。名と発症理由が変わっただけで症状は変わらず、最期はろくな認識も出来なくなり、幸か不幸か微笑みながら息を引き取った。
彼女の父は娘の死を切っ掛けに軍を辞め、会社を立ち上げた。
彼女だけじゃない、贋作によって死んだ人々も、新種の流行病で死んだ事になっている。
私は、黒嵐から名が『修正』された特殊技術対策部に転属した。
各所で起こる、特異な技術による奇妙な事件を潰す日々を過ごしている。
人間は愚かだ。
恐れる贋作が居なくなれば、その力に胡坐をかき、悪用する輩が居る始末。技術競争も苛烈化している。このままでは、遅かれ早かれ実力行使で技術や遺物を奪い合う戦争が起こるだろう。
源典など有っても無くても、変わらず人々は踊らされている。
「隊長、そろそろ作戦会議の時間です」
黒い軍服に身を包んだ隊員、行平 康太が顔を出した。理由は違えど資料整理部は存在していた。彼は訓練で姫桜と出会い、資料整理部に転属する。亡き後は、副隊長であった私と共にこの部隊に移ってきたのだ。
因みに、無名が持っていた刀は彼が持っている。詳細は研究中だが、青生生魂と名付けられた金属が使われているらしい。
「分かった」
特佐から譲り受けた半面を取り出し、顔に付ける。
私の能力は、この口元だけの仮面に挿げ替わった。装着した者が音声で座標を入力すると、更に入力した座標と、空間同士が入れ替わる技術を仕込まれている。
「隊長、まだですか?」
「まだ来るな……いえ、早く来て下さい。おい白夜、もっとくっつけ……いや、余り傍に寄るなって言ってるだろ。ああ、もう口調が……」
彼に続いて顔を出したのは、白夜と明星だ。主を失った彼女達も、元の部隊に戻った。
そう。
変わっているようで、何も変わっていない。
これが世界と言うモノなのだろう。
誰も気付かぬところで進み、追いつくだけで精一杯。
ならば足掻くまで。
この世界を、必死に生き抜いた人々のように。
「さあ、今日も」
仮面で躍る時間だ。




