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これから世界が死んでいきます  作者: 狐面
生きた人々
54/59

山葵 一葉・二葉

 奥の部屋に向かい、二人で走る。

 二階は氷に包まれており、贋作(がんさく)は壁に貼り付けられている。


「周囲に」「動体(どうたい)なし」


 交互に意識を言葉にする。

 私たちは一心同体。

 同じ贋作の同じ部位を移植されたせいか、考えることもやりたいことも同じ。


 贋作を移植され村に戻ると、()れ物を触るような扱いを受けた。

 (かげ)から石を投げつけられ、誰も遊んでくれなくなった。

 親には食べ物に代わり、侮蔑(ぶべつ)と暴力を与えられた。

 草を食べたら、胃液を吐き続けた。

 土は食べても食べても、どんどんやせ(おとろ)えるばかりだった。

 井戸の水を飲もうとすると、(けが)れると追い払われた。


 誰も、(あわ)れんでくれなかった。


 それどころか、衰弱した身体を殴られ、蹴られた。

 村を出ようとすると、恥だからと出口を(ふさ)がれた。

 殺されると思った。


 やがて水溜りの泥水を見て、愕然(がくぜん)とした。

 土の()まった腹は(ふく)れ、泥まみれで破けた着物を羽織(はお)る、二匹の化け物が写っていた。


 みんな。


 死ね。


 考えに(いた)るまで、大した時間は掛からなかった。

 二人で言葉を(かな)でながら、一晩じゅう歩いた。


 翌朝には、全員が自殺していた。

 静かな村を歩き回り、死体の抱えている食料を食べた。

 そして回復した私たちを、軍が発見した。


 不問となり、親も死んだ私たちは、国に引き取られ軍属になった。

 間もなく、黒嵐の参謀に呼び出された。


「どうぞ」「よろしく」

「オメーらが、双子か」


 彼女は面を被り、抑揚(よくよう)の無い声を出した。


「今まで、よく頑張った」


 二人とも、頭を優しく()でられた。


 この人のために、生きよう。


 彼女に言われるがまま、学園に乗り込んだ。

 特佐を(だま)し、(そば)(おさ)まった。 


 そして、時を()た今がある。



 果てしなく続いた廊下の突き当たりに、その部屋はあった。

 扉を開けると、何も無い部屋に日記帳だけが置いてある。


「ああ」「あれだ」


 二人で、日記帳に手を伸ばした。


「遅かったな」


 顔を上げると、世輪傍(せりか)さんが声を掛けてきた。

 曇天(どんてん)の空に赤黒い荒野が、果てしなく広がっている。

 そして、荒野を埋め尽くすほどの贋作。

 けれど贋作は、一つ残らず凍り付いていた。


「源典」「回帰は?」


 彼女が両手を広げた。


「こンな状況だったから、まだ見つけてネェよ」


 氷の塊を抜け、三人で走る。


「遅くなりました」


 (りょう)さんも走りながら加わる。


「全く、です」


 いつの間にか、草薙(くさか)特佐が平行して走っている。


「オメーもだろ。って、神皇(しんのう)は?」

「聞かないでくれ」


 顔の半分が隠れながらも、彼の目には怒りの炎が宿っていた。


「了」

「何ですか?」


 言葉を返す了さんに、特佐は手帳を取り出して渡した。


「この手記(レポート)を預ける。持っておいてくれ」

「これは?」

生の結晶(ダイヤモンド)、とでも言っておこう」


 どこまでも続くと思っていた荒野の風景は、数百メートル進むと、白い建物に変わった。


「ンだ? コレ?」


「これは……神崩(かみなだ)研究所だ」


 真っ白く四角い廊下を、草薙特佐は迷いなく進む。

 廊下にはいくつもガラスがはめ込まれ、窓から見える周囲の部屋には贋作がひしめいていた。


「嫌な場所だよ、本当に」


 特佐が、眉間(みけん)にシワを寄せながら(つぶや)く。


「研究者はどんどん()なくなるし、やっている事は(ひど)いものばかりだった。誰にとっても(きおくから)良い思い出は無い(けしたいばしょだ)、な」


 そして彼は、一室の前で立ち止まる。


此処(ここ)が、彼の使っていた部屋だ」


 扉を開けると、六畳ほどの部屋に、机とタンス、ベッドが並んでいた。そして部屋の中央には……私たちより年下の、まだ十代後半の男子が立っている。


「いらっしゃい」

「見つけたゼ、クソガキが」


 世輪傍さんが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。


「君が世輪傍か……黒嵐(こくらん)隊長、ご苦労様」

「あン?」

総一郎(そういちろう)が死んだのなら必要なかったけど、神皇は存続させたみたいだね」

「テメーに言われる筋合(すじあ)いネェぞ」

「神皇は死んだってのに……ねえ? 兄様」


 世輪傍さんから視線を外し、特佐を見て言った。


「死んだ?」

「彼女も可哀想(かわいそう)な人だ。両親が死んじゃって、おかしな性癖(せいへき)も直ったと思ったら、最後は死んじゃうんだもん」


 何も言わない特佐の横から、了さんが声を出した。


「兄さん」

「了か、元気そうで何より」

「どうして、こんな事を……」

「別に……僕はただ、見たことを書いただけさ。それが勝手に現実となっただけ」

「良く」「言いますね」


 私たちが声を出すと、源典回帰(げんてんかいき)は厳しい目を向けた。


「君たちか……とうとう、僕の前に姿を現したって訳だ」


 向かい合う私たちを、奴が(にら)み付ける。


「とんでもない場所だろう? ここが地獄さ」


「「おまえ……」」


 何が地獄か。

 私達は、貴様のせいで、地獄を生きてきたのに。


「ここが、全ての始まりだった。そして今日、終わる」


 奴は視線を()らした。


「言っとけクソ野郎」

世輪傍(きょうこ)、待て」


 草薙特佐が、会話を遮った。


「なるほど、ね……世輪傍の正体は神狩(かがり)の娘だったか。しかし、彼も(あわ)れな男だ」

「……あ?」


 世輪傍さんの声が低くなる。


「自分で強化を生み出したと思っているのかもしれないが、それは違う」

「兄さん、何を言っているんですか?」

「と言うか、神崩の(ごう)と言うべきか……母を自分に移植している父を見た。そして、それを書き留めてしまった。その具現化が強化だ」


 それでは。何もかも。


「こうなってンのは、オメーのせいってコトか」

「そうかも、ね」


 話す時に文章を区切るのが、特佐と似ている。

 時折語尾を切っていたのは、奴の思考も混ざっているから。


「でも……でも……僕は……僕は……世界に勝った」

「あン?」

「これで、世界は救われる」


 何を救うか。

 誰が救うか。

 自分で仕出(しで)かしておいて。


「新しい源典があるっつーコトは、双子での死に(ざま)は変えたのか?」

「残念だけど、僕の能力は書いた事が具現化するだけ。それを消去したり、上書きする事は出来ない」

「ンじゃ、双子に頑張ってもらうゼ」

「補佐しよう」


 特佐が前に出る。


「僕の分身が、僕を殺すのかい?」

軸の外れた輪(こんなせかい)では、別に可笑(おか)しな事じゃない」

(れい)

「響子に了……君たちは手を出すな、見届けてくれ」

「でもよ」

「黙れ!」


 特佐が声を張り上げた。


「この糞餓鬼(かきて)は、指数本で世界を変えた。神皇陛下の人生を、お前の人生を、小夜子(さよこ)先生の人生を、養父の人生を、了の人生を、双子の人生を、人々の生きる道をあっさりと変えて、こうしてヘラヘラと喜んでいる……友人や家族を好きにされ、再び護るべき者まで失わされ……こんな子供の情景(トロイメライ)、許せるものか!」

「いつも笑っている兄様が、怖い怖い」


 特佐は仮面を外し、了さんに投げた。


友情(これ)も預ける」


 彼の顔は、もう笑っていなかった。


「僕を殺せば、世界がどうなるか(わか)らないぞ」

「構わネェよ、好き勝手にされるよりはな」

「舞台ならまだしも、人生にまで現れる出しゃばりな機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)は消えろ」

「そこまで言いますか……仕方(しかた)ない、な」


 奴は一歩下がる。

 それと同時に、壁から沢山の手が出てきた。


「零!」

「手を出すな、と言った」


 特佐は源典回帰を睨みながら、無数の腕へ銃を撃った。腕を見ずに(はな)った弾丸だが着実に当たり、(またた)く間に撃ち消す。


「は……凄いな、兄様は」


 今度は床がパックリと割れた。赤く大きな口が広がり、びっしりとノコギリのような歯が埋め尽くしている。


「無駄だ」


 特佐はジャンプし、地面に銃を撃ち込む。

 口は()き消え、元の地面に戻った場へ着地した。


「馬鹿にするなよ、非戦闘員(しろうと)が」

「く、くそ」

「双子、暗示を頼む」


 源典回帰の言葉を無視して、特佐は言った。


「何の」「暗示ですか?」


 彼は銃を構えた。


「とっておきだ……例えて言うなら、神器(じんぎ)滅却(めっきゃく)


 彼の心を知ってか知らずか、源典回帰が青ざめた。


「や、止めろ」

「彼が……()()()()()()()()()()()()()()()、だ」

「止めろお!」

首をくくれ(デッドエンド)――外道の奏でる(おと)に、恐怖の(うた)を重ねろ」


 歌うように言いながら前に踏み出し、源典回帰を蹴り飛ばした。

 水平に吹き飛ぶ奴の四肢(しし)に、ありったけの銃弾を叩き込む。


「があ!」


 元凶である源典回帰は、己が分身からの攻撃を受け付け、代わりに特佐の弾丸でも消滅しない。そのまま彼に叩き付けられ、床に落ちた。

 私たちは間髪(かんぱつ)入れず、言葉を(つむ)ぎ出す。


「ぐ……う……」


 身体を引きずりながら立ち上がり、机から日記帳を取り出した。


「あ……ああ……」


 指を()わせ、身体から流れる血で文字を書き出す。

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