山葵 一葉・二葉
奥の部屋に向かい、二人で走る。
二階は氷に包まれており、贋作は壁に貼り付けられている。
「周囲に」「動体なし」
交互に意識を言葉にする。
私たちは一心同体。
同じ贋作の同じ部位を移植されたせいか、考えることもやりたいことも同じ。
贋作を移植され村に戻ると、腫れ物を触るような扱いを受けた。
陰から石を投げつけられ、誰も遊んでくれなくなった。
親には食べ物に代わり、侮蔑と暴力を与えられた。
草を食べたら、胃液を吐き続けた。
土は食べても食べても、どんどんやせ衰えるばかりだった。
井戸の水を飲もうとすると、穢れると追い払われた。
誰も、憐れんでくれなかった。
それどころか、衰弱した身体を殴られ、蹴られた。
村を出ようとすると、恥だからと出口を塞がれた。
殺されると思った。
やがて水溜りの泥水を見て、愕然とした。
土の詰まった腹は膨れ、泥まみれで破けた着物を羽織る、二匹の化け物が写っていた。
みんな。
死ね。
考えに至るまで、大した時間は掛からなかった。
二人で言葉を奏でながら、一晩じゅう歩いた。
翌朝には、全員が自殺していた。
静かな村を歩き回り、死体の抱えている食料を食べた。
そして回復した私たちを、軍が発見した。
不問となり、親も死んだ私たちは、国に引き取られ軍属になった。
間もなく、黒嵐の参謀に呼び出された。
「どうぞ」「よろしく」
「オメーらが、双子か」
彼女は面を被り、抑揚の無い声を出した。
「今まで、よく頑張った」
二人とも、頭を優しく撫でられた。
この人のために、生きよう。
彼女に言われるがまま、学園に乗り込んだ。
特佐を騙し、傍に収まった。
そして、時を経た今がある。
果てしなく続いた廊下の突き当たりに、その部屋はあった。
扉を開けると、何も無い部屋に日記帳だけが置いてある。
「ああ」「あれだ」
二人で、日記帳に手を伸ばした。
「遅かったな」
顔を上げると、世輪傍さんが声を掛けてきた。
曇天の空に赤黒い荒野が、果てしなく広がっている。
そして、荒野を埋め尽くすほどの贋作。
けれど贋作は、一つ残らず凍り付いていた。
「源典」「回帰は?」
彼女が両手を広げた。
「こンな状況だったから、まだ見つけてネェよ」
氷の塊を抜け、三人で走る。
「遅くなりました」
了さんも走りながら加わる。
「全く、です」
いつの間にか、草薙特佐が平行して走っている。
「オメーもだろ。って、神皇は?」
「聞かないでくれ」
顔の半分が隠れながらも、彼の目には怒りの炎が宿っていた。
「了」
「何ですか?」
言葉を返す了さんに、特佐は手帳を取り出して渡した。
「この手記を預ける。持っておいてくれ」
「これは?」
「生の結晶、とでも言っておこう」
どこまでも続くと思っていた荒野の風景は、数百メートル進むと、白い建物に変わった。
「ンだ? コレ?」
「これは……神崩研究所だ」
真っ白く四角い廊下を、草薙特佐は迷いなく進む。
廊下にはいくつもガラスがはめ込まれ、窓から見える周囲の部屋には贋作がひしめいていた。
「嫌な場所だよ、本当に」
特佐が、眉間にシワを寄せながら呟く。
「研究者はどんどん居なくなるし、やっている事は酷いものばかりだった。誰にとっても良い思い出は無い、な」
そして彼は、一室の前で立ち止まる。
「此処が、彼の使っていた部屋だ」
扉を開けると、六畳ほどの部屋に、机とタンス、ベッドが並んでいた。そして部屋の中央には……私たちより年下の、まだ十代後半の男子が立っている。
「いらっしゃい」
「見つけたゼ、クソガキが」
世輪傍さんが、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「君が世輪傍か……黒嵐隊長、ご苦労様」
「あン?」
「総一郎が死んだのなら必要なかったけど、神皇は存続させたみたいだね」
「テメーに言われる筋合いネェぞ」
「神皇は死んだってのに……ねえ? 兄様」
世輪傍さんから視線を外し、特佐を見て言った。
「死んだ?」
「彼女も可哀想な人だ。両親が死んじゃって、おかしな性癖も直ったと思ったら、最後は死んじゃうんだもん」
何も言わない特佐の横から、了さんが声を出した。
「兄さん」
「了か、元気そうで何より」
「どうして、こんな事を……」
「別に……僕はただ、見たことを書いただけさ。それが勝手に現実となっただけ」
「良く」「言いますね」
私たちが声を出すと、源典回帰は厳しい目を向けた。
「君たちか……とうとう、僕の前に姿を現したって訳だ」
向かい合う私たちを、奴が睨み付ける。
「とんでもない場所だろう? ここが地獄さ」
「「おまえ……」」
何が地獄か。
私達は、貴様のせいで、地獄を生きてきたのに。
「ここが、全ての始まりだった。そして今日、終わる」
奴は視線を逸らした。
「言っとけクソ野郎」
「世輪傍、待て」
草薙特佐が、会話を遮った。
「なるほど、ね……世輪傍の正体は神狩の娘だったか。しかし、彼も哀れな男だ」
「……あ?」
世輪傍さんの声が低くなる。
「自分で強化を生み出したと思っているのかもしれないが、それは違う」
「兄さん、何を言っているんですか?」
「と言うか、神崩の業と言うべきか……母を自分に移植している父を見た。そして、それを書き留めてしまった。その具現化が強化だ」
それでは。何もかも。
「こうなってンのは、オメーのせいってコトか」
「そうかも、ね」
話す時に文章を区切るのが、特佐と似ている。
時折語尾を切っていたのは、奴の思考も混ざっているから。
「でも……でも……僕は……僕は……世界に勝った」
「あン?」
「これで、世界は救われる」
何を救うか。
誰が救うか。
自分で仕出かしておいて。
「新しい源典があるっつーコトは、双子での死に様は変えたのか?」
「残念だけど、僕の能力は書いた事が具現化するだけ。それを消去したり、上書きする事は出来ない」
「ンじゃ、双子に頑張ってもらうゼ」
「補佐しよう」
特佐が前に出る。
「僕の分身が、僕を殺すのかい?」
「軸の外れた輪では、別に可笑しな事じゃない」
「零」
「響子に了……君たちは手を出すな、見届けてくれ」
「でもよ」
「黙れ!」
特佐が声を張り上げた。
「この糞餓鬼は、指数本で世界を変えた。神皇陛下の人生を、お前の人生を、小夜子先生の人生を、養父の人生を、了の人生を、双子の人生を、人々の生きる道をあっさりと変えて、こうしてヘラヘラと喜んでいる……友人や家族を好きにされ、再び護るべき者まで失わされ……こんな子供の情景、許せるものか!」
「いつも笑っている兄様が、怖い怖い」
特佐は仮面を外し、了さんに投げた。
「友情も預ける」
彼の顔は、もう笑っていなかった。
「僕を殺せば、世界がどうなるか判らないぞ」
「構わネェよ、好き勝手にされるよりはな」
「舞台ならまだしも、人生にまで現れる出しゃばりな機械仕掛けの神は消えろ」
「そこまで言いますか……仕方ない、な」
奴は一歩下がる。
それと同時に、壁から沢山の手が出てきた。
「零!」
「手を出すな、と言った」
特佐は源典回帰を睨みながら、無数の腕へ銃を撃った。腕を見ずに放った弾丸だが着実に当たり、瞬く間に撃ち消す。
「は……凄いな、兄様は」
今度は床がパックリと割れた。赤く大きな口が広がり、びっしりとノコギリのような歯が埋め尽くしている。
「無駄だ」
特佐はジャンプし、地面に銃を撃ち込む。
口は掻き消え、元の地面に戻った場へ着地した。
「馬鹿にするなよ、非戦闘員が」
「く、くそ」
「双子、暗示を頼む」
源典回帰の言葉を無視して、特佐は言った。
「何の」「暗示ですか?」
彼は銃を構えた。
「とっておきだ……例えて言うなら、神器・滅却」
彼の心を知ってか知らずか、源典回帰が青ざめた。
「や、止めろ」
「彼が……自身を生まれ無かったことにする、だ」
「止めろお!」
「首をくくれ――外道の奏でる法に、恐怖の叫を重ねろ」
歌うように言いながら前に踏み出し、源典回帰を蹴り飛ばした。
水平に吹き飛ぶ奴の四肢に、ありったけの銃弾を叩き込む。
「があ!」
元凶である源典回帰は、己が分身からの攻撃を受け付け、代わりに特佐の弾丸でも消滅しない。そのまま彼に叩き付けられ、床に落ちた。
私たちは間髪入れず、言葉を紡ぎ出す。
「ぐ……う……」
身体を引きずりながら立ち上がり、机から日記帳を取り出した。
「あ……ああ……」
指を這わせ、身体から流れる血で文字を書き出す。




