深淵の王
入り口から戻る零を出迎えた。
「御帰りなさいませ」
「百合さん……矢張り、貴女は綴を庇うのですね」
殆どの贋作は、彼に因って掃討されている。ロビーには、私と彼の二人だけ。
「それ以外に、償う術を知りません」
「情報を渡すべきでは無かった、な」
そう、彼からの情報を綴に伝えた。
そして今日、密かに私が監視していた彼が動いた事で、綴は投影を開始した。
「退いて下さい。苛立っているのです」
「出来損ないの王など、死んで当然です。貴方が気に病む必要は無いと存じます」
「それは違います。彼女はちゃんと成長した。しかし、それをまた護れなかった。そんな自分に、憤っているのです」
――また?
「羽が生えたところで、蛆が蠅に成っただけ。潰れた虫に、貴方が心を痛める必要は無い。と、申し上げております」
「我らが主に、随分な物言いだ」
「私は、彼のような悪路を主と思って居りません」
「弁えろ、です」
彼は両手の銃を握り締め、武道の構えを取った。
私は、零の周りに影を囲む。
「残念だ」
「ええ」
彼は飛び上がると同時に、周囲の影を撃ち払った。
空中で向きを変え、私に銃弾を撃ち込む。
私は影を壁にして、それを防ぐ。
『ひ、ひひ!』
『ああ』
『死ねる! 死ねる!』
『あははは!』
壁と生った亡者共は、嬉しそうに消えていく。
縋り付いてきた貴様等の分際で、良く言う。
彼等は破滅的だ。生きるのに貪欲で、人を貪るのを好み、自身が消えるのを好む。生きたがりで死にたがる。
私と、同じだ。
「ほうら、行きますよ」
今度は壁を行進させ、彼に亡者の大群を向ける。
「甘い」
彼は隙間を駆け抜け、攻撃を避けながら弾丸を周囲に撒いた。
「そちらも甘い」
私は伸ばした影から、彼の足元に亡者をやった。
影から這い出した亡者が、彼の足を掴む。
「ぐっ」
そのまま周りを囲む亡者が押し寄せ、彼を包み込んだ。
「甘いと言いました、ね?」
不意に、背後から声がした。
振り向くと、空中に舞った彼が銃を構えて居る。
「ごめんなさい、百合さん」
目の前に弾丸が迫っている。
ああ、この時を待っていた。
私は許されない事をした。
神崩の家族を、零の戻る場所を滅茶苦茶にしたのだ。その断罪は、彼等によって下されなければならない。だからこそ彼等を護り、共に暮らしてきた。
私は幸せ者だ。罪も穢れも、全て零が消してくれる。
やっと開放される。
掴み寄り、責め苛む亡者から。
私自身を蝕む、この深淵から。
私の贋作は、『個』では無い。今まで死んだ、どれ程死んだかも判らぬ、全てかも判らぬ、歪んだ精神の集合体だ。そんなものに憑かれて、よくぞ今まで生きていたものだ。精神が分裂して当然だろう。
ああ、ありがとう神様。
「零」
やはりアナタは居るのですね。
「最期まで、私を名で呼んでくれるのですね」
私の望む最期を、私のままで迎えさせてくれるのですね。
そして、さようなら。
愛おしい家族たち。
さようなら。




