御名模 慎吾
陛下から偽りの戸籍を用意して頂き、もう十年が経ったか。後少しは、静かに安楽椅子探偵を続けていても良かったが。
神狩博士は一命を取り留めたが、未だ昏睡状態が続いている。
神皇陛下の根回しで、小夜子先生の保護は上手くいった。
神崩跡地の事件で、草薙 零と呼ばれる人物は行方不明に、無名と時計屋(時計屋は既に戸籍も無い人物だったが)死亡。綴は行方不明。少なくなった希少な薔薇を立てる必要が有り、能力を得た小夜子先生が、姫桜の二つ名を授かって後付けの新種になった。
ともあれ、身体の損傷が出ないよう軍属のまま、かつ戦闘の少ない部署――資料整理部が設立。それでも公けに二人しか鬼から護衛が居ないので、百鬼夜行へと狩り出される。せめて日常を安息に過ごせるように、護衛も兼ねて部隊員となった。勿論、ばれないように百合さんとは別々の生活。
正体が知られていない世輪傍――響子は、黒嵐の隊長になった。
十年経ても、まだ贋作との戦いは続いている。綴が書き続けているのだろう。
「響子、いや世輪傍」
横を歩く友人に声を掛ける。
「響子でいいよ、ナンだ?」
「仮面を貸してくれ。もう笑うのにも飽きた」
響子は、世輪傍として被っていた面を外し、叩き割った。
鼻の部分で上下に割れた仮面の上側を被り直し、口元だけの面を渡してくる。
「良いとは言えないが、悪くない仮面だな」
「二人で一人前っつーコトで」
目元しか残っていない仮面は、まさに響子がしていた面に近い。
「それも悪くない、な」
「だろ? ンで面子は?」
「了に山葵姉妹。それに、神皇陛下の護衛に付いている白夜と明星を誘おうと思ってる」
「深淵の王は?」
「偶にしか会ってなかったけど、先日から連絡が付かない。状況が状況だから、無事だと良いけど」
「まあ良いだろ、ヤツは参加しネェかもしれんしな」
本部の中で、了と山葵姉妹と合流した。
「タガエちゃん、久しぶり!」
「お久しぶりです」
声を高くする響子に対し、彼女は静かに礼をした。
「アラ? ずいぶん落ち着いちゃったな」
「貴女は変わりませんね」
落ち着いたとは言え、場にそぐわない姿は変わらない。無数の鎖が巻かれた革のスーツを着ている。特徴である互い違い分け目の下で、無表情に言葉を繋いだ。
「昔のように、いつまでもヘラヘラとしていられません」
「その大人ぶってるあたりが、まだまだガキなんだよネェ」
「何ですって?」
「アレ? 口から出てた?」
「おや」「草薙特佐」「仮面を」「着けて」「らっしゃいますね」
一方の双子は、成長しても相変わらずの口調だ。
「先程、響子に貰ったんですよ」
「これはこれで」「格好良い」
「止めて下さいよ、照れます」
そのまま御所に向かう。
「この二人より、妾を連れて行け」
「へ、陛下……」
顔を見合わせる白夜と明星を無視し、陛下が身を乗り出した。
「危険ですよ。せめて二人も一緒の方が良いかと」
「何を言うか。状況が悪化したのは、妾にも非があろう。妾はな、小夜子に恩を報いたいのじゃ。なに、安心せい。一ひねりにしてくれる」
「しかし」
「もう言うな」
「ですが……」
「言うな、と言うておるぞ」
残念ながら、神皇陛下の我侭には逆らえない。
「――して、場所は何処じゃ?」
「資料整理で検出しましたよ。彼は、草薙邸に居ます」
「零ン家か?」
「屋敷の証言で目撃が多いのは、年を取らない女性二人に男性二人……女性は百合さんと了だろう。ならば異人は誰か」
「一人はオメーだな」
「斑を調べてみたが、彼が屋敷を訪れていた形跡は無い。何より、彼は年を取っていた。父さんは屋敷に来れない。他に年を取らないのは綴だけ、だ」
「じゃが、何故軍を動かさん? 総力戦となれば好機も見えよう」
「ばれて書き替えられたら終わりですからね。少数精鋭で、暗殺を仕掛けます」
「ふむ……ならば、軍には街の警戒を強化させておこう」
「ありがとうございます」
「では、行くか」
久しぶりに訪れる屋敷の周りには、様々な生物が溢れていた。
これは投影か?
しかし、源典は彼の手元に無い筈だ。
「嫌な予感がする」
人、動物、虫、植物――そのどれもがどこか歪――巨大か小さく、或いは在る筈も無い場所に器官が移動し、在る筈も無い器官が表れている。
「こりゃ、スゲー数の贋作だな」
横で響子が言った。さらに了が言葉を続ける。
「散って殲滅すべきです。これほどの贋作が街に至っては、取り返しが付かなくなります」
「あとは」「源典回帰の」「探索を」
「ふむ……ここは妾に任せよ」
「しかし、陛下」
「なに、妾が死んでも国は廻る。傀儡の王なぞ、三下の相手が相応じゃ」
全員に小型の無線機を渡す。
「神皇陛下さま、ヨロシク頼むゼ」
皆で頷き、周りに目配せした。
「走れ!」
隙間を駆け抜ける背後から、陛下の呟く声がする。
「……大丈夫……大丈夫……」
振り向くと、その周りに贋作が詰め寄っていた。
「さあ来い!」




