神崩 司
発足から一年で、このような事態になるとは。
奴が異常な日記を付けているなんて、夢にも思わなかった。
日記が現実のものならば問題は無い。だが現実でないものを日記に書き残していた。
気付くのが完全に遅れた。
書き記したモノの性質から、徐々に侵食していたのだ。
彼は能力を自覚している。自覚した上で、わざと書き記した。
これは、私への復讐だ。
世界は変わってしまうだろう。いや、既に変わり始めている。
助手が所員を殺していた。これこそが奴の能力だ。
妻は解っていたのか。解っていて、私にあんなことをさせたのか。
過ぎた夢を見たものだ。
人生は、何かが、一瞬で、絶望に変わる。
数日後、親友の草薙が訪れたので、全てを話した。
「それは本当か?」
「本当だ」
「その話が真実で有れば、今の状況は奴が創り出した事になる」
「解っている。私は、妻の御蔭で認識出来ているんだ。逆を言えば、こんな存在になっていなければ、事態を把握出来なかった」
「俄かには信じられない」
「信じてくれ。お前だけなんだ、こんな事を信じてくれるのは」
草薙は静かに頷き、真っ直ぐ私を見た。
「それで、日記は止めさせたのか?」
「ああ、鍵も付けて封印した」
「後で確証を得よう。今は、世界を何とかしなければ」
二人で奴の部屋に向かうと、友人と一緒に居た彼は、ゆっくりとこちらを振り返った。
「遅かったね」
草薙は直ぐ刀を抜いた。
「そんな物で、僕を殺せるのかな」
構わず刀を構える。
「周りを見てごらんよ」
今、入って来たドアが消えている。
家具が消えている。
部屋に天井は無く、暗い曇天が広がっている。
「さっき、日記を開いて読み返したんだ」
「馬鹿な! 確かに鍵を掛けた!」
「あれ? 鍵なんて掛かってたかな?」
言いながら日記帳を掲げる。
しまった。
奴の前では、鍵など無いのと同じなのだ。
「草薙、すまん。しくじった」
「何?」
「大規模な投影が始まっている」
徐々に進行していた現象が、読んだ、つまり書き込みを確認した事によって加速した。このままでは、今まで無いくらい『贋作』が発生してしまう。
「案ずるな、神崩」
草薙は、次第に変わっていく室内を走り出した。
「元凶を殺せば良い」
奴の胸に、光る刃が吸い込まれる。手からは日記帳が落ちた。
「草薙!」
「あ……あ、あ……」
余りの出来事に、傍らの友人は動けない。一方の奴は、突き立つ刀を見て、不思議そうに首を傾げた。
「く、草薙。血が、血が出てないぞ」
胸から血が出ていない。
「さあ、どうしてでしょう」
「ならば、せめて投影を留める」
刀を引き抜き、部屋の壁に突き刺した。ぼやけていた風景は明瞭になり、そのまま朽ちていく。
「神崩、施設の中も時間を早めた。日記帳を取れ! 逃げるぞ!」
私は床に落ちた日記帳を拾い、草薙に渡した。
「あーあ、今の状態でそれを取ったら危険だよ」
「な、に?」
「これから……」
「あ……?」
「これから、世界が死んでいくよ」
私の研究所は、発足から一年で消滅してしまった。
施設も、その中で働いていた所員達も、文字通り掻き消えた。
施設の在った場所からは、数人の男女と一冊の日記帳が発見された。
勿論、その中に私と草薙は居ない。




