無名:弐
百鬼夜行――初めて発動した『それ』は凄まじかった。
触れた神崩と俺を、オリジナルで有るにも関わらず、一年間も贋作の世界に監禁した。
戻ると、既に草薙 総一郎の戸籍は行方不明で固定されており、配属される隊まで決まっていた。黒嵐の隊長は、余程の事が発生しない限り外出を許されない。本部の部屋に閉じ篭って、神皇からの命を待つ。響子のスカウトは、かなりの賭けだったのだ。
混乱しながら、神皇と謁見した。
「無名と、お呼び下さい」
「名無しか」
一年間、休み無く戦い過ぎた後遺症だった。贋作なのか草薙 総一郎なのか、名乗る事も出来ない。自分が何者なのか、完全に判断が付かなくなっていた。こんな者は、名無しで十分だと思った。
「何ゆえ面を着けておる」
「顔を見ても、自身の区別が付かないので意味が無いかと」
「面白い。貴様の隊は、仮面を被らせる事にしよう」
最近になって、草薙だった自分と神崩で白刃を交わした人物が、自らの未来だと知った。
贋作の発端を知る為に、過去の神崩へ何度か飛んだ。そして、仮面を付ける前の自分と出くわした。俺はやがて自覚する自身への目印として、わざと刀を抜き、刃を向けた。
俺は更なる過去へ飛び、確証を得た。
過去を変えていようが、書き込む姿を目の当たりにすれば、自ずと真実は見つかる。
神崩の息子――綴。
が、過去を変える事は叶わなかった。運命は変えられなかった。
自分の居る場所に飛ぶと、その時間軸に干渉出来ない。
当然だ。
飛んだ自分は過去を元に成り立っているのだから、その自分は過去を変えれ無い。
世界は残酷で、斯くも厳しい。
運命を変える可能性が有るとすれば一つだけ――自身の存在を、別の者に変えれば良い。
成功例は在る、世輪傍だ。
あの女は、俺が百鬼夜行に囚われている間、逸早く源典を二つ名の試験に使うべきだと、神皇に進言していた。源典回帰の手から離し、二度目の投影を防いだ。更に、神皇を通じ源典回帰を軍の学長に収め、奴に余計なモノを書く時間を封じた。結果的に二つ名を得ようとする者の犠牲は増えたが、世界は護られた。
だからこそ、彼女を参謀に選んだ。
そう、彼女を参謀に選んだのは俺だ。
それだけが、黒嵐と言う檻に閉じ込められた、唯一の抵抗だった。
「今こうして制御している俺の贋作を、君に託す。時間を操るのが能力だが、副作用として身体の時間も止められる」
軍服を開き、抉れた脇腹を見せながら、小夜子に言った。
「そんなことすれば、傷を負った隊長さんは死んでしまいますよ」
「気にするな。元より死んでいたようなモノだ。それに、こんな事は君にしか出来ない。思考を読む贋作は、オリジナルのような思考に混濁している贋作へと共感し、有耶無耶にして取り込める筈だ。弱っている今なら尚のこと――何より、俺は、自分の生きた証が欲しい。頼む。誰かを救い、死にたいのだ」
彼女は渋々ながらも、俺の要望を受け入れてくれた。父に会って用事を済ませると言ったので、その後、神皇に保護を頼めと言った。
「良いか……事を済ませたら、病を患う前まで若返るんだ。しかしいずれは何らかが起き、病となるだろう」
「運命ですか」
「先延ばしにはなる、負けるなよ」
「負けん気なら、誰にも譲らないところですよ」
「頼もしい限りだ」
小夜子がリミッターを外した。
思考から、『何か』がズルズルと引き出されていく。
「ぐ……」
失っていくのと平行して、傷口からは血が溢れた。
「隊長さん!」
「構うな、集中しろ」
やがて、俺の中から殆どが失われた。
「俺は此処に居る。他の者を呼んできてくれ」
僅かな余力で、彼女を見送った。
響子を送り、どれ程時間が経ったのか――世輪傍と零が現れた。
「悪かったな、零……『滅却』などは存在しない。あれは、お前を巻き込まない為の嘘だ」
「こちらこそ、一人で戦っていたとは思いませんでした。何だか、申し訳ありません」
彼は笑顔だ。
その笑顔を見る度、俺は自分の無力さを痛感させられた。
初めに出会った時、死人のような目をしていた。治ったかと思えば、今度は常に笑顔になった。研究所で誰が死のうと、地獄の戦場から帰ろうと、彼はずっと笑顔を貼り付かせていた。
もう、治らないだろう。
「血は繋がっていなくとも、お前は俺の息子だからな」
「それはありがたい」
俺には救えなかった。
「先程、自分でも理解しましたよ。年を取らず、攻撃を受け付けない理由を」
「神速と同じ事だ。様々な視点……つまり観測点の集まり。攻撃を受けても、死角に居る他者の視点から、攻撃を受けない可能性を抽出し投影している。年齢は更に単純。視点は正に夢の塊なのだから、年を取らないだけだ」
「人外ですか」
彼は、ハハハと寂しそうに笑った。
「……兎も角、答えは出たようだな」
「しかし分は悪い。向こうは、好きに世界を変えれますから、ね」
「もう時間の進行は変わってる。ナンとかなるかもしンねえが」
「変わっているか……貴様の口調も、随分と変わったな」
「ほっとけ」
「だが、また後手だ。先程軍を通じて居場所を確認したが、源典回帰は行方を眩ませた」
「マジか!」
「斑は友人が逃げる陽動と、我々を潰す双方を担ったのだ」
「クソッたれ」
「しかし余裕は出ただろう。源典は我々の手元だ。奴も直ぐには動けまい。今の内に、手間取ってでも良いから戦力を育てるべきだ」
「大佐は?」
「俺は駄目だ、他を当たれ」
「ナンだ? 弱気だな」
「下を見ろ」
「下?」
俺の足元には、血溜まりが広がっていた。
「オイ!」
「……酷い出血だ」
「済まんな」
「そんな……謝らないで下さい」
声は悲愴ながらも、その笑顔は変わらない。
「悪いな。少し一人にしてくれ」
二人の背を見ながら、その場に膝を折った。
危なかった。
もう少しで崩れ落ちる処だった。
ふふ。
腐っても親か。
息子の前では、矢張り弱さを見せられん。
「疲れた」
俺は、誰かを救えただろうか。
昔から皆を救おうと刀を振り続け、誰も救えず、それでも歩いてきた。
振り下ろす腕は、ずっと空を切ったままだった。
それでも、誰かを救えただろうか。
「はぁ……」
ゆっくりと、吐く息が細くなっていく。
零、源典回帰を倒せるとすれば、その分身たるお前だけだ。
「あとは、頼んだ、ぞ」




