草薙 零:捌
白く塗られた廊下、その設置椅子に響子が座っている。
神狩博士が救急対応に運ばれ、連絡が入った。
治療を待つ状況だが、互いに今までの情報交換と整理をしなければならない。小夜子先生も居たが、養父と席を外した。
しかし、兄さんが父だったとは。
「……ちょっと待て、迷路みたいだと言ったな」
「ああ」
「お前達は誰と戦って、何を殺したんだ?」
「あン?」
「それは源典回帰じゃない」
「は?」
「響子、勘違いしてるぞ」
「ナニ?」
「そもそも斑なんて、神崩の家族には居ない。竜胆 斑と言うのは、綴の友人の名前……異形の迷路を創る者だ」
「ナンだって?」
「しかし、あと生き残っている贋作同化者と言えば、神速陣に無名、深淵の王……綴だけ」
「そういや、タガエちゃんはオリジナルか?」
タガエ?
互絵だって?
「神崩 了が生きているのか!」
「了?」
「綴の妹だ。消滅で死んだと思っていたけど、生きていたのか」
「生きてるもナニも、オメーの屋敷に居るよ」
「百合さんが匿っていた、か」
補佐候補が見つかれば、百鬼夜行に狩り出される。百合さんの事だ、まだ幼い了を護っているのだろう。
「そうなれば、綴しか居ないな」
「ヤツか……って、会ったコトはネェけど」
「思うに、彼は死んでいる」
「死んでる?」
「会った時、彼は年を取っていなかった。男であるにも関わらず、だ。これは何を意味するのか。彼は死んでいるんだ。源典によって生かされている」
「ヤローは、もう自分の死に様を書いてるってコトか」
「そうだ。書いてない死だから、死んでない。それ以外の方法では死なない。正確には、養父によって殺された筈だが、源典によって生かされている。だから年も取らない」
しかし、設立は相手の仕業だったかもしれないが、黒嵐の人間は味方のようだ。参謀の言っていた任務――学長の命を狙うとは、これを暗に示していたのか。
待てよ、ならば双子はどう言う意図だ?
……そうか、双子は彼の死に様に関係しているんだな。
「そうそう、オメーの手帳……さっき読んだゼ」
「参謀から渡ったか」
「オメー、自分が異世界の人間だって言ったコト有ったよな?」
「ああ、酒の肴にな」
「異世界……夢で言うなら、ソレを書き留めるヤツは、まさに異世界の人間だ。そんなモンが憑依するのに、オメーは打って付け」
「どういう意味だ?」
「オメーに憑依してンのはな、視点だ」
「視点?」
「源典回帰の書いた悪夢日記。贋作が現実に現れたンなら、書き手である『視点』っつー登場人物も、現実化すンのがフツーだろ。」
観測対象と、それを見ていた者――全てが書き込まれていれば、みな具現化するのは当たり前だ。
「でも、何で判った?」
「オレの行動、感情に至るまで、この手記には細かく書いてあった。他人の意識に入り込んでるとしか思えネェ」
「意識か」
「オメー気付いてたか?」
「何を?」
「テメーが一人称を話してネェっつーコトに、気付いてたか?」
「何だって?」
「他人の意識に出入りしてるせいで、自分を認識してネェ。オメーのオヤジさんも、同列の……自己同一性障害、だったかな? らしいが、オメーの方が症状は重いみてえだ」
しかし出入りとは、騎士では無く出歯亀だな。
「夢ってのは視点がコロコロ変わるだろ? ソレだと思う」
「書き留めているのは何故だ?」
「元は源典回帰が視点だろ。ヤツ同様、オメーも見たモンを書き留めちまってンだよ」
我ながら、よく気付かなかったものだ。
単に受け売りを実行しているコピーでしかなく、そこに信念など存在しない。無意識下とは言え努力もせず、現実化する訳もない粗悪な俗物を作り上げていたとは。
これでは人形だな。
「なら、攻撃で対象が消滅していたのは?」
「視点のオメーは、別の登場人物を『削除』出来るンだろ」
「神速は?」
「心の視点を具現化してンだ。オメーの姿が視界に入ってないヤツは、ココに居るんじゃないかって思う。ソレを、テメーの位置に投影する。ざっくり言や、周りの思考を使った瞬間移動だな」
言いながら、響子は手帳を差し出した。
「どうせ無意識に書いちまうんだ、持っとけよ」
「ああ」
二人で話していると、小夜子先生が戻って来た。
「アレ、隊長は?」
「なんだか、お独りで考えたいそうです。後でロビーに来て下さいって、言ってましたよ」
贋作が同化しているとは言え、養父も人だ。
恐らく、彼は全てを知っている。
その上で、一人になりたいと言っているのだろう。
「あの、草薙特佐」
「何ですか?」
「髪を……」
「えっ?」
「髪の毛を、一本頂けませんか?」
髪の毛を引き抜いて、彼女に渡した。
「お礼に、これをあげます!」
彼女は、一枚の写真を取り出した。
「これは?」
「こないだ撮った写真ですよ」
ああ、あれか。
「ところで、髪の毛を何に使うんです?」
「えへへ、秘密です」
言いながら、彼女は響子を見詰めた。
「……ナニ?」
「今度は負けないぞ、このツンデレくずれめ!」
「あンだと!」
響子の雄叫びを無視し、小夜子先生が背中を向けた。
「用事がありますから、申し訳ないですけど先に失礼しますね」
「オイ!」
そのまま、彼女は走り去った。
「ナンだアイツ? オヤジが大変だってのに」
「ロビーって、入り口の所だっけ?」
「……悪いな、零。オレちょっと用事」
「おい」
「すぐ戻るわ」
響子が消えた後、廊下の折り返しから参謀が現れた。
「参謀、どうしました?」
「貴方に、わたしの正体を告げに参りました」
「正体ですか」
「ええ。わたしは、梔子 世輪傍と言います」
「梔子とは奇遇ですね、好きな感傷だ」
黒嵐は二つ名で呼び合う。だから名前も気にしてなかった。
陛下に与えられた名を、直属部隊が使わないなど有り得ない。
正直、同じ神崩出身でも無い彼女の名を初めて知った。
「だからこそです」
一体、何を言いたいんだ?
「そう言えば――貴女は、神狩で最初の成功例だと言っていましたね」
「そうです」
「記憶では、響子だったと思いますが」
「そうです」
「ええと」
「そうなのです」
成る程……響子の奴め、別れぐらい言って行けば良いのに。
いや、もう戻って来ている、か。




