桔梗 小夜子:漆
合流した神狩博士は、ぜえぜえと肩で息をしていた。
「どうしたんです?」
「彼も本物だ、気配が有る」
「オヤジ、まさか誰かに会ったのか?」
「あ、会った」
「ソレで、誰だった?」
「知らん」
「は?」
「人影を見る度に、怖いから走って逃げた」
「えぇ……」
『オヤジ弱えー』
そこはそれ、正しいご判断だと思いますよ?
「ナンで、こんなトコに居ンだ?」
「世輪傍から任務を聞いて、噂の源典回帰が居るのではとな」
「スーパー野次馬根性ですね」
「わ、私は研究者だぞ。贋作の元凶と聞いて、見逃す訳にはいかん」
「ホント、ナニしてンの」
『帰れや』
いきなり、響子と向き合っていた神狩博士の身体が止まった。
「小夜子と言ったな。それに神狩、後退しろ」
仮面を付けた隊長さんが、話しながら刀を抜く。
振り向くと、一人の男性が立っていた。三十代で、赤と黒の縞模様が入ったスーツを着ている。例えて言うなら、スーツを着たピエロ。
「斑か」
「いやあ、収穫、収穫。神崩に総一郎までやって来るとは――まんまと罠に嵌まってくれました」
『コイツが源典回帰か』
「この地で、業と事件を起こしたな」
「隊長として幽閉されている貴方でも、此処で事件が起これば来ざるを得ないでしょう?」
「黒嵐を設立したのは、貴様らか?」
黒嵐を、設立?
「我々――おっと、貴方を前に『我々』なんて失礼ですね。ともかく、潰せない障害は、時が来るまで蓋をしておく必要があったので」
「……あの、さっきから話が見えないんですけど」
「結果を話せば、神崩が消滅したのは源典回帰の所為だ」
「ナニ?」
「良く言いますよ、自分でやったくせに」
「研究所全体に、投影が起こったからだ」
「投影?」
「具現化したのだ」
「えーと、何がです?」
「あの日、我々は暴走を止めようとして、元凶を殺そうとした」
「元凶?」
「源典回帰だけは本物の能力者だった」
「本物っつーのは、どう言うコトだ」
「源典回帰とは、書いた事が現実になる能力者――彼が書いて、贋作は現れた。発生原因なのだ」
「では、彼は天然の能力者だったんですね?」
「そうだ。そしてその名を冠する源典こそ、まさに彼の書き連ねた贋作の記録」
「神崩はガキの尻拭いするタメに、研究所立ち上げたのかよ」
「そもそもが違う」
「え?」
「神崩研究所は、贋作の研究を行う機関では無かった」
「な、何ですか?」
「神崩が自身の息子……たった一人の能力者、源典回帰を研究する機関だったのだ」
「ンなバカな!」
「文字通り、現実が書き換えられたのだ。源典回帰によって」
事実を書き換えるなんて、凄い能力だ。欲しいっす。
「研究所が在って、贋作が出現した。贋作が現れたから、研究所を発足した。原因と結果を逆転させたのだ。源典回帰も人間、世界を書き換える重さに、精神が耐えられなかった。これは自分がやった事ではない。こんな現実は自分の所為ではない。初めから贋作は居たのだ、と」
「けどよ」
「神崩の研究に、違和感を覚えなかったか?」
「どう言うコトだ?」
「能力が発現している助手を、何故研究しようとしない?」
「おお!」
「研究すべき対象が違ったから、書き換わった後で齟齬が生じた」
「源典には、具体的に何が書かれているんですか?」
「源典は日記だ」
「日記?」
「度重なる実験と、助手の性的虐待……悪夢ばかり見るようになった源典回帰は、それを日記に書き留めた」
「悪夢の日記ですか!」
「日記帳に、日記以外の何を書くと言うのだ? 神崩が気付いたが、既に一年分もの悪夢が書き留められていた。完全に気付くのが遅れた。夢を書き留めていた所為か、源典回帰が眠る毎に、少しずつ現実化していたのだ」
「一年って……」
「百鬼夜行の効力期間と重なる」
「ンじゃ、百鬼夜行って……」
「現実と非現実の狭間に、精神と肉体を引き込まれる現象。全ての原因に触れるのだ、何も起きない訳が無い」
「時間はどうなってる」
「引き込まれるのは三十分、間隔は二時間。人が夢を見る周期だ」
「……そうか、解ったぞ。オリジナルの意味が」
黙り込んでいた神狩博士が、静かに口を開いた。
「神崩出身者だからこそ、オリジナルなのだな……言うなれば、途中から贋作に成った」
「そうだ」
「神崩に居たのは、源典回帰の生活に居る人間。それはつまり、彼の悪夢に登場する事を意味する。彼らは夢の中で役割を当てがわれ、源典回帰は当然ながらそれを書き留めた。書いた事が現実になる彼が書いたのだから、神崩の人々は人格を呑み込まれ、特異な能力を得てしまった。移植を受けずに能力を行使する。だから未改造と呼ばれているのだな」
「元々の登場人物だから、百鬼夜行にも囚われない」
「じゃあ、神託って……」
「移植された贋作の、夢での役割を騙っているに過ぎない」
「……さて、話は終わりましたかね? そろそろ、ゲストに登場して貰いましょう」
スーツの道化師さんが片手を上げると、瓦礫の陰から時計屋さんが出て来た。
「時計屋さん!」
「時計屋! オメー無事か!」
土に塗れた黒服を着て、いくつか時計も割れている。
走り出そうとした響子を、隊長さんが止めた。
「別のものが見えているようだ。」
「戦力外を見て、これで2対2かな?」
「小夜子、神狩、下がれ――火炎砲、お前はパートナーを何とかしろ。因縁により、我々は斑を仕留める」
「分かったよ」
「始めるぞ」
隊長さんが刀を構えた。
響子は、向き合う時計屋に言う。
「オメー、もしかして神崩か?」
『時計屋を止めるにゃ、殺すしかネェ。実力不足だ、クソッたれ』
彼女の苦痛に満ちたが、痛いほど響いてきた。
「……チッ……」
時計屋さんは、まともに言葉を返してくれない。
「しかもダンナだろ? 贋作ごと、カミさんを移植したのか?」
彼女は、何を言っているんだろう。
「女じゃネェから、ギリギリまでリミッターを外せない。制御出来ないからな、違うか?」
時計屋さんは構わず走り出す。
『クソッ!』
「響子!」
彼女の父が、その前に立った。




