草薙 零:漆
果てが見えない程広く、隅々まで手入れの行き届いた御所の庭で、双子と礼を交わした。
「では」「いきます」
「はい、どうぞ」
足を狙った一葉の蹴りを左足で払い、そのまま弧を描く。二葉の胸を狙った攻撃を払いながら引っ掛け、終着した円で地に落とした。同時に繰り出された攻撃を膝と足先で受け止め、足を伸ばし顎を、そのまま踵を落とし腹を攻撃。上半身への拳、下半身への蹴り――二方向から来る攻撃を、左足だけで逸らし、受けて、間隙に攻撃を差し込む。
片足だけ、というのは手加減だ。神速による機動力を抑え、二人への攻撃回数を減らしている。
「……はい、そこまで」
「どうも」「ありがとう」「ございました」
「強くなりましたね。此処まで成れば、自衛は問題無いでしょう」
再び一礼。
「ゼロ」
「陛下」
縁側から声を掛けられ、その場に膝を付いた。
黒嵐に入れる交換条件として、双子の保護を頼んだが、その訓練に赴いて神皇陛下に会えるのは願っても無い。
「片足だけで二人の連携をさばくとは、さすがじゃ」
「ありがとうございます」
促されて顔を上げると、横の白夜と明星が頬を膨らませている。
「……視線が痛いのですが……オカメ二人は、どうしてそんな顔しているんです?」
「なに、小夜子と名乗る女に叩きのめされてな……妾の護衛に気を引き締めているのじゃ。主の動きに頭の中で合わせていたが、勝てなかったんじゃろう」
「ああ……あの時に、ねえ」
「あの時は、貴女が不甲斐無かったからですよ」
「俺……いや、私の所為だ……いや、所為じゃない。余り近付くな、言葉がおかしくなる。大体、私はお前の所為でいつも良く眠れないんだよ」
「またそうやって、人の所為にして」
「お前の所為だろうが」
言い争う白夜と明星を放置し、陛下は言葉を紡いだ。
「話を知っているとは……埣、知り合いか?」
「同僚です。それより陛下、御身体は大丈夫ですか?」
「良い良い、あの娘には心の目も覚まされた。良い女子じゃ」
「時に、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「一体、いつ強化を受けたのです?」
「……初めは、埣かと思うて居った」
「何が、ですか?」
「妾の寝所に、独りの人物が訪れたのじゃ」
寝所は国で警備が最も厳しい。その中に入り込める人物とは、相当な手錬だ。
「誰かは判らぬ、顔が見えなかったものでな」
「して、その人物が?」
「妾の願いを叶えるから、頼みを聞いてくれと言うのだ」
悪魔め。
神皇陛下に頼み事とは、自分を何様だと思っているのだ。
こうして双子を預かって頂いている身で、言えた事では無いが。
「先日会うた時、強化されている事を知らなんだ。だから埣ではないと思うたのじゃ」
「そうですか」
「神崩が消滅した日、強化してやると寝所に現れたのだ。若さを保つことができ、強くもなれるなら良いと思った。だから呑んだ。その代わり、黒嵐を設立した」
「黒嵐を?」
「好きに動ける部隊、隊長は無名を。それが条件じゃった」
「兄さんを指定したのですか?」
「そうじゃ、思惑は解らぬがな」
ますます何者だ?
これは……響子とも、情報を交換しておく必要が有るな。
「失礼」
陛下と向き合っていると、参謀がやって来た。
御前にろくな挨拶もせず近寄って来るとは、本当に失礼な奴だ。
「面無し、ナニをしているのです」
「何?」
自然と怒気が膨らむ。
それより面を下げろ、死にたいのか?
「任務は済んだのですか?」
学長の命を狙っていると言うものか。
だからこうして、双子との面会を重ねているのに。
「急ぎなさい。響子に続いて、隊長まで神崩に向かいました。事態はアナタが思っているより、急を要しています」
「神崩って……貴女は、何が言いたいんです?」
拳を震わせている。
「このままでは、前と同じ事態になる!」
彼女は、いきなり声を張り上げた。
「落ち着きなさい。神崩で、何が起きているんですか」
「もういい!」
しかし、贋作の贋作の命を狙う人間なんて、本当に居るのか?
いずれにせよ。
「参謀……折角ですから、頼みが有ります」
「何ですか?」
懐から手帳を取り出した。
「この手記を、響子に渡して下さい。読んで感想を聞かせてくれ、と伝えながら」
「……それは……」
「以前より書き留めていたものです。もう一冊の大半が使用されています。ですが、これほどまで書いた覚えは無い。つまり書き留めていた物より、明らかに手記が厚い。補足外情報まで書き込まれているとしか思えない。そしてその内容を、何故か読む事が出来ない。これはきっと、第三者が読む事で何かが解る」
「フフ……」
彼女は、口元に手を当てた。
「何か可笑しいですか?」
「いえ……助かりました。書き換わっているのですね。前より早いので、まずは一安心」
「早い?」
「いえ、確かに預かりました」
「必ず渡して下さい。今の任務が命に関わるなら、尚の事です」
「分かりました。ただ、一つ言っておきます」
「何です?」
「彼女の命については、問題がないと言うコトです。死にません」
「何ですって?」
「わたしが居る限り、彼女は死なない」
「隊長だけでなく、響子も護ってくれると?」
「そうは言ってません」
「……とにかく、頼みましたよ?」
「ええ」




