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これから世界が死んでいきます  作者: 狐面
生きる人々
32/59

神狩 秀遥:伍

 やれやれ、緊張する。どうして私は心が弱いのに、貧乏籤(びんぼうくじ)ばかり回ってくるんだ。


 御所(ごしょ)の座敷に一人――小夜子(さよこ)君も合流する事になっているが、それまで独り乗り切らなくてはならない。

 (ふすま)が開き、黒嵐(こくらん)が入って来た。

 話には聞いていたが、被っている半面は異様な雰囲気を漂わせ、私をより緊張させる。

 続いて、扇で顔を隠した神皇。

 また黒嵐。短いスカートから見える足が、(さら)なる異空間を演出した。


「あの人」「誰かな」


 頭を下げていると、隣の座敷から声が聞こえた。確かに二人の声だが、一文を代わって話している。


(おもて)を上げよ」


 以前に会った時と、変わらない姿の神皇が座っていた。外見が変わっていない。


 真逆(まさか)、強化を受けているのでは無いだろうな。


「ん……待て」


 扇の(かげ)で、口元から何かを引き出した。一瞬、扇から見えた指先には、黒い糸のような物が(から)まっている。


「やはり剃髪(ていはつ)させておけばよかった。食感は悪うないが、歯に絡むのが憎きところよ」


 剃髪?

 あれは髪の毛か?


 ――何だと?!

 ()()()()()()()()()()()()()()()?!


「爪も面倒じゃのう、(うろこ)(ごと)(のど)に貼り付きよる」


 全身から汗が()き出し、背筋を悪寒が走った。


 間違い無い。


 神皇は()()()()()矢張(やは)り強化を受けているようだ。


「我慢せねばならぬのが、辛きところよな」

「我慢、とは?」

(わらわ)はな……生きておるか死んでおるかも(わか)らぬ、美しい者を見てから、死体こそ美しいと感じるようになってしもうた。死体の姿を心に刻み込むため、(おの)が血肉とするのよ」

「死体をですか?」

「そうすれば、妾の心にずっと()ってくれる」


 狂っている。

 我が国の主は、(すで)に狂っている。


「愚かしいと思うか?」

「い、いえ」

「自分でも、愚かしいと思うておる。じゃが、どうにも止められぬ」


 自覚は有るのか。

 だが、止められぬのでは意味が無い。害は同じだ。


「やっぱり」「怖いね」

「……あの、先程から声が聞こえるのですが」

「おお、入って参れ」


 神皇が手招きすると襖が開き、二人の少女が入って来た。

 二人は同じ着物に同じ顔、どうやら双子のようだ。


山葵(やまえ)という姉妹らしい。借りを作ってな、ゼロから預かっておる」


 山葵は知らないが、双子?

 『二枚舌』を移植した双子か?

 どういった経緯で預かっているんだ。


一葉(かずは)と」「二葉(ふたば)と申します」


 そっくりな双子が目の前に、鏡写しのような黒嵐は部屋の(すみ)に。座っている華美な着物しかり、自分が異世界に迷い込んでしまった錯覚を感じる。


 嫌だ。

 贋作(がんさく)なら見慣れているからまだしも、この奇妙な空間は、思わず逃げ出したくなる。


「しかし、双子とは美しいな」


 扇の奥から見える神皇の眼が、妖しく光っている。


「美しい……くふ」


 くふ?

 何だ、そのおかしな笑い方は。

 

「止めなさい!」


 襖が突然開き、小夜子君が叫んだ。


「何をしようとしているのですか!」


 何をしようとしている? 

 神皇は美しいと言った。

 先程(さきほど)、美しいものを心に刻む為、何をすると言った?


 くふ――喰う(くふ)のか!


貴女(あなた)達! 下がりなさい!」


 入りながら、小夜子君は更に叫ぶ。双子は迫力に押され、隣へと戻った。


「貴女は何者ですか?」

「殺すぞ」


 双子が退()くのに代わり、黒嵐の二人が神皇の前に立った。

 私の身体が強張(こわば)り、全く動けなくなる。金縛(かなしば)りに()ったようだ。


 何だ、この二人の能力は。


神狩(かがり)博士、下がりなさい」


 身動きがとれない私の首元を(にぎ)り、小夜子君が後ろに引っ張る。二人から離れると、途端(とたん)に身体の硬直は無くなった。ただの人間の私と違い、彼女は強化を受けている。だから、まだ動けているのだろう。


「ここは、わたしが」


 両耳のピアスを(つか)み、ぶちりと引き千切(ちぎ)った。


「おい、小夜子君」

「四の五の言ってはいられません。生死が掛かっています」


 彼女は震えている。


「はぁ……はぁ……」


 呼吸も荒い。


「もう神皇になんか会えない。今日しかない。()()()を止めなければ……救わなければ」


 極度の緊張と、葛藤(かっとう)と戦っている。

 血に染まったピアスを握り締め、(りょう)の拳にフッ、フッ、と息を吹き込んだ。


「大丈夫、できる」


 私と黒嵐の間に立った。


「貴女達は……領域に入らなければいいんですね」


 小夜子君の言葉に、黒嵐二人が息を()む。

 思い出した。

 一定区域に効果を発揮する、精神への寄生型を移植した覚えが有る。黒嵐は仮面で顔がよく見えないから、区別がつかん。


「来なさい!」


 彼女の言葉に、長いスカートが私の前に、つまり小夜子君の背後に回る。


「大丈夫だ!」


 私は「危ないぞ!」と言おうとしたのに、逆の言葉を発した。


「小夜子君、安心しろ!」


 まただ。

 今度は「気を付けろ!」と言うつもりだったのに。


 思考と行動の反転――これが目の前に立つ黒嵐の能力か。

 服装から(さっ)するに、神皇の前に立つ黒嵐は逆の能力を移植した者だな。

 二人の領域へ一度に入ると、反転と正転が伝達系で衝突し、対象は全く動けなくなる。それが先程の硬直なのだ。


(そち)は何者じゃ?」


 黒嵐の陰から、神皇が声を出した。


「お稲荷(いなり)さま、先日お会いしましたよ?」

「そう言えば居ったかのう、忘れてしもうた」

「例えて言うなら、悪夢を食べに来たバクです」

「ほう」

「いきますよ」


 黒嵐の二人が、同時に踏み出した。

 挟まれた彼女は、垂直にジャンプして前後に開脚――硬直する(はず)だが、(あらかじ)め蹴り上げた足で、迫る二人の顔を蹂躙(じゅうりん)する。

 そのまま神皇の前に立つ、短いスカートの黒嵐へ突進した。


「思考そのまま、でしたね」


 握った拳を鳩尾(みぞおち)へと打ち込み、(あご)を下から打ち上げ、よろめく黒衣にワンツーを叩き込み、再び鳩尾を殴る。面白い(ほど)、その攻撃が当たっている。


「避けられませんよ? 貴女が避ける方向は分かりますからね」


 凄い。


「後ろから来てますね」


 背後から迫る黒嵐の片割れに、前方の女を飛び越える。頭を蹴って、近寄ってきた黒嵐へとぶつけた。

 その陰で(かが)み、走り出す。


「領域へ入る前に考えて、攻撃したまま近付けば問題ありません」


 加速した体勢からジャンプし、飛び蹴りを二人に叩き込んだ。


「ふう」


 沈んだ黒嵐を前に、息を吐く。

 強いな。


「さて、次こそキツネ狩りです」

「……くふ」 

「うるさい……『声』ですね!」


 言いながら、彼女は握っていた拳にスナップを()かせ、神皇へとピアスを投げつけた。強化された筋力で(はな)たれたピアスは、正確に、()つ素早いスピードで眼に突き刺さる。


「が!」

「美しいと執着するなら、そんな腐った(まなこ)は捨ててしまいなさい」

「貴様!」

「あまり動かすと、本当に失明しますよ。ね? 神狩博士?」


 いきなり私へ振られても、対応に困る。


「あ、ああ」

「神狩博士に取ってもらいましょう。だからお稲荷さま、聞き分けて下さい」

「ぐ……う」

「ごめんなさい、は?」

「うるさい!」


 神皇の手が伸びる。

 巨大な蛇と()り、小夜子君に大顎(おおあぎと)を広げた。


「貴女が黙れ!」


 握られた手を振るう。


「ぎゃ!」


 神皇が肩を押さえた。

 蛇の口から入ったピアスが、直線となった腕を貫き、肩に達したのだろう。


「ごめんなさい、は?」

「貴様……なんじゃ……?」

「貴女ですよ。今なら大丈夫です。今すぐ、その()()を直しなさい」

「駄目じゃ!」


 今度は着物の下で足が(うね)った。何かに変化したな。


「ミミズですか!」


 小夜子君が前方に跳んだ。

 刹那(せつな)、大きな蚯蚓(みみず)が、彼女の()た畳を()ね上げる。


「もう一人は嫌じゃ! 皆と、皆と一緒に居るのじゃ!」


 そうか、神皇は――この子は幼いのだ。

 幼いまま過ごしてきたのだ。

 焼き付いた憧憬(どうけい)に固執して死体愛好者(ネクロフィリア)となり、身に宿る異形に負けて――彼女は(もろ)い。痛みへの耐性も低い。戦闘経験が少ないからだ。対して小夜子君は強い。(おのれ)(ふる)い立たせている。きっと、自分の中の『何か』と戦っているのだろう。


「ごめんなさいと言いなさい! 今なら、まだ引き返せる!」


 飛び上がった小夜子君が、神皇の頭を叩いた。


「――ご」

「ご?」

「ごめん……なさい……」


 眼と腕からピアスを抜き取り、小夜子君と私のハンカチで包んだ。

 黒嵐の二人は、項垂(うなだ)れながらも部屋の隅に腰を下ろしている。


「幸い浅かった。応急処置だけで、()ぐ回復するだろう」

「お稲荷さま、もう喰べるのは止めて下さい」

「何故じゃ? 腹が減ったら喰う。死した者を(うやま)うために喰う。妾は、当然のことをしているまでじゃ」

 

 いきなり、小夜子君が神皇の(ほお)を叩いた。


「なにをする!」


 反論を聞かず、ばちん、ばちんと何度も叩く。


「止め……止めて、くれ」


 神皇の眼から、涙が(こぼ)れ落ちる。泣き顔まで、まだ子供のままだ。


「聞き分けのない子供を叱るのは、大人の役目です」


 小夜子君は優しく微笑(ほほえ)み、頬を(つた)う水を(ぬぐ)った。


「貴女は一国の主として、強くならねばなりません。国民の手本となり、揺るぎない道標(みちしるべ)となるのです」

「いやじゃ。喰わぬとは、また一人になることじゃ……妾は、もう一人になりとうない」


 両親が死に、精神が不安定となった状態で贋作を受け入れたのだろう。だから色々なものが混ざり、(ひず)んでしまった。


「不安ならば、もっと大人を頼りなさい。その(ため)()るのだから」


 そして、優しく頭を()でる。


「貴女は大丈夫。言ってごらんなさい? 自分は大丈夫だと」

「わ、妾は大丈夫だ」

「そう言えるなら、大丈夫なんですよ」

「わ、わかった」

「……は、はあああ」


 その途端(とたん)、小夜子君は力が抜けて座り込んでしまった。

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