桔梗 小夜子:伍
あれ?
お休みなのに、何でわたしは軍本部なんか歩いているんだっけ?
う、ん。
あー。
駄目だ。駄目、駄目、思い出せない。
しっかし、昨日は疲れたなぁ。
掃除を手伝わされるなんて、やっぱり行かなきゃよかった。
と言うか手伝ってないよ、あれ。
何をしているのか、どんどん物が散らかっていく。
掃除は苦手なのかな。
人嫌いで有名な響子だけど、わたしには好感が持てた。言葉遣いが荒いだけで、みんな勘違いしている。
リミッターを付けていても聞こえてしまう『声』で、特佐とは正反対。でも、心の中と話す言葉にズレがない。つまり嘘を吐かない。子供でも嘘を吐く世の中で、これはとっても珍しい。
「あ、そうそう」
独り言を呟きながら、ぽんと手を叩く。
参謀さんに会うんだった。
黒嵐は神皇直属の部隊だけあってか、父のコネは意味を成さなかった。代わりに響子が話を通して、梔子特尉への取り次ぎが叶った。
ちなみに、今日は髪を束ねていない。リミッターを外した耳元を、視線から隠す必要があったから。響子から情報を引き出せなかった分、今回は少しでも持ち帰らなきゃ。
廊下を歩いていると、背の高い女性が立っていた。
とても美しい顔立ちなのに、周りの風景から浮いている。例えて言うなら、放置された人形みたい。
「アナタが桔梗殿ですか?」
「は、はい」
短いものと長い袖が重なってはいるが、確かに黒い軍服。
「参謀の梔子と申します。時間が有りませんので、用件は手短に」
『小夜子、元気でナニよりだ』
『声』が大きい。
それに、まるでわたしを知っているような口ぶり。
「失礼ですが、以前お会いしたことありますか?」
『感知能力を持ってたハズだな』
「神狩で。アナタの施術を見ました」
「そうですか」
『注意しなくては』
心では警戒している。わたしの手術を見たなんて、きっと嘘だ。能力については、響子から話が出た時に聞いたんだろう。詳しくは解ってないみたいで助かる。
響子には源典……かいき?のことを聞けと言われたけど、まずは。
「ところで、隊長さんのことをお聞きしたいのですが」
『総一郎』
「隊長ですか?」
総一郎?
この人、確かに総一郎って言った!
隊長って、神崩消滅で行方不明になった草薙 総一郎大佐なの?!
「ええ」
身体の震えを感づかれちゃ駄目だ。思わず手を握り締める。
「そう言えば、副隊長から双子の話を聞かれませんでしたか?」
副隊長?
ああ、特佐のことか。
返事をはぐらかされたけれど、今の心情を変えるには十分だ。
「ええ。先日、聞かれたような気がしますけど」
『双子の生存は確認してる。どうやら、無事に近づけたみてえだな。上手くいった』
なんのことだろう?
この人、『素』の話し方が神狩 響子に似ている。
姉貴って呼んでたけど、本当に姉妹なのかな。
「失礼、隊長の話でしたね。彼がナニか?」
どうしよう。話を戻されてしまうと、さっきの言葉のせいで頭が真っ白になる。
「アナタ、ナニが知りたいのです?」
「あの、その……」
『大丈夫ですか?』
口を開いて、優しい言葉を掛けてくれた。
「大丈夫です」
「大丈夫ですかって、口を動かしただけで喋っていませんよ」
「しまっ……」
わたしの足を氷が包み込む。
「驚きましたね。感知どころか、心を読む能力者だったとは」
冷たい。
足が動かない。
話すふりをした言葉に、まんまと返事をしてしまった。
『その能力で二つ名を持っていないとは、上官に煙たがられたのか、何か事件を起こしてしまったのか』
止めて。言わないで。
「まあ、いい」
「えっ?」
「勘違いしないように。コレは忠告です」
「ち、忠告?」
「先程までの言葉を、誰にも話さないなら見逃してあげましょう」
言いながら、髪に隠された耳元に触れてくる。
「油断しました。軍規違反を犯す覚悟で来るとは思わなかった。中々の度胸……その度胸に免じて、今回は見逃してあげます」
『早く返事なさい、凍傷になる』
くそう。
「わ、かり、ました」
「宜しい」
すぐに氷が消えた。
「もう帰りなさい」
なんの、このまま終わってなるものか。
「最後に一つだけ、いいですか?」
「ナンです?」
「貴女は特佐の味方ですか?」
「ええ。例えアナタが先に逝っても、彼の味方で在り続けます」
『安心しろ、小夜子』
この人、何者だろう?




