多原 百合
草薙め、また来ているな。
所長の邪魔だと、彼の者は理解出来ていないのだろうか。
零は良いが、他人である貴様が、私達の家に汚い足で上がり込むな。
――殺すか?
いや、駄目だ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
何を考えているんだ、私は。
気が触れている。殺すなんて、今まで考えた事も無かったのに。
所長、助けて下さい。貴方をこれほど想っているのに、これほど苦しんでいるのに、どうして気付いてくれないのですか。
出会った時は既に遅く、貴方は婚姻して居りました。
ですから、こうして傍に居るしか無いのに。
貴方は、私が見えて居ますか?
常に前ばかり見て、傍らに佇んでいる私の事など見向きもしない。だから私は、独り手に持った人形を握り締め、千切り、貴方の前に抛るのです。
中々気付いてくれないから、既に幾つか弄び、壊して終ったではないですか。
両の手は、こびり付いた血が変色し、黒く染まって仕舞いました。手だけでは有りません。手から広がった血が、身体も、その中の心まで塗り潰して居ます。黒く。ただ、黒く。
それでも振り返らず、研究に没頭するのですね。
「草薙め……」
見て居ても反吐が出るので、私は場を離れた。息子さんの部屋に入ると、彼は嬉しそうに駆け寄って来る。
「さあ、今日は何をして戯ましょうか?」
所長。最早、貴方の家族にしか選択肢が無くなって仕舞いました。
貴方の所為なのです。
私の所為では無いのです。
――ああ、私はまた何と言う事を。
私は何をしているのだ。
私は。
所長、助けて下さい。
助けて。




