神狩 秀遥:肆
娘に会うのは、実に数年ぶりになる。今まで研究に感け放置していた代償だ。
「さて、留守で無ければ良いが……」
部屋のチャイムを鳴らすと、以前より少し大人びた娘が現れた。
「オヤジ、どうした?」
「少し話をしたくなってな」
放置し過ぎていた所為か、娘の部屋に入るのは初めてだった。
当然の事ながら、国から援助を受けている研究所より格段に狭い。玄関からリビングに続く廊下は人が一人通れる程度で、両側に風呂場とトイレのドアが在る。
「お客様ですか?」
脱衣所から、シャツの袖を捲った女性が声を掛けてきた。スーツを着た若い女性だ。
「お、お久しぶりです。神狩博士」
縮こまって頭を下げられる。
「君は……桔梗中将の娘さんだったかな」
確か父親の我侭に付き合わされ、心を読む贋作を移植した女性だ。かなり精神が衰弱していたが、意志の強い響子とは心が聞こえ易い分、馬が合うだろう。
「君が居るとは思わなかった」
「こちらこそ、覚えておいででしたか」
「なに、父君の圧力が強かったからな。印象に残っているだけだ」
「そ、それはすいません」
「いや、冗談が過ぎたな。申し訳ない」
父については真実持って冗談だ。強化とは人体実験。どんな理由があったにせよ、せめて被害者を忘れぬようにしておかねば、私は外道の法すら犯してしまう。だから覚えている。
言葉を返していると、娘が割って入った。
「オレのメイド」
「はあ? 違いますう! なに言ってるんですかあ!」
「ケッ、シッカリ掃除しとけ」
「むっきゃあー! だいたい、なんでお風呂まで掃除しなきゃいけな……」
「ウルセー、ウルセー」
「き、きいぃぃぃぃ!」
……君達、本当に仲は良いのか?
そのまま彼女を風呂場に残し、二人でリビングに座る。隣室にはベッドが置かれた寝室が在るが、リビングから寝室まで家具が取り囲んでいた。両方合わせても七畳がせいぜい。やはり実家に住まわせればと、改めて思う。
「世輪傍に聞いたぞ。黒嵐に入ったそうだな」
「ンで、今日はナンだよ。ワリイけど、千客万来で疲れてンだ」
「先程、無名に会ってな。気になる事を言っていたので、何かの時の為に、お前にも伝えておこうと思ったのだ」
「マジかよ……今日は脳ミソのキャパがイッパイイッパイだから、後にしてくンねえか?」
「まあ聞け」
無名が言う贋作について告げ、続いて本題に入る。
「どうやら、贋作を生み出した発端となる人物が居るらしい」
「……ナニ?」
「二つ名、『源典回帰』と呼ばれる能力者のようだ」
「でもよ。ヤツが言う情報なんざ、信用出来たモンじゃネェぞ」
「判っている。だが真偽を確かめようにも、世輪傍が割って入ってしまい、追い出されてしまった」
「オヤジ……弱ッ!」
「……私は研究者であって、軍人では無い」
実際、私は戦闘の才能が無い。自身の武器を作るより、他を強化したり神器を作り出す方が、遥かに実用的だと思っている。
「ンで、源典回帰って誰よ?」
「恐らく、オリジナルの一人では有るだろう」
「だから誰だよ」
「世輪傍が割って入ってしまい……」
「肝心のトコ聞いてネェのか」
「結果を正確に捉えるならば、そうなる」
「……役立たネェー」
「はっきり言うが、私は精神が打たれ弱い。余り責め続けるなら、此処で涙を流すぞ」
「その情報いらネェし」
「しかし、二つ名を持っている事は判った」
「ナルホドな、神皇も知ってるヤツってコトだ」
「世輪傍が張り付いている所為で、無名に私から聞き直すのは無理だろう」
「ならオレが無名に聞くか、オヤジが神皇に聞くか……だな」
「仕方無い、私が神皇に聞こう」
粗が見えては援助に支障が出るので気は進まないが、形振り構っていられない。
「むしろアネキに聞くのもアリだな」
「世輪傍に?」
「オレは任務があっから、メイドをアネキに行かせよう」
「彼女か! それは名案だ。彼女の能力なら……」
「お掃除、終わりましたよ」
シャツの袖を直しながら、桔梗の娘が姿を現す。
「……え?」
私と響子の視線に、彼女は何故か照れ笑いを返した。
「い、いやあ。そんなに見つめられると……」




