神狩 響子:肆
小夜子とか名乗る女を部屋の片隅に置き、時計屋と酒を呑む。
「クソッ」
三面鏡を出てから、ヒドイ頭痛がしやがる。強化を受けてっから、ほとんど病気にはならない。アタマいてぇのナンて、ここ数年じゃ初めての経験だ。
「酒に弱いですね……チッ」
時計屋が、横で有り得ないコトを言った。
強化を受けたヤツは、アルコールの分解も異常に早い。人によっちゃ、ほとんど酔わないヤツもいるぐらいだ。オレはその部類。
「大丈夫ですか?」
小夜子が顔を覗き込んでくる。
「アンタ何なの? 天使?」
「え?……ああ、はい」
「否定しろ」
この女、零の補佐とか言ってやがったが、ナニモンだ?
オレの考えるコトに、イチイチ突っ込んできやがる。
面倒クセェ。
まさかとは思うが、心を読む能力者じゃネェだろうな。
そう考えると、当の本人はビクッと身体を震わせた。
単に仮面がおっかネェだけか?
ぶっちゃけ、オレも自分で気味ワリイと思うよ。
しかし、零のヤツはナンだって自分が来ネェで、こんな女を寄越しやがったんだ。
久しぶりに会いたかったのによ。
改めて、俯きながら座っている小夜子を見た。視線がたまにかち合う辺り、チラチラとコッチを見てやがる。
オメーは子犬かっての。
長い髪をクビの後ろで束ね、キッチリとしたスーツを着て正座。
フン。
スタイルはオレの勝ちだな。
零、オメーも少しは見直せ。
それともオメー、貧乳が好みだったのか?
ナンだか、イラついてきた。
タバコの箱を出して、姿勢も正しく座ってやがる小夜子のアタマに載せてみる。
「おお、載る!」
「ちょっと、ナニするんですかあ」
「落とすなよ」
「へあ?」
小夜子はバランスを取りつつ、頭上の箱を触感で確認。
「はい!」
ノリのいいヤツ。
つーか、落ちネェだろ。姿勢も返事も良すぎ。
「いづッ!」
ナンか、頭痛がヒドくなってきやがった。
「ちょっとカオ洗ってくら」
カオを洗ったトコで、痛みが引くカンジしネェ。それどころか、もっとヒドくなってきてやがる。
マジにヤベェぞ、こりゃ。
強化されていても危険信号が強くなっているってコトは、明らかに異常な頭痛だ。っつーか、もう痛みナンてモンじゃなく、アタマをブン殴られてるみてェな衝撃を感じる。
まさかバケモンじゃネェだろうな。
周り見ても、オレ以外にダレもいねえけど。
気のせいか?
ふと、鏡に向かう自分の瞳が大きくなっているコトに気付いた。
「あ?」
鏡を覗いて、瞳を見てみる。
「……ッ!」
目に、三面鏡のバケモンが写りこんでやがる!
コイツ、オレに憑きやがった!
贋作は目ン中で拳を振りかぶり、オレの後頭部を殴りつけている。
執念深え。
けど、コレが頭痛の正体か。
とっさに振り返るが、ソコにバケモンはいない。しかし再び鏡を向くと、シッカリ目に写っている。合わせ鏡と同じく、反射する物が向かい合う時しか見えない。
どうする。
どうすればコイツを倒せる。
人のアタマ殴りやがって、ぜってーブン殴ってやる!
部屋で転がっている三面鏡が、アタマに浮かんだ。
壊れてネェ。
なら本体は、まだ『中』に居るハズだ。
しかも鏡から出たコイツには、タバコの火が効いた。
ソレなら、あの鏡から引きずり出せば、攻撃出来るっつーワケだ。
ンなコト考えてる間にも、目ン中じゃゴンゴン殴りつける動作は続いてる。クソが、いい加減にしろっての。早いトコ手を打たネェと、オレのアタマが破裂でもしちまいそうだ。
こりゃ、おびき出すしかネェな。
半開きにされた三面鏡の前に、時計屋が仁王立ちしている。
「……それで、何故ワタクシが囮なのですか……チッ」
「仕方ネェじゃん。客に囮ナンて、させられるかよ」
「チッ……ワタクシも客のつもりだったのですが」
「オメーは相棒だろ、客じゃネェよ」
客と呼ばれた小夜子は、キンチョーしたカオで部屋の片隅に正座している。っつーか帰れよ。零の寄越したアンタにナニかあると、オレの立つ瀬がネェんだよ。
「まァ気にすンな。どのみち、オレらのドッチかが攻撃しなきゃならネェんだ」
頭痛は――消えたな。
来やがれ!
その時、玄関の呼び鈴が鳴る音が聞こえた。
「お客ですよ……チッ」
「ほっとけ」
呼び鈴が再び鳴る。っつーか、ピピピピピンポーンと、呼び鈴が連打された。
「えぇ……ちょっ……ナニ? ナンなの?」
「チッ……ワタクシが出ましょう」
時計屋は鏡から離れ、玄関へ消えた。
「危ネェな、鏡閉めろよ」
鏡の前に行き閉めようとしたトコで、背筋が凍りついた。
「マジか」
鏡には、既に贋作が写っていた。ダラリと下がった顎で、目だけ笑ってやがる。
「クソッたれ!」
とっさに息を吸い込み、目の前に魔法陣を出現させる。が、直ぐ腕が掴まれた。そのまま一気に持ってかれる。
――間に合わネェ!
「ファイトォ!」
引き込まれそうになったオレの腕を、小夜子が掴んだ。
「ここはイッパーツ! とか叫ぶところじゃないですか!」
「……ナニ言ってンの?」
ソレどころじゃネェよ。
「つーか、掴んでも引きずられてるじゃネェか! リミッター外しとけよ!」
「生憎わたしは、二つ名なんて持ってないんですよ! 許可が下りないと外せません!」
「じゃあ帰っとけよ!」
「……やっぱ無理……ごめんなさい……」
「諦めンの早え!?」
オレと小夜子は、二人で鏡に引きずり込まれた。
壁掛けの時計を見て、イッキに滅入った。
数字が反転してやがるよ。
「またか」
明らかに鏡の中だ。一日に二度も入るナンて思わなかった。
「オイ、起きろ」
横で微笑みながら、スヤスヤ寝息を立てている小夜子を蹴る。
「もう悪戯っ子なんだから、特佐は……げへへ……」
起きネェし。
特佐とかって、零のコトじゃネェだろうな。だったらムカつく。
今度は、アタマを思い切り蹴飛ばしてやった。
「痛った! ちょっと! もっと優しく起こして下さいよお」
アタマさすりながらブツブツ言う小夜子をムシして、床に転がる三面鏡に目を向けた。
真っ黒く塗りつぶしたように、闇が広がっている。要するに、鏡の『外』が閉じられている。
「時計屋! 三面鏡!」
思いっ切り叫んだつもりだが、鏡は黒いままだ。
「シカトすんな!」
ヤツは死んでンのか?
まさか『外』には、『中』の声は聞こえネェのか?
「うるさいですよ、何事ですか」
横の女は鏡を開いた。家具が並んでいる部屋の中で、三面鏡だけを開いた。
ナンでだ?
さっきの言葉しかり、この女、やっぱナンか力を持ってやがる。
考えるオレの後ろで、ナニか動く気配がした。
「小夜子とか言ったな、そのまま動くンじゃネェぞ」
「は?」
「来やがった」
時計屋、早く開けろ!
「ああああぁぁぁ」
イライラして周りを見ると、再び壁の時計が目に入った。数字が反転している。
……そうか、そうだった。
時計屋の時計、何個かは数字が反転していなかった。それは多分、アッチで確認しながら引き込まれた現象は、コッチに持って来れるってコトじゃネェだろうな。
前のオレは、引きずり込まれる鏡だけ見ていたから、視界に入る自分の身体以外、ほとんどが反転しちまった。時計屋は時計を見ながら引き込まれたから、いくつかの時計は反転しなかった。
息を吸い込み、精神を集中する。
目の前に魔法陣が現れた。
ヤッパな。
吐きかけだったから持って来れてるゼ。
「ああああぁぁぁ」
「ナニ言ってっか解んネェよ! しっかりホザけ!」
振り向きざま、贋作に炎を吹きかけた。




