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これから世界が死んでいきます  作者: 狐面
生きる人々
23/59

草薙 零:肆

 軽く見積もっても三十畳。家具は無く、畳が敷き詰められた座敷に、独り座っている。


 神皇陛下に呼び出されるなんて、初めてではないだろうか。


 会ったのは、研究所に()た時が最初で最後だった。

 ただ、本当にその時だけだったのか(さだ)かで無い。忘れた訳じゃ無い。実験を受けていた時から、所々(ところどころ)意識が抜け落ちるようになってしまっていて、記憶にすら無いのだ。


 研究所で被検体だったある日、(きら)びやかで美しい少女が訪れた。


神崩(かみなだ)、これが(くだん)の物かえ?」

「はい。(いま)だ成功には(いた)っておりませんが……」


 彼女は神崩と話しながら、まだ幼さの残る顔でこちらを見た。


「美しい」


 衝撃だった。


 生きる気力を()くした者を、美しいと言ってくれた。

 毎日毎日、神崩に実験とも八つ当たりとも(わか)らない虐待(ぎゃくたい)を受け、(あざ)と傷で襤褸雑巾(マネキン)になった身体を見て、美しいと言ってくれた。

 少し()ち、彼女が国の長である尊武神皇(そんぶしんのう)だと知った。

 独り実験へ耐える姿に、両親を亡くして孤独だった陛下は共感を覚えたのかもしれない。その上での言葉でも構わない。


 光を()たのだ。


 後は目的の為、やるべき事を()し、ただ貫くのみ。

 神崩へ必死に取り入り、我武者羅(がむしゃら)に功績を上げ、草薙(くさか)大佐の養子となった。試験用被検体(プロトタイプ)――()()は、草薙(くさか) (れい)と言う人間に生まれ変わった。


 しかし、これも運命か。昔から、騎士となる事は変わらないな。


 考えを(めぐ)らせていると、(ふすま)が開かれた。

 黒い軍服が姿を現す。神皇陛下の護衛として、黒嵐(こくらん)から半陰陽(ジェンダー)の仮面を持つ二人が出向(しゅっこう)している。

 長いスカート。胸元の開いた上着からは、大きく(とが)った白いシャツの(えり)が突き出ている。栗色でウェーブがかった髪。右半分の仮面から、少し()れた目が広がっている。

 (ふた)()白夜(びゃくや)――彼女に移植されている贋作(がんさく)は、一定距離へ近付いた相手に、考えと逆の行動を引き起こす。

 少し離れて神皇陛下、さらに離れて黒い軍服がもう一つ。

 短いスカート。立つ襟を囲んで、白い円が描かれている上着。短い銀髪。左半分の仮面からは、(くま)(ふち)取られた切れ長の細い目が(のぞ)いている。 

 二つ名、明星(みょうじょう)――彼女は範囲内の相手に、思った事しか行動を出来なくさせる。つまり白夜とは正反対。思考に準じた行動しか出来なくなるので、あらゆる反応を封じる。

 二人は互いに逆の(すみ)へ腰を下ろした。華やかな着物に身を包んだ神皇陛下を、本当なら凝視(ぎょうし)していたいが、我慢して頭を下げる。


「久しいな、ゼロ」

「お呼び頂きまして、至極(しごく)光栄に存じます」

「頭を上げよ。(そち)(わらわ)の仲ではないか」


 嬉しい。


 一度しか会っていなかったのに、これほどまで親しみの込もった言葉を掛けて頂けるとは思わなかった。

 顔を上げると、優しい微笑(ほほえ)みが目に入る。数年前に会った(はず)だが、面影(おもかげ)は変わらず幼さを残していた。


「変わらず美しいな」

勿体(もったい)無いお言葉、心に染み入ります」

「くふ……今日、この場に来てもろうたのはな」


 大人に悪戯(いたずら)を仕掛ける子供のような顔になり、にこやかに言葉を続ける。真逆(まさか)、今回の護衛任務に対し「犯人探しが遅れている」と打診する(さしこむ)のではなかろうか。只管(ひたすら)頭を下げるしか無いぞ。


「暇つぶしの相手をしてくれ」

「……はい?」

「このところ、小規模な戦闘ばかりじゃろう? 妾が出向くには物足りぬのよ」

「出向く、とは?」

(たわむ)れるにも、雑魚(ざこ)ばかりではつまらぬ」

「……神皇陛下、戦闘に参加していらっしゃるのですか?」

「くふ……そうじゃが?」

「危険です! 生身の人間(ノーナンバー)が、戦場に入り込むだなんて……」


 その言葉を聞いて、陛下は目を見開く。


「埣は……ほう……」


 押し黙ってしまわれた。


「そう言うことか……くふ」


 納得したように(うなず)き、また笑顔に戻られる。


「大丈夫じゃ、強化は受けておる」

「強化を?」


 いつの間に。


 陛下は神狩(かがり)に強化を受けたのか。しかし陛下の御身(おんみ)にメスを入れるなど、治療でも無い限り有ってはならない。


 おのれ、神狩め!


 笑顔の激昂(マッドピエロ)に気付いてか、陛下は優しく声を掛けて下さった。


「良い良い、妾は感謝しておる。年も取らぬしな……くふ」


 そうだ。

 陛下の外見が大して変わっていないのを見た時に、気付くべきだったのだ。

 久しぶりに会って舞い上がり、配慮や判断を下げるなんて、我ながら不甲斐(ふがい)無い。


「それで、何の贋作を移植されていらっしゃるのですか?」

稲荷(いなり)よ……くふ。変化は楽しいぞ」


 先ごろから出ていらっしゃる、この奇妙な笑い方は何だ?


「ゼロ、ちと頼みがある。なに、ただとは言わん。一つ手助けしてやろう」

「何でしょうか?」

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