行平 康太:参
今日も自分は、相も変わらず茶を啜っている。
静かな空気が流れる中、独り慎吾がパタパタと動き回っていた。
「平和だねえ」
「お暇でしたら、手伝って下さいよ」
姫桜は彼の言葉が聞こえなかったかのように、ゆっくりと茶を口に含めた。信悟は笑顔ながらに溜め息を吐き、再び書類を抱える。
「手伝うか?」
「貴方は結構です」
腕まくりを手で制され、宙に浮いた心だけが残される。
「場所を知らぬ人間が触ると、配置が乱れます」
「姫桜はどうなんだよ」
「彼女は部隊長です。部下の仕事を救援する義務が有ります」
「やりませーん」
彼女は両手を広げ、口を尖らせた。
これは当人で無くても、何とも憎たらしい。
信悟は顔を曇らせ、無言で部屋の奥へと消えていった。
「おい」
「ほっときなよ」
「そう言う訳にもいかないでしょう」
資料整理部の部屋は、姫桜用の座敷を囲んで本棚がズラリと並んでいる。信悟が仕事をしているのは、その本棚の一番奥。新参者の自分には、哀しいながら机も無いのが実情だ。
「信悟」
「何ですか?」
机に向かった信悟は、声を掛けると笑顔の眉間に皺を寄せた。
「今は何をしてるんだ?」
「見ての通り、仕事中です」
苛立ちも手伝い、ろくに仕事をしない自分への嫌みだろう。
「そうじゃなくてさ」
「分かってますよ。失礼、大人気なかったですね」
彼は苦笑して言葉を繋ぐ。少々真面目過ぎるが、根は優しい男だ。
「狐の贋作について、過去の集計を整理していました」
「狐?」
「ええ、中々多いんですよ。神皇陛下に移植されているモノと、同じ贋作ですしね」
「神皇?」
「陛下、です。言葉が足りませんね」
神皇が移植を受けていたなんて初耳だ。
「軍属には有名です。フラリと戦場に現れて、敵を蹴散らし、またフラリと去る」
「へえ」
「ただ、いつ手術を受けたのかは謎ですけどね。噂では神狩研究所発足前らしいですが」
発足は大分前の話だ。強化手術を受けた者は、贋作の特性と同じく年を取れば取るほど強くなり、身体の適合レベルも上がると聞いたことがある。もはや神皇の強さは、オリジナルに匹敵するのかもしれない。
「狐の能力って何なんだ?」
「変形です。何せ狐ですから」
「神皇も化けるのか?」
「ですから、陛下と言う言葉を忘れないように……」
慎吾が、再び机に目を落とす。
「資料では、戦闘での記録が残っていますね」
「私生活の中では?」
「真逆、神皇陛下ですよ? 意味が有りません」
「侍女を驚かせたり」
「それは無いでしょう、が……」
信悟は腕を組み、独り首を傾げた。
「何だ?」
「侍女達が、頻繁に暇を出されてますね」
「嫌われた奴じゃないのか?」
「家に戻った記録、無いんですよ」
「おい、それって」
まさか。
喰ったんじゃないだろうな。
「どうでしょう、ね」
自分の心中を見透かしたかのように、慎吾は続く言葉を呑んだ。




