行平 康太:弐
姫桜と向かい合って座り、茶を啜る。広い座敷には、沢山の書物が山積みになっていた。
本部に存在する資料整理部――過去の戦闘記録や贋作のデータを抽出し、整理するのが役目だ。部隊とは言え、戦闘をする事は一切無い。
「おかしもあるからね」
「はあ」
我らが隊長の姫桜は、着物に身を包み、いつも散歩しているか茶を飲んでばかり。実際、有能で真面目な部隊員・御名模 慎吾が率先して働いてくれているので、手持ち無沙汰で仕方ない。
二つ名、鞘継を得て配属が言い渡される前、真っ先に自分から転属願を出した。自分を助けてくれた姫桜、その傍に居たいと。
一人が一生を尽くし護れる命なんて、きっと一つだけだ。
一人しか護れないのなら、自分の命より姫桜の命を護るべきだと思った。自分の命は、彼女が来なければ無くなっていたのだから。
しかし、この状態は拍子抜けだ。
こんなにゆっくりしていて、本当に良いのだろうか。
「お茶のおかわりは?」
「頂きます」
「こらあ! けいごなんて、しなくていいって言ったでしょ!」
「はあ」
神皇は、この部隊に数少ないオリジナルたる姫桜を軟禁している。とは言え、彼女はオリジナルだ。遅かれ早かれ、百鬼夜行など戦闘へ召集されるに違いない。オリジナルは百鬼夜行に囚われず、他の者を救援する責務を負う。戦うべきなのはその時だ。元より、自分の戦い方は護衛に向いている。
「なごみますなあ」
黒い着物から見える白い肌、その肌に映える紅い唇。
絶対に護る。
今度は護らなければ。
妹を救えなかった、この命に代えて。
「姫桜様、踏んでいる紙を取って頂けませんか?」
二人で茶を飲んでいたところ、件の信悟が顔を出した。同じ二十歳ながら、博士号まで修得している秀才。眼鏡をかけ、髪を真ん中できっちりと分けている。真面目な印象だが、笑顔の似合う好青年。戦闘ばかりしていた堅物――自分とは、正反対と言える。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
姫桜は、どちらかと言えばこちら寄りの気質だ。信悟の敬語には突っ込みもせず、自分を傍らで呆けさせているのも多分そのせいだろう。
「ちょっと休まない?」
「結構です」
「ぶう」
姫桜は口を尖らせたが、信悟は無視して資料を持ち上げた。態度に反して機嫌は悪くなさそうだ。今まで一緒に過ごしてきたし、彼を嫌っている訳では無いだろう。
信悟と姫桜の関係を推察していたところ、バサッと書類の落ちる音で我に返った。
「ほら」
書類を拾い信悟に手渡す。
「どうも」
紙の束から、一枚の写真が枯葉のように舞い落ちた。
「ん?」
「かわいいね」
不思議な写真だ。
「これは?」
「以前起きた事件の資料です。一晩で村が全滅した時の生き残り」
「二人だけか」
「怪しいもの、ですがね」
「なにが?」
「二人は強化手術を受けていたんですよ。それも、試験的に一体の贋作を二人に移植する特殊なものだったんです」
「こいつらが殺ったってのか?」
「証拠は見つからず、幼かったので不問となりましたが」
「どんな贋作だったの?」
姫桜の質問に、信悟は資料も見ず答える。
「破壊型……二枚の舌で重複言語を奏で、強い暗示を掛けます」
「二枚の舌って」
「贋作の舌を、二人にそれぞれ移植したみたいですね」
可哀想な二人だ。今は何処に居るのだろう。
写真には、幼い双子の少女が立っていた。