神狩 秀遥
また帰って来ない。
部下からの報告を聞き頭を垂れた。
草薙の館に使いを出し四度目になる。特佐と何か有ってはこれからに支障が有るので、わざと召使が一人の時に訪問させているのだが、どんな召使なのだ。そもそも何が遭ったのかも解らない、生存すら確認出来ない。今回は強化した被検体も同伴させたと言うのに。
源典は残っていた。
神崩の研究記録だって、遺された者が持っていてもおかしく無い。放置して灰塵に帰すより、この私が利用した方が世の為と言うものだ。
私は三男だった。年の離れた兄が家を継ぎ、次兄も健康。自分が家に居続ける必要も無く、期待もされていなかったので、幼い頃から好きな勉学に励む事が出来た。大學を卒業し行く先も得て、妻を娶り子供も儲けた。幸福だった。
そんな時、何処からともなく贋作が現れ、勤め先を失った。恐怖から何も出来なかった自分に絶望し、自堕落な生活を続けていると、傍らの妻まで姿を消した。
憎い。
奴らが憎い。
どうしようもなく憎んだ。
単独で神器の知識を吸収し、強化も発案、その研究に打ち込んだ。
だが、研究は思うように進まなかった。神皇は名乗りを上げた自分より、神崩という軍大佐の推した人物を選んだ。国から援助を得れば、進捗は雲泥の差となる。憤りと嫉妬に苦しんだ。
私は、これほど奴らを憎んでいるのに。
私の方が優秀な筈なのに。
唇を噛み締めながらも、研究を止めようとはしなかった。
やがて、あの事件――神崩消滅が起きた。正直な話、泣き叫んで喜んだ。予想通り、国の援助は自分へと向く。
神崩の研究記録は、在るなら喉から手が出るほど欲しい。当初の費用からして研究は先んじているだろうし、これからの期間短縮に他ならないからだ。
だが何故だ?
暴力を翳し手にするつもりは無い。ただ聞きに行っているだけなのに!
借用どころか存在の確認に出向いた部下達は、尽く姿を消した。
疑問と言えば、神崩の技術は異質だ。
強化の能力向上は桁違いであり、神器の効力もおかしい。根本的に技術が異なっているとしか思えない。
神器はその属性から、強化手術を受けた者が触れれば火傷などの損傷が起こる。だが特佐が持つ二丁拳銃――無天と無獄には、それが起こらない。黒嵐隊長たる口裂け、無名が持つ刀――降刻も同じだ。
仕組みが解らないと言えば源典も含まれる。Aを超える二つ名の試験に使われている物だが、その特異な能力は驚嘆に値する。
――もしや、源典自体が研究記録なのだろうか。
いや、そんな筈は無い。
ただの紙束が、あんな力を持つ筈が無い。
源典は、神崩研究所跡で見つかった。
見た目はただの日記帳だが、触れた者は断続的に贋作の世界へ連れ込まれるようになるらしい。それが百鬼夜行だ。一年に及び不定期で引き込まれ、心と体を擦り減らされる。
逆を言えば、贋作を殲滅する為、その世界へと侵攻する道具と言えなくも無い。ただ、如何せん不安定だ。試作品なのか判らないが、不定期では攻め切れない。
神崩は、これらをどうやって造ったのだ。