黒剣①
H31年4月9日10日11日連続投稿の予定です。
「ほう、それはそれは、大変な苦労をされたようだ。マサハル殿……で、よろしかったかな」
屋敷の中、紅茶の置かれたテーブルを挟んで、白髪の男性が微笑みながら、俺の話に同意する。騎士団統括長、ナイツ卿。この国、クロノス王国の有力者の一人だ。俺は、笑顔を返しながら、話を続ける。
「えぇ、この世界に召喚されたのはいいですが、問題はその国でした。男は無条件で、兵士となるための宿舎に入れられ、訓練を受けながら戦場に駆り出される。死んでも、ケガをしても最低限の保証しかない。国が崩壊して逃げ出せたのが奇跡です。あそこでの生活はまさしく地獄でしたよ」
そう、あの国での生活は最悪だった。飯は不味い、娯楽はない、友達もいない。それなのに、ゴブリン退治やら、盗賊のせん滅やら、命を懸ける仕事を安い報酬で受けなければならない。
「それが、今は立派に冒険者をされている訳ですから、大変な努力をされたのでしょうな」
ナイツ卿は優しい声で俺を肯定する。
「はい、先ほども説明した通り、努力に加えて私には特質能力があります。それを使えば、この国で受けたクエストは楽なものです」
この世界には大きく分けて六種類の異能が存在する。基本の五属性である、火・水・木・土・風。それと五属性に含まれない、特質の異能。俺の異能は戦闘に特化した、特質系の能力。一対一の戦いでは負ける気がしない。
「なるほど……。噂は聞いております。素晴らしい剣技をお持ちだとか……。そして、冒険者ではなく、この国で騎士として永住されたいと」
この時になって、ナイツ卿は俺を見通すような鋭い視線を放った。背筋が少し寒くなった。年齢は五十近いだろうに、気迫は衰えを感じさせない。
「えぇ、貴方に認められることが、騎士になる最短の道だと教えていただきました。上手くいけば国王直属の騎士団に推薦もしていただけるとか」
国王直属の騎士団に入団できれば、富と名声を手にすることが出来る。そのために、冒険者として手柄を重ねて。今回の謁見が認められたのだ。
「……分かりました。それでは貴方の腕を見せていただきたい。よろしいですか?」
「はい、望むところです」
―ガチャ―
ナイツ卿と外に出るために席を立とうとしたところで扉が開いた。開かれた扉の前には姉妹と思われる美しい三人の少女と冴えない一人の召使が立っていた。
「お父様、ただいま戻りまし――。失礼しました。来客中とは知りませんでした……」
謝罪をしたのは、長い金髪の長女と思われる女性だった。その隣には次女と思われる黒髪の少女がつまらなそうな顔で佇んでいる。その後ろに隠れるように、まだ幼女と表現したほうがよさそうな、幼い銀髪の少女がこちらを見ている。三人とも街に出れば、男であるなら一度は振り返りたくなる美貌だ。
「……ノックをするように教えたはずだよ。だが、ちょうどいい、こちらが以前話した冒険者のマサハルさんだ。娘のマリー、フレイ、アリスの三人です。礼儀がなっておらず申し訳ない。そして、執事の―――」
長女がマリー、次女がフレイ、三女がアリス。頭の中で復唱して覚える。美人の名前を覚えるのは得意だ。召使の紹介も受けた気がするが名前は忘れた。
* * * * * *
挨拶もほどほどに、庭にある鍛錬場に移動した。そこには石で作られた台の上に大きな丸太が置かれていた。
「あの丸太に切りかかっていただきたい。その姿で貴方のことを判断させていただきます」
「えぇ、いいですよ」
そう言うと、俺は腰から剣を取り出した。刃も柄も漆黒の俺だけが使える黒剣。
「ほう、それが先ほど話されていた秘剣ですか?」
俺が異世界に転生したときになぜか手に握られていた黒剣。これが俺の特質能力のカギだった。
「はい、実際にお見せしましょう」
丸太の前に立ち、軽く深呼吸して呼吸を整える。特質能力は弱点がはっきりしていることが多く人前で見せるのは望ましくない。でも、今は全力を見せてやる、ナイツ卿に認められなければ騎士にはなれないのだ。
「はっ!!」
丸太を切って、俺はナイツ卿と三姉妹の前に戻る。口を開いたのは次女のフレイだった。
「あの、丸太、切れてないけど」
確かに、丸太はまだ石の台の上にそのままの姿で置かれている。しかし俺は余裕をもって答える。
「あぁ、失礼しました。あいつ、自分が切られたことに気が付けなかったみたいで」―パチンッ―
―ドドッ ゴロゴロ ―
俺が指を鳴らすと、丸太が切れて崩れ落ちる。石の台も同じように切断されている。
「どうですか?わが剣技は、この黒剣を持っている限り。私に敗北はない。ぜひ、国王直属の騎士団に推薦をしていただきたい」
しかし、ナイツ卿から出たのは、賛美の言葉だけではなかった。
「確かに素晴らしい剣技です。どういった能力か詮索はしませんが、私には真似することもできないでしょう。しかし、騎士団の推薦は見送らせていただきたい」
「……なぜです」
「貴方の剣には、殺気が籠りすぎている。騎士には強さも必要だが、気高い精神や民衆からの信頼も必要です。良ければ、騎士見習いから初めませんか?それであれば、いくつか良い騎士団を紹介できます」
ふざけるな!何のためにお前にペコペコしたと思っている!!弱っちいおっさんのくせに!!!と、言いたいのを我慢する。ここで怒りを爆発させるのは適切じゃない。
「ご忠告ありがとうございます。……少し考えてみます」
何とか、当たり障りのないことを答えて、俺は帰ることにした。玄関までお送りしますとナイツ卿は言ったが、その直後メイドがナイツ卿を呼びに来た。どうやら手が離せない様子だったので、マリーが玄関まで送ってくれた。
「わざわざ、お越しいただいたのに期待に沿えず申し訳ありません」
「いえ、私の力不足ですから」
口では平静を装うが、恥をかかされた怒りは消えない。
「父は、堅物で不快に思われたと思います。しかし、騎士の見習いというのも悪くないと思います。この国の治安を守る騎士団は、素晴らしい方々ですから」
「はぁ、そうですか」
馬鹿馬鹿しい、騎士なんてどうせカッコばかりの雑魚集団に決まっているんだ。あの地獄を乗り越えて、地位と名誉を手に入れられると思ったのに、無駄足だった。
「……あるいは、手柄を立てれば父の考えも変わるかもしれません」
俺の不満そうな顔に気付いたのか、マリーは提案をした。
「手柄、ですか?」
「えぇ。例えば、新月の殺人鬼。ご存知ですか?」
新月の殺人鬼とは、この国を脅かしている殺人鬼だ。新月の日に、老若男女関係なく剣で襲い十人以上が犠牲になっている。騎士団が犯人を捜しているがまだ見つからず、国民は新月の日は出歩くことが無くなったという。
「新月の殺人鬼は父も頭を悩ませています。もうすでに、五名の方が犠牲になっています。もし仮に、あなたが捕まえることが出来れば、父も考えを改めるかもしれません」
「……ありがとうございます。失礼します」
* * * * * *
俺は、ナイツ卿の屋敷を後にしながらマリーの話を思い出す。そうだ、確かに新月の殺人鬼を捕まえれば、ナイツ卿は俺を見直すだろう。と、言うより上手くいくと国王から直接、褒美を与えられるかもしれない。騎士団の入団も可能だろう。
しかし、彼を捕まえるのは難しい。だって、被害者は把握されていない人々、例えば身寄りのない浮浪者や、殺した後で土に埋めていて、ばれていない人々を含めると十三人になるし。彼が能力を使えば誰も彼には敵わないからだ。
そして、何より新月の殺人鬼は俺だ。
自分を捕まえて、突き出すことはできない。