より道の結果
「夕飯を食べおわったら、あとはアレですよね!」
夕食のあとかたづけを終わらせたらツリーハウスから出て、目的のために上のほうにある枝へ飛びのった。
その飛びのった枝にあるのは、ツリーハウスよりはだいぶ小さい建物。
大きさはツリーハウスの四分の一ほどで、高さは僕の肩くらい。
屋根は今のところつけていない。
どうして屋根をつけていないかというと、景色を眺めながらゆっくりするためだ。
だってこれは、露天風呂だからね!
さっそくなかに入って、改めてそのできを眺める。
「思いつきでつくったけど、よくできてるよね」
なかに入って最初に目にうつる浴槽は、外が見えやすいように僕の腰の高さあたりにつくってある。
その独特の形状で、つくるのが大変だったことをわかってほしい。
浴槽をこうつくるために何回木魔法で枝ぶりをいじったか……
けっこう大変だったなぁ。
なので、よくできていると自画自賛するのは許してください。
ちなみに浴槽に使った木はガナイといって、日本じゃヒバと呼ばれているヒノキ科の木を使ってある。
切りたおした木のなかに偶然混じっていたんだけれど、これにはついていたなと正直おもった。
「さて、さっさとお湯を用意して入りますか」
そう言って、夕食をつくるときに使った水の玉をつくってすこしずつ浴槽に水を入れていく。
水が溜まったら、水の玉と同じ要領で火の玉をつくって湯加減を見ながら水を温めていった。
最初に火の玉を出したとき、すこし火の玉が大きくなりすぎたけれど問題ない。
なんだか最初に失敗しそうになるのが定番になってきている気がするけれど、特訓を頑張ればいいんだって自分に言い聞かせてそれを気づかなかったことにした。
「よし、できた!」
すこし熱めになってしまったけれど、露天風呂ならこれくらいで大丈夫だろう。
さっそく壁で小さく仕切っただけの簡易脱衣所で服を脱いで無限収納に入れたあと、お風呂に入る準備をする。
外の外気は服を脱ぐとほんのり肌寒いくらいで、凍えることはない。
知識の書で調べてみたらこのあたりは一年中春みたいで、寒いなか身体を洗うはめになることはなさそうでホッとした。
まぁ、雪見風呂も憧れるんだけどね。
それはまた、べつの機会に楽しませてもらおう。
「まずは身体を洗って……っと」
考えもほどほどに、一日動きまわって汚れた身体を創造の槌でつくっておいたボディーソープとシャンプーできれいに洗っていく。
「うん、すっきりした」
それが終わればやっと湯船に入れる。
待ち望んだ湯船にはやる気持ちを抑えながら、高さのある浴槽に入りやすいようにつくった木の段をあがって、ゆっくりと湯船に浸かった。
「あ~、気持ちい~」
湯船に浸かった瞬間、あまりの気持ちよさに口から思わず内側から押しだされるように息とともに声が出た。
それからほぅ……と息をついて、目を閉じながら浴槽の淵に頭を乗せてその温かさにどっぷりと浸かる。
そうすれば浴槽に使ったヒバのいい匂いや、やわらかな風に吹かれてかすかに揺らぐお湯を感じたり、木々の騒めきや森にいる生きものの声とかが聞こえたりしてきた。
「これがお風呂か……いいものだなぁ」
僕は生まれたときから、病気のせいでお風呂はシャワー浴しかしたことがなかった。
だから本やテレビで気持ちよさそうに入っているのを見たり、ほかの患者さんが気持ちよかったと言っているのを聞いたりしていてずっと気になっていたんだけれど、まさかこんなに気持ちいいものだとは。
そりゃ、異世界に行った主人公たちが躍起になって求めるはずだよ。
僕は閉じていた目を開けて、空いっぱいに輝く星と日本とは違う青みがかった月を眺めてその綺麗さにふたたび息を吐く。
「心の洗濯とは、よく言ったものだよねぇ……」
目まぐるしく過ぎた一日で溜まった心と身体の疲れが、ゆっくりとほぐれて消えていくのを感じる。
きっと、きれいな眺めと温かくて心地いいお風呂のおかげだろう。
ツリーハウスづくりを中断してつくったかいがあったっていうもんだね。
「さて、そろそろ上がるか」
長湯しすぎると身体に毒だと聞いたことがあるから早めに湯船から出ると、身体が温まっているからかすこし冷たく感じる風が吹いた。
それを心地よく感じながら、創造の槌でつくっておいたバスタオルを無限収納から取りだして身体を拭く。
……このバスタオル、ちょっとゴワゴワするな。
ふわふわのイメージが足りなかったかとすこし後悔して、つぎにつくるときは気をつけようと心に刻む。
着替えもつくっておいたものを出してさっさと着る。
パジャマのボタンがイメージ不足で外れない仕様になっていて、頭から被ったのは内緒だ。
これもつぎは気をつけよう……
着替えたあとは浴槽のお湯を流して、それから浴槽全体を軽く水魔法で流す。
ちなみに、お湯や水は排水溝からつなげてある汚水専用の無限収納に入るから大丈夫だ。
無限収納って本当便利!
そうやってお風呂からあがって一息ついたあと、眠くなったのか大きなあくびが出た。
今日一日たくさん動きまわったから仕方ないだろう。
「歯を磨いてさっさと寝るか」
そう決めたらすぐにツリーハウスへ戻って、洗面所で歯を磨いたあとベッドへ横になる。
創造の槌でつくった歯ブラシは自分好みの小さめですこしやわらかい硬さで、今日一番のできだったと自慢しておこう。
「はぁ~、今日はいろいろあったなぁ~」
ふかふかの布団に包まれながら、僕は今日起こったことを振りかえる。
死んだとおもったら、女神様から神様みならいに転生して異世界を笑顔であふれさせる修行をしてくださいなんてお願いされて。
健康な身体で魔法を使ったりツリーハウスをつくったり、料理をしたりお風呂に入ったり、今までできなかったことをいっぱいして──
「楽しかったな……」
この世界を笑顔であふれさせるっていう修行があるし、大きな力をもらったぶんやることが増えたけど、そのぶんたくさんの楽しみが待っている。
「明日も頑張ろう」
僕はおやすみなさいと小さくつぶいて目を閉じた。
けれど──
「──眠れない」
あくびも出たし、身体は疲れているのにまったく眠れない。
原因は、わかってた。
きっとそれは、眠るのが怖いからだ。
僕は今日死んだ。
こうして転生させてもらったけれど、僕は今日、たしかに死んだんだ。
痛くて苦しくて、早く苦しみから逃れたいっていう気持ちと、いつ死ぬのかわからない恐怖でグチャグチャになって過ごした日々。
死ぬ瞬間の恐怖と安堵感と、泣きわめく家族に対する罪悪感。
もしこれが夢だったら?
もし、このまま目を覚まさなかったら?
そんなことはないと頭ではわかっている。
今日一日で、これが現実だとはっきりわかっている。
でも、どうしても不安を拭うことができなかった。
「ははっ、だめだな僕は……そうだ」
あることを思いだし、無限収納から一輪の花を出して枕元に置く。
木を切り飛ばしたとき一緒に回収したやつだ。
それは猫じゃらしのような形で、ほんのり緑がかった透明の葉と茎に、ほんのり青みがかった透明の小さな花が先端にたくさん咲いていて、すごくきれいで可愛くて不思議な花。
いい匂いがするし、こんな異世界にしかないような不思議な花を近くに感じていればすこしは安心できるだろう。
そう考えて、枕元に置いた花にそっと手を添えながらゆっくりと目を閉じる。
「今度こそ、おやすみなさい……」
目を閉じても感じる花の匂いや手に伝わる感触のおかげで、僕はやっと眠りにつくことができた。