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TREE・LIBRARY

救い難き執行人

作者: ハブ広

 未知の病が蔓延し医療の技術も著しい大国の病院の病棟は満杯だった。新たな病人の受け入れ先も見つからない、国は新たな対策案に追われていた。医療費も馬鹿にならず、病気からの耐性を付けるための血清を創り上げるのに躍起になっていた。そこで王が下した案が死刑執行人、もとい“ディミオス”と呼ばれる者達が末期まで進み、彼岸に追いやられ、安楽死を勧められた患者たちを一思いに楽にさせるということだった。対策案に反対する者が多かったが、過半数を持って可決された。

病気が蔓延し始めて数年たったころ、再び無限の白が天から降り注ぎ、寒さが肌の奥まで染み渡る季節が到来していた。一面に積もった白が只管に寒冷地を想像させる。

ふかふかの雪を圧迫し、靴跡を残していく人々の中に明らか異質な人物が目の下に大量のクマを残して仕事先へと向かっていた。下部に紅い液体がこびり付いた黒ロングコートに白いスカーフ、黒いズボンを着用したオールバックウルフヘアーのアシンメトリーの黒い髪に赤紫色の瞳の男性。彼も“ディミオス”の一人である。嘗て彼の先祖に王族殺しの罪を働いた者が罰として死ぬまで死刑執行人の仕事に就かされ、一族末裔まで続けるように命令を下されたのだ。それだけでなく、彼らの一族の者を見せしめとして斬首刑をさせてさらし首にさせるという果てしなく重い罰を執行していたという話もこの国では有名である。

処刑舞台である人の死と血を喰らい続けてきた刑務所、彼はその門を潜ろうとしていた。検問で名前を聞かれ、ディミオスのノーマン=エリスだと一言役人にそう伝え、その場に入っていく。

 彼はこの仕事が嫌いだ・・・。今すぐにでも退職届を提出してどこかの仕事に就きたい・・・。が、それが一生叶うことのない儚い願いだととっくに知っている。過去の犯した罪の意識は無いが、贖罪という名の一族の風習として一人ひとりに烙印が焼き付けられている。収監されるが如く飼われる鳥かごの中の鳥のようだ、今まで一族が背負ってきたものに対してやすやすと捨てるわけにはいかない、人ひとりを天秤でかけられるほど罪と歴史は遥かに重いのだ。それが止めることができない理由となっている。

 そしてもう一つ、彼と同棲している一つ年下の彼女の存在だった。彼女は1年前にはやりの病を患ってしまい、病棟の寝床に伏せている。その治療費を稼ぐこと、何としてでも血清が出来上がるまで持ちこたえ続けなければならない。ディミオスの仕事の給料は少し高めだが、1/4は彼女の治療費に課せられている。何としても生き抜いてほしいというノーマンの意思表示だ。こんな俺に心を許して引き入れてくれたのが彼女である。それぞれ理由は違えども、過去に辛い思いをしてきたのは同じだった。類は友を呼ぶという諺の通りだろう、独りぼっちの少年と少女は孤独の傷を舐め合うことでお互いを支えてきた、ノーマンの人生の意味であり彼女はそれを構成する柱の一部だろう。失えば落差で自分は自殺にまっすぐ走るかもしれない、それほど大切なものだ。

ディミオスの仕事をしていると殺す前の悲鳴や泣き言が耳に焼き付いて離れることがないことが殆どだが、ただ単に正義の一部として考え方を製糖している。犯罪者への殺したくないだとかいう醜い感情を麻痺させたまま凶悪な死刑囚を何十人も殺してきたが、国の方針が変わって未知の病にかかった患者たちを殺すことになる。患者たちから早く楽になりたいという生を裏返して死に行けるという思いから感謝の言葉を数々耳にしてきて思考が混乱し始めてきた。死刑囚を断罪するためか、患者を救済するためか、人々に落とす死神の刃は同じでも死を与えられる側が違ってくれば意味合いが断然に変わってくる。

 病にかかったとしてもすぐに殺されるという訳ではない、金銭的な問題や本人、家族の意思を尊重し、医師から刑務官に情報が通り苦しみから楽にしてやるという魂胆だ。

 刑務官がノーマンに声をかけ、書類を何枚か渡される。死刑囚や患者の情報が記された書類だ。一枚目、金銭的な問題に耐えきれなくなり強盗殺人2件を起こした濃いひげ面の中年男、二枚目、独占欲が強いあまり付きあっていた6人の彼の首を絞めて殺した精神疾患の黒い髪でヒステリックぽい見た目の若い女、三枚目、無差別殺人を行った末に人質を取って立てこもりをした金髪でヤンキーっぽい若年の男、そして最後の四枚目、栗色のボブヘアーに茶色の瞳・・・彼は目を疑った、それは見覚えのある風貌、彼の彼女、リィン=ミリアだった。

「!?なんでだ、リィン」

「どうかしたか?」

 ノーマンは刑務官の胸座を掴んで大きく持ち上げ、すごい剣幕で睨みつけた。

「どういうことだ!?なんであいつが!必死に死から抗ってきたのに、どういうコネを上に使いやがったんだ、教えやがれこの野郎!」

 持ち上げられた男は降ろしてもらおうと必死に足をバタつかせて意思表示するが、彼は下ろそうとする気配は全くなかった。

「彼女の意思だよ、ノーマンくん」

 乱暴に冷たいコンクリート式の地面へと降ろされた刑務官を無視して後ろをいつの間にかついてきていた老人に向かって乱暴な口調で言葉を吐き捨てる。

「は!?どいうことだ!?説明しろ!!」

「国の方針である血清ができるまでの間、抗生物質を打ち込むか、安楽死を勧められるか、患者の考え一つで生か死か分かれる分岐点なのだよ、そして彼女は安楽死で早く死にたいと告げていたそうだな、この場合一番に優先されるのは患者の意思それだけだ、死刑執行人である君に覆せる現実じゃないのだよ」

 ノーマンは驚愕した表情を隠せずに膝をついた。嘘だろ…嘘だと言ってくれ、リィン、ここでお前が死んだら俺はどうすればいいんだ。絶望した彼を慰めるような顔でノーマンの肩を叩く老人は軽く息を吐いて呟いた。

「それは君の運命だよ、ディミオスである以上は両親や兄弟を殺さないといけないという可能性もないわけじゃあない、仕方ないんだよ」

 憐れんでいるような口調に心底怒りが老人へと湧いてきたが、爺さんが言ったことは決して間違いじゃない、これは残酷な運命によって敷かれたレールを進むしかないのだ。レールの周りはすべて底なしで、果てがない断崖絶壁、進むのが嫌ならそこから飛び降りるまでだ。

「くそが…クソが!!」

 ただ、虚しさが心に広がる…。拳を握りしめて今にも砕けそうなくらいにかみ合わせている歯を唇の奥に隠して仕事の為に歩み始めた。処刑場に着くと、彼専用の武器、大きく湾曲したサーベル剣が手渡される。砥石で鋭く研ぎ澄まされた刃渡り60cmの刃は触っただけで皮膚を切り裂くほどだ。今日もここで多くの死と血が流される彼岸の地と化す。

 まずはひげ面の男、ボソッと放たれた言葉をどうでもいいように聞き流して首を切り落とした・・・。二人目はヒステリックそうな若い女、彼への歪んだ愛を叫んでいるが、うるさいとっとと〇ね!と呟いて刃を振り下ろす。彼女をこの手で殺すまでの時間は刻々と迫ってくる、時計の針に急かされて武器を持つ手に力が入ってくる。続いてはヤンキーの男、心臓が激しく脈打っている、こいつを殺した後はリィンの番だ。クソが…これが俺の運命か、よく言ったもんだな爺さん、俺の立場を知らない癖によく言うぜ。

三人目の首を切り落とし、四人目であるリィン=ミリアだ。幼げが残っているタレ目とショートボブの髪が瞳に写る。

「最後に会える場所がここになっちゃうなんてね、ノーマン」

「リィン、なんで死を選んだんだ」

「だってさ、私ノーマンに迷惑ばかりかけていたよね、それに私の為に身を削ってまで治療費を稼いでくる姿が痛々しくて敵わなかったこれ以上迷惑かけるくらいならさっさと楽になってさ、ノーマンが自分の為に暮らせるようになってほしいって思ったんだよ」

「そこまでして」

「安心して、私は普通に死ぬくらいより、あなたの傍で殺されて死にたい」

「…!わかった、普通死刑を行うのに無駄な感情は切り捨てているが、お前だけは最期まで俺の愛情をもって殺してやろう、さようなら、リィン」

「うん、ありがとう…ノーマン」

 ザシュッッ…。鮮血が飛び散り、彼女の笑顔がこぼれた生首が地面にゴロっと転がった。それがお前の答えか・・・。今迄傍にいてくれてありがとう…。

-。

 その夜、とある町の酒場、カウンターに大量に並んでいる一滴残らず飲み干された空になった酒ビンの量を見て周りの客は目を丸くしてノーマンを見ていた。止める店主を他所目にビンに入った酒を一気飲みにする。

「…はあああああああ」

「お客さん、もうそろ止めとかないと体に毒だよ」

「うるさい…酒を寄越せ…」

「は、はい…」

 暫く涙を流しながら酒を飲み続けていた。もう今月の給料は飛んだくらいだろう。もう何杯飲んだのかもう覚えていない、頭にあるのは彼女と過ごしてきた記憶と最後に笑った彼女の顔。

 酒気を帯びて散々飲んだというのに平静を装っているように見えるが、彼女の死がかなり精神的に来ているようだ。しばらく歩いて今迄来たこともない路地裏、ポケットから取り出した革のカバーで包まれた小さなナイフ、それを喉元に突き立てる。もう何もしたくない、また、彼女に会いたい…。天に召されれば会えるかもしれないが、今まで殺してきた分だけ地の獄にて罰をまた受け続けるのかもしれない。最早どうでもいい、頸動脈を切断した彼は脳内を駆け巡っている走馬燈を見ていく…。リィンとあったのはこの場所だったな、よくしょうもない理由で彼女と喧嘩もしたなその後はちゃんと謝ったな、彼女が作る料理は格別だったけど時々挑戦しては失敗するのを見ても俺は美味いって嘘ついて口の中に運んでいたな、思い出に浸っているうちに意識が朦朧としてきた。またリィンに会えればそれでいい…。最期に流した一滴の涙が冷たくなった頬を伝っていた。これが最後の殺傷だ…。俺は自分自身の運命を断ち切って楽になりたかったのかもしれない、これでもう終わり、ディミオスとしての一族と俺の物語は終焉を迎えるのだ。

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