吹雪の中で
――ジリリッ、ジリリッ
空に浮かんでいたような気分から、まるで地面へと勢いよく叩きつけられたかのような気分になった。
――ジリリッ、ジリリッ
眠たい、そしてものすごく寒い、モゾモゾと身体を動かしながら布団の中で身を丸める、少し前に授業でならった「春眠暁を覚えず」というやつだろうか……いや、あれは春の暖かさについて語ってるんだったか。
――ジリリッ、ジリッ
いい加減に煩わしくなってきた目覚まし時計を布団の中に引きずり込んで止める、時間を見た、9時30分を指している、うん、そろそろ目覚めないといけない時間だろう。
枕近くの壁に吊るされた制服を手で軽く避けながら、まるで意思に逆らうように布団に執着する身体を動かして中から這い出る。
その瞬間襲う季節感を見失ってしまうような強烈な寒気に一瞬もう1度布団の中に引っ込みたくなるものの、その揺らぎを跳ね除けるようにのしかかる布団を蹴り飛ばす。
やっとの思いで布団の呪縛から解放された身体を起き上がらせ、パジャマを脱ぎ捨てながら近くのタンスに手をかけて中から無造作に衣服を選び出す、流れるように近くに置いてあったテレビのリモコンを掴み取るとそのまま電源を付けてベッドに座り込む、平日の朝から流れるニュースは代わり映えもせずココ最近流れ続けているものだ、正直な話専門用語が多いためによく分からない、専らBGM代わりにつけている。
別に、平日の朝から学校をサボってテレビを見ている訳では無い……いや、見方によってはたしかにその通りではあるのだけれど、それは決して俺の本意ではない。
そういえば、と思い出してベッドのすぐ上にあるカーテンを開く、そこに広がっていたのは眩しい日光でも当然見知らぬ世界などでもなく、ただ一面何も描かれていないキャンバスのような白である。
冬だとしてもだいぶ異常気象だといっても過言ではないような猛吹雪、それがポカポカとして新しい花や葉の息吹を感じそうになるような春に急激に訪れたのだからニュースで報道されるのも当然といえる。
低気圧だとか高気圧だとか、中学校の時の理科の授業を真面目に受けていなかったせいでその当たりはよく分からないものの、つい一週間ほど前まで温度も徐々に上昇していて例年より早い夏が来るのではと言われていたところにこの豪雪が来たということのおかしさは充分にわかる、高校が大事をとって期限不定の長期休業をとったことにも納得がいくだろう。
しかし本当に、滅びの始まりかなにかなんじゃないかと思ってしまうほどに酷い雪だなと思う、何しろこの異常気象はどうやら日本全土、かつ日本だけに起こっているようなのだ。
別に雪が嫌いな訳では無いけれど、朝起きる度に身を刺すようなこの寒さに襲われるのは未だに慣れることがない、暖房器具を用意したいと起きる度に感じるものの、残念ながらその願いが叶うことは少なくともこの豪雪中にはないだろう、何しろ交通機関の殆どがこの吹雪で麻痺しているのだ、特に飛行機は今現在1便も出発出来てないと聞いた。
(うちの両親は運が良かったのか、悪かったのか……)
内心ため息を付きながら、今現在家にいない両親のことを思う、仕事の用事で海外に行った両親は、運悪くこの吹雪で飛行機が飛ばずに日本に帰ってこれなかった……いや、やっぱり運良くかもしれないけど。
「さて、と……とりあえず朝ごはん……」
ゆったりとしたペースで着替えを終えた後、ひとまず空いたお腹を満たすために台所に立ち寄る、冷蔵庫を開いて中を見回すものの、中に入っていたのは朝から食べるには少し胃もたれしそうなものばかりだった。
(しょうがない、寒いけど買いに行くか……)
いくら外が猛吹雪であるとしても、流石にきちんと防寒対策をしておけば外に出れないというほどのものでは無い、先程の着替えよりも早く厚着になり、ズボンのポケットに玄関の鍵を放り込む、朝ごはんのお惣菜は何にしようか、なんてことを考えながら玄関のドアに手をかける。
「行ってきます」
誰もいなくなる家に向かって小さな声で呟きながら、風で押さえつけられるドアをゆっくりと押して開けた。
一つ言っておくとすれば、俺は決して特別な人間ではないと言いきれる。
決して欲がない訳では無いし、かと言って強欲な訳でもない、今買い物に行こうとした時も必要最低限の朝ごはんを買うほかに少しお菓子でも買っていこうかと考えている程度には抑え目の欲はある、一般的な普通の基準はよく分からないけど、両親が健在で一軒家に住めているあたり、むしろ恵まれている方ではないかと思うほどだ。
何が言いたいかといえば、自分には異常なほどの不幸や幸福がついてまわっている訳ではなく、神に選ばれるほど無欲でも悪魔に魅入られるほど強欲でもないということで。
――物語の主人公には、決してなれないと自分でも思っていたような人物だということだ。
ドアを開けたそのすぐ先、向かい側の家の塀にもたれかかるように一人の女性が倒れていた、考えるよりも早く身体が動く、自分でもその行動の素早さに少し驚いてしまうものの、倒れている彼女の傍に近づくとうろ覚えで彼女の脈が動いているかどうかを確かめる。
(――生きてる、大丈夫)
まだ生きていることを確かめるとそのままお姫様抱っこで持ち上げる、直に触って気がついたがどうやら彼女は決して薄着という訳では無いものの、あまり厚着はしていないようだ。
なぜ?そんな疑問が頭をよぎる、この寒さだ、余程の変人でも無ければこんな薄着で外に出ようとは思わないはずだし、余程の我慢強さが無ければそのまま出歩いたりはしないはずだ。
次々に謎が浮き出てくる、それでもその答えは彼女にしか分からないだろう、とりあえず彼女をすぐ近くで入れて暖かく看病もしやすい場所……つまり、彼女を自宅へと連れていった。