1話「在野さん失踪事件」
――私にはひとつ、つまらない能力がある。
最初は「あれ?」と首を傾げるような違和感に過ぎなかったそれは、回数を重ねるごとに、具体的に言うのなら五回目で確信に変わり、そして六回目にしてつまらない能力だということを悟りました。
聖峰女学院には、そんな感じの、超能力者だか異常者だかわからない連中が全部で大体三〇〇人。今日も今日とて「ああだこうだ」と文句を垂れ流しながら暮らしています。
何せここは深い針葉樹の森と、高い煉瓦の壁によって現世から隔絶された陸の孤島にして、乙女の要塞。生徒手帳にびっしりと記載された校則と寮則の数々は、頭の狂った連中をここに、繋いでおくための拘束具。
テレビはおろかラジオを聞くことも許されず、携帯電話の電波なんて届くはずもなく、いやいやそもそも携帯電話を持ち込もうものなら、一週間の反省部屋送りという、今日日、刑務所でももう少し自由が許されるのではないかという徹底ぶり。そのくせ、生徒のひとりやふたりいなくなろうと知ったこっちゃないという、飼育小屋のウサギやモルモットにするようなこの雑な扱いに、最初こそ驚いたものですけど、人間という生き物はどうやら、私が思っていた以上に逞しく順応する生き物のようです。さすが人間様です。
「え、在野さん、いなくなっちゃったんですか」
だって、四か月近く同じ部屋で過ごしたルームメイトの失踪に「へー、そうなんですねー」で済んでしまうのだから我ながら狂っていると思います。そしてそれ以上に、割と頻繁に、人が消えてしまうというこの環境は異常です。
飼育小屋なんて例えはまだちょっと甘くて、年頃の乙女としてはあまり認めたくはないのですけど、養鶏場とか養豚場に、近いのかもしれませんね。はい、黙祷。
「ま、彼女なら心配ないと思うけどね」
言いながら在野さんのベッドに寝転がったのは石沢さん。私の級友にして数少ない友達で、ここでは希少種にも等しいまともな人間です。聖峰の生徒はみんな何らかの理由で、具体的には気味が悪いとか、気持ちが悪いとか、頭がおかしいとか、そういうあれこれが原因で半ば捨てられた状態でここにやってきます。
けれども石沢さんは、素行が悪い、という至極真っ当な理由でここに入れられてしまったそうです。実際、石沢さんは頭髪を金色に染め上げて、ブラウスの下に骸骨がデザインされたテーシャツを着るという、なんとも奇抜なセンスの持ち主で、学院でも浮いた存在です。
怖いもの知らずで、視線が合うとバトルを仕掛けようとします。たぶん、前世は土佐犬か某ゲームのトレーナーさんのどちらかだと思います。以前、そんな話をしてみたら頭に拳骨が降ってきたので、もう二度と口には出しませんけど。
「在野さんってそんなに逞しい人でしたっけ?」
確かに、消費期限が切れてしまった東京バナナを有り難そうに味わってはいましたけども。あれは、校内の案内を買って出て下さった学院の先輩に、半ば押しつけられるようにして頂いて困っていたのですが、在野さんは私からの差し入れだと勘違いしたみたいでした。
そういえば、その東京バナナと関係があるのかは、在野さんが豚が如き勢いで(養豚場だけに)全部食べてしまったからわからないのですが、その数時間後に血反吐を吐いていましたっけ。それなのに「平気です、平気です」と言っていましたっけ。私は、私の部屋が入寮数時間で事故物件になるのではないかと冷や冷やしたものですが、どうやら本当に問題がなかったみたいで、その一時間後にはおいしそうに夕ご飯を食べていました。
……あれ? そう思うと確かに、在野さんなら大丈夫なような気がしてきました。いやいや、でも、そもそも消費期限の切れたお菓子を食べただけで、血を吐くっていうのはどうなのでしょう。実は虚弱体質だったのではないでしょうか。私には口から血を吐き出した経験がないからわかりかねますが。
「いや、彼女って不死身だから」
「え、なにそれ凄い」
そんな衝撃の事実をさらりと言ってのけてしまえる石沢さんも凄い。
異能バトル漫画よろしく「能力を知られたからには生かしておくわけにはいかねぇ、ぐへへ」という感じのノリにはならないのですね、私、安心しました。
「脳みそを潰しても死なないんだって」
「なにそれ怖い」
そういうのはB級映画の怪物の領分でしょうに。うら若き乙女が、心を持った人間が、死ねない、という病に罹ったところで、幸せには決して成り得ないでしょうに。
「でも、それなら本当に心配はいりませんね」
そんな感じで、私たちの私たちによる「在野さん失踪事件」に関する閑談は終わります。