フロリーナ・ケーシル
この世界は『二次元の世界』だと気づいたのは妹の誕生がきっかけだったと思う。
『隠し事は恋のスパイス』というネット小説。
知人に薦められて読み始めたら知人以上に嵌まってしまったのはお約束だろう。
ちなみに私に薦めた友人は「王道過ぎて面白味がないな~」と早々に読むのをやめた。
しかし、このネット小説を元に同人ゲーム(PC版)が無料配信されると友人はその同人ゲームの方にどっぷりと嵌っていった。
私はプレイしたことはないけど、それなりに人気があったらしい。
毎日のようにメールやSNSでどのキャラがどうのこうのと熱く語っていた。
お蔭で私もキャラに詳しくなってしまった。
イラストが好みだったので同人ゲームの配信元のサイトのブログは毎日チェックしていた。
イラストレーターが時々らくがきと称してイラストをアップしていたからだ。
夏や冬の祭典でイラスト集や攻略本(イラスト満載)が販売された時は、もはやゲーム版の信者と化していた知人に頼んだら『任せて!で、何冊欲しいの?』と言われ苦笑した覚えがある。
友人は閲覧用x5、保管用x2、布教用x10と複数購入しようとして売り子を驚かせたらしい。
それがきっかけで配信元の管理人(小説の原作者の友人らしい)と仲良くなったと自慢していた。
この世界は私の妹が主人公の世界。
妹、セシル・ケーシルが苦難を乗り越えて玉の輿に乗る世界である。
この世界が『ネット小説版』なのか『同人ゲーム版』なのかはわからない。
ただ、この世界が『二次元の世界』であることは確かである。
世界観も歴史上の人物(設定集に年表があったので覚えていた)もがっちり一致している。
そして、なによりも私の好きな人が実在していた。
エルヴィン・アルフレッド様。
アルフレッド公爵家の次男で騎士を目指している。
将来、アーバルト伯爵の地位を受け継ぎ第一王子の右腕的存在になる方。
アルフレッド公爵領の隣接しているアルテナ侯爵家の令嬢に付きまとわれて近い将来無理やり婚姻を結ばれてしまう方。
アルテナ侯爵家の令嬢ローザ・アルテナは私と同じ金髪に青い瞳を持つ傲慢で我儘で自分勝手な絵にかいたような悪役だ。
ネット小説版ではあまり出番はなかったが、同人ゲーム版ではどのキャラのルートに入っても必ず登場する恋敵だった。
しかし、友人はこのキャラをいたく気に入っており、彼女を主人公とした二次創作など書いていた。
幼い頃王都で行われた建国祭に参加した時、エルヴィン様を初めて見かけ、これは『運命』だと思った。
彼も妹の攻略対象者である可能性はある。
だけど、私は妹よりも彼のことを知っている。
私と同じ年のエルヴィン様。
当然同じ王立学院に通えるものだと信じていた。
しかし、両親が私に通わせたのはケーシル伯爵領内にある学校だった。
貴族も平民も平等に通える普通の学校。
王立学院のように高位貴族や将来有望の者たちを集めた学校ではない。
出席日数さえ既定の数を下回らなければ卒業できる所だった。
私は両親に王都の王立学院に通いたいと訴えたが首を縦に振ってくれなかった。
毎日のように訴えたが両親は頑として首を縦に振らない。
叔父や叔母にも訴えたが誰もが首を横に振った。
皆口を揃えて『お前には王立学院は無理だ』という。
王立学院に通っている従兄にそのことを手紙で愚痴ったら
「親父たちがなぜ反対しているか俺は知っているからいうけど、お前には王立学院は向かない。ケーシル領の学校で大人しく花嫁修業していろ」
と返事が返ってきた。
長期休みに一時的に帰ってきた時にどういうことだと詰め寄ったら
「ちなみに、お前は何のために王立学院に行きたいんだ?」
「え?」
「俺は騎士になるために王立学院の騎士科に入学した。目的があるから親父や伯父さんたちは俺を王都に送り出してくれた。だが、お前は?お前は何のために王立学院に入りたいんだ?」
従兄の言葉に私は即答できなかった。
私が王立学院に行きたいのはあの方に会いたいから。
「まあ、お前が王立学院に入れる方法は一つだけある」
「え?本当!?」
「ああ、淑女科ではなく侍女・女官科なら伯父さんも許可するんじゃないか?」
「侍女・女官科って商家の子たちが入るところじゃ……」
「ああ、基本将来高位貴族の家などに就職することが決まっている人たちがいる科だ」
「冗談じゃないわ!なんで貴族である私が……」
「じゃあ諦めろ。侍女・女官科なら高位貴族との接点もあるし、交流を広げて伯爵家の事業を拡大させることも可能だ。ケーシル伯爵領はお世辞にも豊かとはいえない。3代前の当主がたまたま金山を掘り当てたから裕福に見えるが、ここ数年、金の産出が減っている。他の事業も停滞気味だ。このままでは伯爵家を維持するのも難しくなるだろうな。まあ、うちの親父は好き勝手に商売に手出して手広くやっているから本家が没落しようが生き延びる手段はいくらでもあると常に言っているから危機感が全くない」
たしかに、我がケーシル伯爵領はこれといった目ぼしい名産品はない。
金の発掘も従兄の言う通りここ数年減少傾向にある。
金が発掘される前まで盛んに行われ、王都でも人気があった織物も最近では受注が減ってきている。
農業面では領民が飢えない程度の作物しか収穫できていない。
「……うちはそんなに危ないの?」
「そうだな、お前やセシルが湯水のように金を使わなければあと数代は持っただろうな」
「は?」
「は?ってお前気づいていなかったのか?伯爵家の家計を圧迫し始めたのはお前たちが贅沢をし始めたからだぞ。伯父さんたちが嘆いていたよ。どこで育て方を間違えたのだろうかって」
「ちょっと待ってよ、私やセシルが使っているのは貴族として当たり前の事でしょ?」
「お前、毎月どれくらいの金がお前の物を購入する為に動いているか知っているのか?」
「ううん、だってお父様は何も言わないもの」
私の言葉に従兄は深いため息をついた。
「言わないんじゃなくてお前が聞いていないだけだ」
「え?」
「お前、伯父さんと伯母さんが毎日のように説教しているというのに右から左へと聞き流しているもんな」
伯父さんたちが頭を抱えるのもわかるわ~と呆れたように呟く従兄。
「とにかく、侍女・女官科が嫌なら王立学院は諦めろ。まあ、お前には誰かの下であくせく働くっていうのは無理だろうけどな」
そういうと従兄は友人たちと約束があるからとさっさと王都に戻っていった。
従兄が逃げるように王都に戻ってから数日後。
私は父に頭を下げた。
侍女・女官科へ入って他家との交流を持ち、我が家の役に立ちたいという建前を立てた。
それでも父や母は首を縦に振らなかったが、たまたま遊びに来ていた伯父が
「まあ、侍女・女官科ならいいんじゃないか?あそこならこの子のあの癖もでないだろう」
という後押しがあり、編入試験を受けることを許可された。
編入試験に合格しなかったら大人しく今通っている学校を卒業することを約束させられた。
私は必死に勉強をして見事合格を勝ち取った。
合格通知書を受け取った私は浮かれていた。
王都から迎えに来た従兄が呆れたように
「自分の行動次第でケーシル伯爵家のその後が決まるって自覚が見受けられない」
と父と伯父に言って三人そろってため息をついていたことなど知らなかった。
無事に編入した王立学院は想像していたよりもすごかった。
装飾はもちろん、広大な土地、立ち並ぶ校舎、騎士科の為だけの武術場。
貴族の子息・令嬢がダンスを披露するホールなど見る物がすべてが新鮮だった。
侍女・女官科の授業は正直退屈だった。
私は仕える側ではないのにという気持ちがあったからだ。
しかし、教師たちにそんな態度は見せない。
表向きは真面目な生徒として振る舞った。
教師受けが良いとのちのち高位貴族との繋がりを作ってくれると聞いたからだ。
編入してから2カ月ほどは学院に慣れるために頑張った。
そのご褒美だろうか。
あの方と言葉を交わすことが出来たのだ。
たまたま、教師のお使いで騎士科に出向いた時にほんの少し話せた。
「へえ、伯爵令嬢なのに侍女・女官科にいるのか……下の者の働きを自ら知ろうとするのはいいことだと思うよ」
私が貴族なのに侍女・女官科にいることを不思議に思ったらしいあの方だったが従兄がフォローしてくれた。
従兄よ、あの方とクラスメートということをなぜ教えてくれなかったのだ!
それから従兄に面会という理由をつけて少しずつあの方に近づいていった。
周りからは冷たい視線を感じていたけど気にならなかった。
従兄はあまりいい顔をしなかった。
相手は公爵家。
こちらは伯爵家。
親しくするには周りが黙っていないと遠回しにあの方に近づくことを止められた。
それでもやっと知り合えたのだ。
私は従兄の目を掻い潜ってあの方が行きそうな場所に先回りし、偶然を装って話しかけていった。
周りのお嬢様方からは陰湿ないじめらしきものもあったが、生ぬるい。
お嬢様方からのいじめすら私はあの方を味方にするための道具にした。
ある日、あの方が裏庭で嬉しそうに手紙を読んでいた。
私が今まで見たこともない愛おしげな表情に思わず声を掛けて手紙を読むのを邪魔をした。
それを幾度となく繰り返していたある日、従兄から呼び出された。
「お前、エルヴィン様に何をした」
「なにも?」
首を傾げる私に従兄は額に青筋を立てて怒鳴った。
「荷物をまとめてケーシル領に帰れ!」
「なんでよ!」
「お前、気づいていないのか?お前はエルヴィン様とフィリップ様の逆鱗に触れた」
「逆鱗?」
「ローザ様の事だ」
ああ、そういえば時々会話する時にローザ様の事を話したことがある。
『我儘な幼馴染がいて大変ですね』とか『侯爵令嬢にところ構わず付きまとわれていると伺いましたが…』とか。
傲慢で、我がままで、自分の思い通りに人を動かすために父親の権力を笠にする極悪人ローザ・アルテナ。
「お前は一度でもローザ様をお見かけしたことがあるのか?お話されたことはあるのか?」
「…………」
あるわけない。
私が知っているのは『二次元のローザ・アルテナ』だ。
現実のローザ・アルテナがどんな人物か実際は知らない。
「ローザ様は生まれてから一度も王都に来られたことはないし、社交界デビューをされていないから公の場に姿を現したこともない」
「え?」
「そもそも、お前はどうやってローザ様の容姿などを知ったんだ?王家・公爵・侯爵家の令嬢は学院に入学されるまで年齢以外はごく限られた者にしか知られていない。口外することも禁止されている。令嬢たちは学院入学まで各領地で極秘にお育ちになるんだ」
なにそれ。
そんなの知らない。
設定集にもそんなこと書いてなった。
「お前が、得意げに話していたローザ様の悪行。本当にローザ様が行ったことなのか?もし、お前が言っていることが真実ならば、ローザ様は半年前、国王陛下より賜った王妃様の外遊の補佐という仕事を放棄して王都で遊んでいるという事になる。しかし、各国からはローザ様に対する賛辞と婚姻の申し込みがひっきりなしに届いている。この矛盾、お前はどう説明するんだ?外遊に出ていらっしゃる方が偽物だとでもいうのか?」
従兄の言葉に私はただ俯くだけだった。
「……ケーシル一族全員が覚悟を決めなきゃいけないな」
何も答えない私に従兄はため息をついて、それ以上私から話を聞き出そうとはしなかった。
従兄からの呼び出しから一月後。
卒業式まであと一カ月というある日、父から呼び出しがあり、王都にあるケーシル邸に赴いた。
「フロリーナ、お前の結婚が決まったよ」
「え?」
「畏れ多くも、国王陛下の紹介だ」
国王陛下のお声掛けという言葉に私はもしかしたら……と胸を躍らせたが次の瞬間冷水を浴びせられた。
「お前のお相手は北方にある国の宰相殿のご子息だ。卒業式が終わり次第出立してもらう。荷物はもうまとめてある」
淡々と告げる父に私は何を言われているのか理解できていない。
理解することなく卒業式後、私は見知らぬ男の元に嫁がされた。
両親は私が北方の国の重役に元に嫁いだという事で爵位はそのまま。
特に表立ったお咎めはなかったという。
「貴女は本当に愚かだね」
旦那様となった人に毎日のように囁かれる言葉。
「エルヴィン・アルフレッドとローザ・アルテナのことは諸外国では有名ですよ。相思相愛なのに国のために愛する者を諦める姫君と何としても我が物にしたいと試練を受け続ける騎士の話は……まあ、貴女の祖国では姫君のことはある一定期間まで内密にする決まりがありますから知らなかったかもしれませんけどね」
「…………」
「でもね、貴女以外は気づいていたんですよ。エルヴィン・アルフレッドが誰に思いを寄せ、努力していたかを……」
「…………」
「おや、もう聞き飽きてしまいましたか?それでは新しい情報を……」
くすくすと笑う旦那様に私は顔だけを向ける。
この人に嫁してから私は自分がどのように生活しているのかわからない。
ただ、日が昇ると目が覚め、日が沈むと旦那様に抱かれていつの間にか寝る日々。
旦那様が仕事中の昼間、自分がどんなことをしているのかも覚えていない。
「貴女の妹は国立修道院に生涯幽閉となりましたよ」
「え?」
「貴女の妹は貴女以上に愚かだった。既婚者であるエルヴィン殿に懸想して彼の愛妻を殺そうとしたのだからね。処刑にならなかったのが不思議だと皆言っているよ」
くすくすと笑うのをやめない旦那様。
「妹が生涯幽閉と聞いても貴女は表情を変えないのですね。まるで人形のようだ」
私の頬を撫でながら笑みを絶やさない旦那様。
「まあ、私は貴女の容姿にしか興味はありませんから感情など無くしたままでいいですよ。そうすれば貴女はずっと私の傍にいることが出来ますからね」
私の髪を一房救うと軽くキスをする旦那様。
「貴女は何も考えなくていい。ただ、私のものであれば……その瞳に私だけを写してくれていれば……」
「ああ、そういえばエルヴィン殿宛に以前送った手紙。読まれることなく燃えカスとなったそうですよ」
彼がローザと婚姻するという話を旦那様経由で知った時。
旦那様に言われるがままお祝いの言葉だけを綴った手紙。
それすら、彼は目にせず処分したと今になって知る。
私はどこかで道を間違えた。
この世界は『二次元の世界』だと思い込んでいた。
彼らをキャラクターとしてしか見ていたのかもしれない。
彼らがキャラクターなら私もまたキャラクター。
でも、私には感情があった。
そして彼らにも……
『前世』の記憶さえなければ……
私はまた違った人生を歩めたのだろうか……
神経ゴリゴリ削ってくれたキャラ第2弾。
もう二度とこういうキャラは書きたくない…orz




