エルヴィン・アーバルト
ブックマーク500件越え!
思わず自分の目を疑いました。
100件超えるのもすごいことだと思っているので……σ(^_^;)
本当に、ありがとうございます。
僕が彼女に初めて会ったのは、彼女がまだ赤ん坊の頃。
僕の両親と彼女の両親は父親が幼馴染、母親も学院時代からの友人同士。
そして、領地が隣りあわせという幸運な条件が揃っていたから。
ああ、あと同じ年の子(僕と彼女にとっては兄)がいるという事も交友を深めるのに一役買っていたのだろう。
まだ赤ん坊だった彼女を初めて腕に抱いた時、
「絵本で見た天使さまみたい」
と呟いて両親たちに微笑ましいと言われたのを覚えている。
そのあとすぐに彼女の兄であるフィリップは
「そうだろう~ローザは天使みたいにかわいいだろ~!」
と嬉しそうに早くもシスコンぶりを披露していた。
年を追うごとにどんどんシスコンがひどくなっていくが、却ってそれが害虫排除に役立っていたからシスコンも悪くはない。
僕が彼女に『妹』以上の感情を抱くようになったのは彼女の5歳の誕生日パーティーの時だった。
僕の手を握り締めて一生懸命ダンスをして『エルお兄ちゃま、ローザうまく踊れた?』とかわいい笑顔で言われた瞬間キューピットの矢が胸に突き刺さったんだ。
フィリップが可愛がる気持ちは薄々わかっていたが、僕はこの時見た笑顔に完全に落ちていた。
この笑顔をずっとそばで見ていたい。守りたい。自分一人が独占したい。
そんな気持ちを両親に話すと大喜びされた。
ローザの両親も喜んでくれたが次の瞬間表情を曇らせていた。
ローザは数少ない王家の血を引く女の子だからだ。
王家には王子しかいない。
王家の血を引く女の子は公爵家・侯爵家にもローザを含めて5人いるかいないか。
周囲を多数の国に囲まれている我が国は国土はさほど広くもないし武力も強いとは言い難い。
今まで、『血の盟約』と呼ばれる婚姻で周辺国と渡り合ってきている。
昔からの流れで王家・公爵家・侯爵家の女は外交カードとして極秘に教育され使われてきた。
もちろん、国内の貴族に嫁した人もいるが、8割の者が国外に嫁いでいた。
ローザも例外なく外交カードとしての教育を始められている。
僕は両親とローザの両親にどうすればローザを自分のモノにできるのかと相談したら国王陛下からとある提案が出された。
僕の父と国王陛下は兄弟で、父は王弟であるが、学院を卒業したらさっさと臣下に降って、断絶していた公爵家の名を受け継ぐと子爵家出身の母を誰にも文句を言わせずに迎え入れたそうだ。
提案というのは、国王陛下は僕が貴族の子供が必ず通わなければならない学院を卒業するまでに両親・ローザの両親・国王陛下が課す課題をすべてクリアでき、ローザもまた僕のことを好きになり婚姻を望むのなら婚姻を認めるというものだ。
僕は即座にそれを受け入れた。
僕の返答は正式な宣誓となり、その日から僕の修行の日々が始まった。
途中くじけそうになったことがないとは言わない。
そのたびに、ローザの笑顔を思い出して乗り越えてきた。
学院に入る前はフィリップに負けないほどローザを可愛がった。
僕にとってローザは大切な子だという気持ちを込めて。
両親たちは微笑ましいわね~とほほ笑みながらも僕に次々と課題を突き付けてきた。
もちろん、全部突破してきた。
学院に通っている5年間(14歳~18歳の間)は特別な行事(誕生日や国立記念日など)以外ローザへの接近、接触を禁止されるという過酷な日々を過ごしていた。
ただ、手紙のやり取りだけは禁止されなかったが、文面にローザへの想いを綴ることだけは禁止された。
ローザに渡される前にアルテナ侯爵夫妻が検閲するという徹底ぶりだった。
ローザからの手紙は大切に大切に自分の部屋に隠して保管してある。
ローザに会えない分、彼女からの手紙を読む時間だけが僕にとって癒しの時間だった。
あと、フィリップから聞き出す近況報告も。
だが、そんな僕の大切な癒しの時間を壊してくれた奴がいる。
ローザから手紙が届いて浮かれていた僕は近づいてきていたフロリーナ・ケーシル伯爵令嬢に気づかなかった。
人気の少ない場所でローザの手紙を読んでいた時、不躾に声を掛けてきたあいつ。
それまで一度も言葉を交わしたこともないのに、馴れ馴れしく僕の名前を呼ぶ。
いくら学院内では身分はないモノとするといわれても必要最低限のルールは守ることが暗黙の了解で代々受け継がれてきているのは貴族だけではなく平民にも知れ渡っていることだ。
学院は社会の縮図とも言われているから。
僕は徹底的に無視を決め込んだが、あいつはしつこかった。
僕が冷たくあしらってもめげないのはある意味称賛するけど、あいつは僕の逆鱗に触れた。
僕のローザを貶める数々の発言にぶちっと何かが切れた。
あまりのしつこさと、第一王子であり父方の従兄でもあるチャールズにも馴れ馴れしいと苦情が出ていたのでフィリップに相談した。
策略に関してはフィリップの右に出る者はいないからな。
将来は父親の跡を継いで副宰相になって裏から国を操ってやる~!と幼い頃に言っていたが、冗談じゃなくなりそうだ。
フィリップは自分には被害がないからと遠巻きに僕たちのことを見ていたが、僕やチャールズが聞かされたローザに関する話を全部話すと顔を真っ赤にさせて(ものすごく切れ味が素晴らしい)愛剣を手にすぐにでもあいつを殺しに行きそうだった。
フィリップは外見はひ弱そうな文官タイプに見られがちだが、騎士相手に武術大会で勝利したこともある人物でもある。
将来文武どちらに進んでもいいようにという親の教育のたまものだろう。
フィリップを味方に取り込んでからはこちらの思うとおりに事は進んだが、僕の精神はかなりすり減っていた。
それも僕たちの卒業とともに終わり、ほっとしていた。
あいつは父親であるケーシル伯爵が決めた一年の半分を雪で覆われた北方の国の宰相の息子に嫁していった。
密かに社交界で囁かれていた不愉快なあいつと僕の噂は速攻消して回った。
チャールズとフィリップにも協力してもらい、ひと月足らずで噂はすべて沈静化した。
と、同時に僕がアルテナ侯爵令嬢に熱烈なラブコールを送っているという噂を流した。
うん、これはウソじゃないからね。
ローザの父親であるアルテナ侯爵に求婚の許可を求めたら
「はぁ?何言っている。ローザが学院を卒業するまで婚約などさせん。ローザが学院を卒業するまでみっちり鍛えてやる」
そういわれて、近衛騎士の仕事と並行して副宰相の仕事も手伝わされた。
これも課題の一つだと言われたら文句も出ない。
むしろ、喜んで!と仕事を手伝ったほどだ。
最後の壁だったローザの父親もローザが学院を卒業する1年前に結婚の許可を出してくれた。
すぐにローザに求婚したかったがフィリップからいきなり求婚したらローザが困るだろうから、ローザが卒業するまでに少しずつ関係を深めろといわれて、1年掛けてローザとの親交を深めた。
ローザの卒業式の数日前。
僕は父が持っている別邸(いずれ僕が受け継ぐアーバルト邸)にローザ(と付添としてフィリップ)を招待した。
別邸の庭には僕が小さい頃から品種改良をして育てているローザのためのミニバラの庭園がある。
僕はそこでローザに求婚した。
嬉しそうにほほ笑みながらも戸惑いを見せるローザ。
両親に相談してから返事をするといわれた。
僕は許可が下りていることをあえてローザには黙っていた。
ローザから父親に最終通告(?)をしてもらいたかったという思惑がなくもない。
結婚の許可を出しながらもグチグチと言ってくる副宰相殿を黙らしてもらいたかったんだよね。
ローザから言われればあの副宰相殿も頷くしかないことは目に見えてわかっているから。
フィリップ同様、副宰相殿もローザに激しく甘いから。
求婚から一年後。
僕は念願かなってローザを妻に迎えることが出来る。
この国の仕来りで花婿は結婚式前日の午後、花嫁の屋敷を訪れ『娘さんを頂きます』と挨拶することが義務付けられている。
仕来りにのっとってローザの両親に挨拶をした後、自分の屋敷に帰ろうとしたときフィリップに声を掛けられた。
「結婚おめでとう。お前が義弟か……」
「見ず知らずの外国の男よりかはマシだろ?」
「まあな、ローザをよろしくな」
「ああ、こちらこそよろしく」
どちらからともなく笑みがこぼれた。
「そういえば、フロリーナ・ケーシルから手紙が来たんだって?」
「ああ、今朝届いていた」
「まだ、お前のことが忘れられないって?」
「さあね。中身を見ずに捨てたから。僕にとっては彼女は、ローザの身代わり……ローザの存在を隠すために利用した隠れ蓑なのにな。なにがローザより自分の方があなたに相応しいだ。容姿も教養も何もかもローザの足元にも及んでいないっていうのに!全く図々しい。嫌々ながらも相手していただけなのに今の今まで気づいていないようだ」
当時のことを思い出し、怒りが噴き出す。
「どうどう、落ち着け。嫌な過去のことは忘れろ。明日からのことを思い描け」
苦笑するフィリップに宥められて、僕はその日屋敷を後にした。
この時の会話がローザにあらぬ誤解を与えていたと知ったのは数か月後。
ローザが初めての子を妊娠して実家に戻った時だった。
その頃、僕とフィリップは再び悪夢に襲われていた。
あのフロリーナ・ケーシルの妹だとかいうセシル・ケーシルがところ構わず話しかけてくる。
周りからは冷たい視線が送られ、何度誤解だと言いまわったことか。
しかも、僕とローザの大切な思い出の場所に主の許可なく無断で侵入してきた時は有無を言わさず衛兵に突出した。
ケーシル伯爵は土下座しながら謝罪してきたが、当の本人に全くの反省が見られなかった。
屋敷の門番や私兵たちが屋敷内外を隈なく巡回していたのにどこから入ったのかわからないというから侮れない人物だ。
最悪なことにこの時、ローザが一時的に帰ってきていて一部始終見ていたという。
庭師のジャンから『奥様からあのお庭を処分するように言われたのですが……』と相談を受けて、庭はそのまま保存しておくよう指示した。
ただし、あの女が触れた部分は徹底的に処分・消毒することだけは伝えた。
その代わりに、処分した部分は別の花を植えるようにも指示した。
ローザとはすれ違いの日々が続いた。
アルテナ侯爵邸に足を運んでも、仕事で午前様の日々に起きているローザに会えず寝ているローザに軽く口づけする日々。
朝も早くから呼び出され、休みはあってないものだった。
団長に文句を言うも騎士団全員が同じ状況だと逆に嘆かれた。
もともと騎士団は少数精鋭で組織としては人数が少なく、基本、独身者の集まりだ。
結婚している方が珍しい部署である。(結婚後、軍に移籍する者が多いから)
騎士団の主な仕事は王城の警備責任(部下には軍の人たちが就く)と王族の護衛なので平時は少数でも回せている。
騎士団に入れるのは文武ともに優れており、さらに見目麗しい者という意味不明な入団基準がある。
僕は入団後に知って即座に軍(騎士団の下の組織)への移動願いを出したが却下された。
そういえば、団長の奥さんは恐妻家で有名だったなと同僚と肩を叩きねぎらいあう日々が続いた。
「騎士の位を返上して田舎でローザと子供と静かに暮らしたい」
事実とは異なる噂が蔓延し、辟易している僕にフィリップも義父も冗談だと思っていたらしいが僕が本気だとわかるとチャールズと手を組んであの手この手で引き止めてくる。
チャールズの結婚式は貴族の出席が義務付けられているがローザは免除された。
日に日に大きくなるお腹と普段よりも青白い顔にチャールズの妃・サリー様が王妃様に相談して免除されたのだ。
お礼を言うと『早く問題児を片付け、ローザを安心させろ』と怒鳴られた。
僕はフィリップたちに協力してもらい、仕事と並行して問題児退治に走り回った。
その間に、ローザは可愛い僕に似た男の子を出産した。
早くこの腕に抱きたいのだが、両親たちから問題解決までお預けを食らった。
なんで!?
僕の子なのに!?
ローザにも会わせてもくれない……。
眠っているローザにしか会えない日々が続いた。
ある日、ローザがサリー様に招待された王宮でのお茶会に参加していると聞き、上司の許可を貰って会いに行った。
しかしそこで、僕はケーシル伯爵令嬢の罠にまんまと嵌ってしまいローザに大けがをさせてしまった。
騎士として紳士として叩き込まれた癖がこの時ほど憎いと思ったことはない。
自分の方に倒れてくる人物をとっさに支える行動をしてしまったのだ。
その場面を見てしまったローザが顔を真っ青にさせて逃げていくのを茫然と見ていた僕にフィリップが怒鳴りすぐに我に返って追いかけた。
あと少しで手が届くという時に、ローザが階段手前の小さな段差に躓き、落ちた。
階段から落ち、頭から血が流れているローザを見た瞬間、恐怖が僕を襲った。
僕の世界からローザが消える。
ローザがいなくなる。
そう考えただけで体が震え、頭がうまく回らない。
「エルヴィン!しっかりしろ!」
フィリップに殴られて我に返った僕にサリー様は厳しい視線を向けてきた。
「エルヴィン・アーバルト伯爵。早くローザを部屋へここでは治療ができません」
医師たちが困惑の表情を浮かべて僕を見ていた。
僕はそっとローザを抱き上げて医師が指示する部屋に彼女を運び込んだ。
治療の間、僕は部屋から追い出され隣の部屋に押し込まれた。
「エルヴィン・アーバルト伯爵。今、社交界で流れているあなたの噂は聞いています」
促されてソファに腰を下ろすと厳しい表情のサリー様に話しかけられた。
「その噂の出所を調査したところ、一人の人物に行き当たりました」
侍女が紙の束を僕とサリー様の間の机に置いた。
「セシル・ケーシル伯爵令嬢。彼女が噂の元です」
紙の束の表紙には『調査報告書』と書かれていた。
サリー様とチャールズが非公式に調査していたらしい。
「なぜ、セシル・ケーシル伯爵令嬢があなたに構うのかは調査した結果、詳しいことはわかりませんでした。しかし、彼女がローザを貶める噂を故意に流していたことは突き止めました。この『報告書』をどのように使うかはあなたに委ねます」
「なぜそこまで……」
「ローザは私の大切な友人です」
厳しい表情を解き、心配そうな表情を浮かべるサリー様。
「ローザは自分が『外交カード』だからと自分の気持ちを……あなたへの想いをいつも押し込めていました。でも、あなたから求婚され、国からも許可が下りたと嬉しそうな手紙が届いた時、私はあの子も幸せな結婚ができると信じていました。しかし、結婚後、あの子から届く手紙には悲しみに溢れていました」
じっと僕を見つめるサリー様。
「あなたも、ローザの兄であるフィリップ様もなぜ、ローザに打ち明けなかったのですか?」
「え?」
「あなた方はローザに『王家からのお願い』のことを隠していましたよね?」
にっこりとほほ笑みながらも逆らえない雰囲気を出すサリー様。
「『殿下に近づく害ある令嬢を排除するよう命令を受けている。いろいろ噂が流れるだろうけど自分を信じて欲しい』これだけ言えばローザの不安も少しは減ったかもしれないのに……」
小さくため息をこぼすサリー様に僕は何も言えなかった。
確かに僕もフィリップもローザに何も言っていない。
ローザならきっと信じてくれているとどこかで慢心していたんだろう。
「ローザも自分から聞くということが出来れば少しは違ったかもしれませんね。諸外国の古狸たち相手にはおくびにも出さず渡り合っていたというのに……貴方相手だと勝手が違うようね」
「いえ、ローザに心配させまいと秘密裏に処理しようとしたのが私の方が間違いでした」
膝の上に置いておいた手を握り、僕は決心した。
「サリー様、ありがとうございます」
「え?」
「ローザが目を覚ましたらすべて彼女に話します」
「そうね、まずはそこから始めましょう。微力ながら私も協力しますわ」
「ありがとうございます」
「ふふ、でもローザは頑固よ?簡単には信じてもらえないかもしれないわね」
「覚悟の上です」
「そう、ではローザが目を覚ましたらすぐに連絡を頂戴。それまであなたには特別休暇を与えるようにチャールズ様にお願いしておくわ。言っておきますが、すべてはローザの為ですからね」
「はい」
サリー様は満足げに頷くと侍女と共に部屋を退出した。
それと入れ替わりに医師からローザの状況を説明したいから来てほしいという連絡が入りすぐに隣の部屋に駆け込んだ。
「ローザ様の傷はさほど深くはありませんが、意識が戻らないことにははっきりとは申し上げられません」
「目覚める見込みは?」
「いつ目覚めるのか正直わかりません」
頭を横に振る医師にローザの傍にいていいかと許可を取るとぜひそうしてあげてくださいと言われた。
僕が呼びかければもしかしたら目覚めるかもしれないと。
「それから、可能でしたらお子様も……」
「レオンを?」
「はい」
「わかりました。母に連れてきてもらうように頼みます」
その後、医師は看護師を二人残して職場に戻っていった。
僕がアルテナ家にレオンを連れてきてほしい旨の手紙を書こうとしたときフィリップが僕の子を連れてきた。
フィリップの後ろには両親たちもいた。
バキッ
いきなり母に殴られた。
叩くじゃない。
拳で抉るように殴られた。
「ジュリア、何も殴ることないじゃない」
呆れたように呟いたのはローザの母親であるアメリアさん。
「いいえ、このバカ息子は私たちに誓ったことを破ったのよ!一発じゃ気が済まないわ。あと数発殴らせて!」
「まあまあ、ジュリア落ち着いて」
母を抑えている父は笑みを浮かべていながらも瞳が笑っていない。
父も母同様怒っていることがヒシヒシと伝わってくる。
「エルヴィン君、ローザの様子は?」
静かにローザが眠るベッドの傍らに腰掛け、ローザの頬を撫でるローザの父・マルセルさん。
「命に別状はないそうですが、意識が戻らないことには……」
「後遺症の心配は?」
「それも目覚めないことには何とも言えないと……すみません」
頭を下げる僕にマルセルさんは頭を横に振った。
「君だけが謝る必要はない。ローザが君と話すという事を疎かにした結果だから」
「しかし……」
「君はローザに心配を掛けまいと秘密裏にあの者を処分しようとしていた」
「…………」
「学院時代のようには上手くいかず、時間だけが無駄に過ぎてしまったようだけどね」
クスリと笑うマルセルさんに僕は俯くことしかできなかった。
「大丈夫、ローザは帰ってくるよ。君とレオンの元に」
ポンポンと肩を叩かれ顔を上げるように言われた。
顔を上げると穏やかな笑みを浮かべながらマルセルさんは力強く告げた。
「今のローザは自分に自信がなくて殻に籠っているんだ。きっと君の呼びかけに応えるから諦めないでほしい」
「お義父さん」
「ダミアン、ここはエルヴィン君に任せるよ」
ローザの傍らから立ち上がり、父の方を見るマルセルさん。
「いいのか?マルセル」
「ああ、僕の『夢見』が正しければローザは数日後には目覚める。その間に僕たちがやるべきことをやろう」
「『夢見』って……見えたのか?」
「うーん、実はローザとエルヴィン君を会わせた時に見て知っていたんだよね。エルヴィン君の妻になることも、階段から落ちて怪我することも……」
マルセルさんの言葉に全員の視線が彼に集中した。
「僕が持つ『夢見』はひどく朧げでね。神殿に仕えるほどの力はないから文官職であくせくしていたら先王陛下と宰相殿から副宰相にって強制的に任命されて現在に至っているんだけどね、なぜかローザに関する『夢見』だけははっきりと見えるんだ」
淡々と語るマルセルさん。
『夢見』は未来の出来事を夢で見ることが出来る人たちの能力の事を言う。
その者たちは『預言者』として神殿で保護されていると聞く。
公には隠されている事なので知っている人は少ない。
「大丈夫、ローザはちゃんと目覚める。君が呼び続けてくれればね」
僕の肩を軽くたたいてマルセルさんは部屋を出ていった。
父たちは顔を見合わせた後、大きなため息を吐いて
「マルセルが言うのなら大丈夫だろう。俺達も俺たちのやるべきことをするか」
「そうね、エルヴィン。いいこと、ローザちゃんが目を覚ましたらすぐに連絡を寄越すのよ!たとえ夜中だろうと必ず知らせるのよ!」
「エルヴィン君、ローザの事お願いね」
三人はそれだけ言うと早々に部屋を出ていった。
部屋に残ったのは僕とフィリップとレオンとローザ。
「なあ、フィリップ」
ローザの手を握り締めながら僕は笑みを浮かべる。
「僕は無力なんだね。好きな女ひとり護れない」
「エルヴィン?」
「大切な、僕の命よりも大切なローザを傷つけてばかりいる」
「しかし、それは……」
「『殿下たちに近づく害のある人物をすべて排除するため』という命令を受けているから?でもそれは僕でなくてもいいはずだった」
フィリップに視線を向けると驚いたような表情を浮かべている。
「なぜ、僕なんだ?なあ、フィリップ。なぜ僕ばかりこんな役回りを?」
「エルヴィン……」
「僕ね、ローザがこのまま目覚めなかったら自分がどうなるかわからないんだ」
「…………」
ローザの手を握り締めた手に額を押し当てる。
僕の想いがローザに伝わるように。
どれだけ僕が君を愛しているか。
早くその青空のように光り輝く瞳で僕を見つめて欲しいと祈りを込める。
「……僕にはローザだけなんだ。やっと、やっと一緒になれたのに……子供も生まれてこれからどんどん楽しい思い出を重ねていくはずなのに……なんでこんなことになっちゃったんだろう」
僕の言葉にフィリップの言葉はなかった。
フィリップからレオンを受け取る。
生まれてから数か月。
やっと腕に抱くことが出来たわが子。
ずっしりと腕にかかる重さに思わず涙が出そうになる。
フィリップはそのままふらりと部屋を出ていった。
レオンを腕に抱き、ローザの枕元に腰掛け、頬に手を当てる。
「ねえ、ローザ。起きて僕の話を聞いて」
手を当てている頬は温かい。
「どんなことからも君を守るってあの庭で誓ったのに。君を傷つけさせたくなかったから秘密裏に処理しようとしてちゃんと話さなかったから君は傷ついてしまった。どんなに謝っても許されることじゃないのは分かっている」
ぽつりとローザの頬に雫が落ちる。
「お願いだ。僕とレオンを……僕を置いて逝かないで」
ローザが意識を失って数日後。
アルテナ侯爵家、アルフレッド公爵家、アーバルト伯爵家のみに生けられているバラが一斉に咲いたらしい。
庭師のジャンが小さなブーケにした物を母から受け取った。
ローザのことを思いながら品種改良し、一年中咲くようになった特別なミニバラ。
ローザの誕生日には毎年小さなブーケを僕自身がジャンに教わりながら作って贈った。
プロポーズの時もこのミニバラをブーケにして求婚した。
結婚式の時もローザの髪に咲き誇っていたミニバラ。
僕とローザがすれ違っていた時はどんなに手を加えても咲かなったミニバラ。
そのバラが一斉に咲き誇ったという。
「ローザ、見て。君のバラが咲いたよ」
ブーケを片手に眠っているローザを抱き起すと、かすかに瞼が震えた。
「ローザ?」
声を掛けると震えは大きくなり、徐々に青い瞳が開いていく。
「エル…さ…ま?」
焦点が合っていないのかぼうっとしているローザ。
「ローザ」
囁くように彼女の耳元で名前を呼ぶとローザの瞳から涙が一筋流れた。
「ゆ…め、ですの?」
震える声に僕は横に頭を振る。
「夢じゃないよ」
ローザの頬に手を当て涙の後を拭う。
「夢じゃない。僕は……」
「エル様?」
ギュッと抱きしめると苦しいと呻くローザ。
抱きしめる腕を緩めてローザの顔を見ると新たな涙が浮かんでいた。
「ごめん。君を守るって約束したのに……」
謝る僕にローザは頭を横に振った。
「いいえ、いいえ。エル様が悪いんじゃないんです。私が……私に勇気がなかったから……逃げていたから……」
「逃げる?」
「エル様と会えない日々と心無い噂に惑わされて、エル様にお話を聞く勇気がなかったんです。もし、噂が本当だと……」
「それは絶対にないから!僕にはローザだけだから!」
慌てる僕にローザは小さく笑みを浮かべた。
「私たちは言葉が足りなかったと今は思っています」
「ああ、そうだね。僕もそう思うよ」
顔を見合わせるとどちらからともなく笑みが浮かんだ。
「でも、じっくり話すのはローザが元気になってからにしようね」
「……はい」
「レオンも早くローザに抱いてほしいみたいだしね」
ローザが寝ていたベッドの隣に設置したベビーベッドに寝かせていたレオンがじーっとこちらを見つめていた。
あまり泣くことがないことに少々不安もあるけど、かわいい僕とローザの子。
「遅くなってしまったけど、僕の子を産んでくれてありがとう」
ローザの頬にキスを贈ると笑顔を浮かべるローザに暫し見惚れていたのは内緒である。
その後、ローザが目覚めたことを知らせるのを忘れて、数時間後、医師経由で知らされたサリー様と両親たちにこっぴどく怒られたのは余談である。
ローザに与えた誤解をすべて解いたのはそれから数日後のことだった。
レオンを腕に抱き、想い出のあの場所でもう一度ローザに求婚した。
この身が朽ちるともローザ以外を愛することはない。
もう二度とローザを傷つけるようなことはしない。
だから……
ずっと僕の傍にいて欲しい……と。
「もう、お互いに隠し事はなしにしましょうね」
というローザの言葉と笑顔でやっと僕たちは幸せな穏やかな生活を送ることが出来るようになったのだった。
【余談】
フィリップが集めまとめた『被害届』に、サリー様から預かった『報告書』を添えて国に提出した数日後、セシル・ケーシルの処分が決定した。
国立修道院(ものすごく戒律が厳しいところ)にて生涯幽閉。
セシル・ケーシルはこの決定に不服を申し立てたが、却下された。
ケーシル伯爵夫妻は娘達の教育が行き届かず申し訳ないと陛下や僕たちに頭を下げた。
伯爵夫妻も並々ならぬ努力をしていたことは国の調査機関(国王直轄組織)で明らかになった。
彼らの娘たちは『私がこの世界の中心なの。私の思うとおりに事が進むのよ』という言葉を繰り返すばかりで親の言うことを、周りの人達のいう事を信じなかったという。
学院に通えば少しは現実が見えるかと思ったが逆効果にしかならなかったと心底後悔してるようだった。
下の娘が修道院に入ったら、長女がいる北方の国へ赴くという。
そこで平民として暮らしていくと。
彼らの決断に僕たちは何も言わなかった。
ただ『お体を大切に』という言葉のみ贈った。
その後、彼がどうなったかは伝わってきていない。
無駄に長い……こいつの暴走止められなかった自分に喝!
そして例のごとく『ご都合主義万歳!』なお話です。
各視点ごとなのでそのキャラが知っている事知らない事が多々あります。
よって、『あのキャラ視点では○○がこうなったのに、別キャラ視点だと××になっている!?』という状況が発生します(意図的にしているのでご勘弁を)
真実は第5話(マルセル・アルテナ視点)にて!←自ら自分の首を絞めている作者(笑)




