迷子の母
母は昔っから、方向音痴でした。
どこへ行っても、一人にすると反対側に向かうし、子供の頃なんか特にひどくて、いつもと同じ道である筈の学校に向かう途中、全然違う所へ行って、警察にお世話になっていたという。
だから、母は私がいないと、全然だめだった。買い物はいつも私を連れて行く。いや、むしろ絶対に着いて行った。この前、めんどくさいと思って行かなかったら、母は三日間くらい帰ってこなかった。わたしのその三日間、とても後悔した。どうして私は付いていかなかったのだろう。私がちゃんとついて行っていれば! って。
でも、そんな母と別れる日が来てしまった。
離婚である。
勿論、私は母について行くつもりだった。
車を運転させれば、隣の地方を超える母を、放っておこうと思う方が、私から見たらどうかしている。
でも訳があって父について行ってしまった。
本当に、辛い思いをした。
でも、本当に訳があって、当時の私からしたら、迷子の母よりも重い事情によって、別れてしまう事になった。
本当に、辛かった。
だって、あの母が今、何をやっているのかがわからない。
それは私にとって、とてもとても恐ろしい事だ。
可愛いハムスターや猫とかのペットが、今何をしているのか解らない、何てレベルの話ではない。もしかしたら、私が目を離したあの日から一生、母は迷子を続けているのではないかと、夢に出るほど私は不安だった。悪夢に出るほどの不安だった。
そして時は経って。
私もとっくに成人して、言い年頃になった時、久しぶりに母に会った。
老けてしまったが、私にはわかる。ずっと母を思い続けていた私にはわかる。これは母だ。
そして母も私だと気付き、声をかけた。
「久しぶりねぇ。あれ? なんか予想より老けているわね。まぁいいわ。とりあえず、今迷子中なの。ねぇ奈々子ちゃん、お家に案内してくれないかな?」
久しぶりに自分の名前を呼ばれて、歓喜に浸る暇も無く、私は悲嘆した。
ああ、久しぶりに会って、久しぶりに親孝行できると思ったのに。
「お母さん、ここは三途の川だよ。ちゃんと、閻魔さまの所へ行こうね」