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007 固体魔力とその衝撃

前回のあらすじ

 Q 4WDに進化したのは良いんですけど、効率良く魔力密度を上げるにはどうしたら良いんですか?

 A 冷やせば良いと思います

「ギャう……ギャひー!」

「良いぞ……よっしゃ!」


 体外に放出した魔力が冷却されていくにつれ、色付き始める。その色は淡い桜のようだ。

 実験五日目。朝のお乳と幸せな感触を頂いた俺は、母上様が居なくなったのを確認した途端、昨日の実験の続きを始めた。

 体内で魔力の密度を上げる実験は、3倍程度までが限界と判断せざるをえない。それ以上の密度にすると、現時点の俺では気持ちが悪くなってしまう。

 なので、今日は最初から体外で魔力の密度を上げていた。

 するとどうだろう、以前の3倍どころか、4倍5倍と密度を上げていくではないか。そして現在、とうとう色が付き始めたのである。


「うぅ……ギャギャー。うギャひー!」

(この色……あらやだ、タイが曲がっていてよ。私、乙女になった気分!)


 お気に入りだったアニメの背景よろしく、魔力の漂う空間がどんどんおピンクに染まっていく。獣さん(俺)も大喜びである。

 その上、冷却に使う魔力はやはりあるものの、圧縮より格段に少ない。ロスも同様に小さくなっており、コストの面から全く違うのだ。

 今は冷却している魔力の量が少ないというのもあるだろうが、この分なら多少魔力の量を増やそうと、俺の魔力量でもなんとかなるだろう。まさに低燃費系でビュンビュン系と言える。そんな頑張っている俺には、是非とも大胸筋矯正サポーターを進呈して頂きたい。美しいお姉さま限定でお願いします。

 明らかな進展を見せた実験に、俺は嬉々としてさらなる魔力を注ぎ込んでいく。

 10分程経過した頃には、色づき始めた時の体積から5分の1程度になっていた。

 色は真紅になっており、血液を彷彿とさせる。


「ぬぅうギャー……」

(もしかすると……)


 あくまで推論でしかないが、面白い事が出来るのではないかと考えた。

 もし成功すれば、本当に魔法以外での魔力の安定化が図れるかもしれない。


「ぶぅう……むうぅぅうう」


 情けない鳴声だが、4WDも真剣である。本当は声を出しているつもりはないのだが、この4WDは相変わらず駆動音が激しいようだ。

 さらに冷却……既に粒子の振動が小さくなっていく程度ではなく、完全に停止したイメージを送っている。

 先程の体積から半分程度まで密度を増した。次第に真紅の魔力に黒い斑点が混じりだす。

 更なる高密度へ。

 既に真紅とは言い難く、赤黒いといった表現が近い。

 そして、その禍々しい色にさらなる停止のイメージを込めた時にそれは起こった。

 キィンという乾いた音を立てて、完全な固体になったのだ。

 色は透き通った桜色であり、不思議な輝きを放っている。


「ギャう、うぅう……?」

(あれ、液体は……?)


 どうやら魔力は気体から液体を経ずに固体となってしまうらしい。二酸化炭素がドライアイスになる様に、まさかの昇華を起こしたのである。

 とにかく、これで実験は成功だ。

 予想していた通りの結果となった。魔力は冷却によって固体にする事ができるのだ。

 元になった魔力からサイズはかなり縮んでおり、小さな金平糖程度の大きさしかない。だが、やはり俺の推論は間違っていなかった。


「ぶうぅう、ほギャギャギャ?」

(これはどうなんだろうか、有名な現象だったりするのかな?)


 指で軽く転がしてみると、見た目と感触からは想像できない程に軽いのが分かる。また、冷却していったはずなのだが、ほんのりとした温かみを持っていた。

 正確な硬さはどうなのだろうかとも思うが、残念な事に実験機材が無い。4WDのこの身が恨めしくなってくる。

 固体になってからは溶け出す気配を見せない事からも、安定している印象を受けるのだが……どうなのだろうか。


(明日まで放置してみようかしら……。それでは実験結果さん、ごきげんよう)


 俺は実験結果を指で摘み、ベッドのに敷いてある布団の下に隠す。

 今日はもう残りの魔力が心もとないので、これ以上の冷却は難しいだろう。

 しかし、楽しみだ。

 明日は更に密度を上げられるか試してみても良い。あるいは、この固体化した魔力で魔法を使ったらどうなるのか試すもの一興だ。

 尤も、それは明日まで固体として残っているという前提があるのだが。

 ともあれ、望んでいた結果を得る事ができ、今日の実験は無事終了となった。

 俺は魔力研究に楽しさを覚え、非常に上機嫌になっている。

 そう、明日になって魔力が回復したら、次なる実験が待っているのだ。鋭気は養っておかねばならないだろう。睡眠はとれる内にとっておきたい。俺の20年以上にも上る人生経験から、それは絶対だ。


「ほんギャー! うギャー! ふぅギャーーー!」

(母上様ぁ! やだ、ベッドに戻れないわ! 私泣きそう!)


 今日も4WDは元気良く声を上げる。迷惑ばかり掛けて本当に申し訳ない。




 固体の魔力は、翌朝になっても溶けていなかった。


「ぶぶぅ……」

(ふ~む……)


 時間にして15時間は経過している筈だ。

 とすると、固体になった魔力は完全に安定すると思って良いのだろうか。もう少し様子を見るのも一つの手ではあるのだが……。


(これ自体についても調べたいな)


 とりあえず、この固体になった魔力は仮称として『魔力結晶』と呼ぼう。こういうのは適当で構わない。どうせ後になってから本当の名前がわかるのだし。……『MP』の時の恥ずかしさを繰り返してはならないのだ。

 魔力結晶は魔法へと変換できるのか。また、更なる高密度化が可能なのかどうか。調べる手順としては、後者からになるだろう。

 そう思い、早速実験を開始する。

 まず冷却……と言うか、更に魔力粒子の振動を抑え、寄り集まっていくイメージを練り上げていく。そのイメージを魔力に込め、魔力結晶へと送り込もうとして……それが出来ない事に気付いた。

 魔力結晶のサイズが小さくならない。やはり固体になった時点で体積の変化は無くなったらしい。

 だがどういう訳か、魔力は消費されているのだ。試しに何のイメージものせていない魔力を注いでみても、キッチリ送った分だけ吸収されている感覚がある。これは一体どういう事なのだろうか。

 とりあえず実験でしかないのだから、失敗しても良いという気持ちで魔力を注いでいく。

 すると、更に魔力結晶の色が濃くなった。

 俺の全魔力の3分の1程をつぎ込んだところで、透き通った桜色は赤ワインの様な色へと変化する。


「ほギャギャ?」

(固体化すると性質が変わって、魔力を吸収する様になるのか?)


 では、更に魔力を注いだならどうなのだろうか。

 期待を込め、魔力を送っていく。

 やはり、冷却というよりは吸収といった表現が良いだろう。冷却する際にも生じていた空気に散って無駄になってしまう分さえも吸収しているようで、ロスが生じていないという感覚があるのだ。


(これなら相当なところまでいけるかもしれない……)


 明らかに気体の状態とは異なる魔力密度に、胸が膨らんでいく。

 魔力結晶が吸収する魔力はかなりの量に上るらしく、俺はニコニコしながら魔力をゆっくりと注ぎ込み続けた。


 そんなこんなで数分後、俺の顔からは血が引き始めている。


「う、うぉう……ギャう……」

(し、しんどい……どんだけ吸えば気が済むんだ……)


 調子に乗っていた先程とは異なり、今の俺には全く余裕が無い。体がだるくなってきて、魔力が底を突きかけているのだ。

 それでも、魔力注入の手は止めない。ここまで来れば、後は野となれ山となれである。

 そんな俺の気合が功を奏したのか、いよいよ魔力が枯渇する寸前になって、魔力結晶は重く空気を震わせる音を立てた。

 一瞬だけ焔の様に赤い魔力の靄を立ち上がらせ、それ以上魔力を吸収しなくなったのだ。


「ふギャー……」

(やっと限界か……)


 魔力結晶の色は赤い鼈甲の様になっており、周囲が血の様に赤く、中心が黒くなっている。気体状態の魔力同様、相の限界の密度になるとこの色になるのだろう。

 あまりの気だるさから息を吐き、少なくない達成感を噛み締める。

 漸くと終わったと言えば良いのか、これ以上は無理と分かって残念と言えば良いのか。とにかく、魔力密度上昇実験はこれで終了となった。

 出来上がった赤黒い魔力結晶を掌に乗せ、シゲシゲと見入ってみる。


(桜色の時は綺麗だったけど、これは禍々しいな)


 昨日はまだ余裕を感じていたが、今日はもうヘトヘトだ。二日続けての実験で得られた物は、この金平糖サイズの小さな魔力の結晶である。

 それでも自分の総魔力量を大きく超える約二日分を注いだだけあって、そこはかとない高級感を持っているのが嬉しい。

 今までの事を鑑みると、圧縮は非効率的であり、冷却こそが魔力の正しい魔力密度上昇方法なのではないだろうか。また固体にしてしまえば、性質が変わるおかげで何も考えずに魔力を吸収させるだけで済む。

 魔力固体化から限界までの難易度は、必要になってくる魔力の量を考えなければ、気体>固体と考えて良いだろう。

 無駄になる魔力に関してもそうだ。固体化までは小さくともロスがある為に燃費が悪い。

 これが固体になると、魔力結晶自体が一切の無駄なく魔力を吸収する性質を持つようになる。結果、最大まで成長させるのも簡単である。


「ギャひひ」

(ふひひ)


 さて、お楽しみの時間だ。これを魔法にすれば、どの程度の効果が得られるのか。

 ここまで洗練するのに費やした魔力から考えれば、あの時使った『風刃』(親父談)より相当な威力の魔法ができ……でき……。


「う、うぅギャー……!?」

(じ、実験できないだと……!?)


 あの時使った魔力は、この魔力結晶に比べればカスみたいな物でしかない。

 正直、『風刃』程度なら一日十数発は軽く撃てるだろう。

 それに比べ、この魔力結晶に費やした魔力は1日+αの量なのだ。その上、とんでもない密度を誇っている。

 ロスの部分を差っ引いたとしても、魔力は密度が上がれば二次曲線的に魔法の効果を高めるので、部屋の中がエライ事になるのは明白だ。

 そもそも、この年齢で魔力の研究に取り掛かった事自体が間違いだったのではなかろうか。実験には適さない4WDの体、魔力結晶を量産しようにも少ない魔力量、おまけに一般家庭程度の部屋。

 何もかもが足りないのである。

 研究するにしても、この環境では無理があるのは少し考えれば分かった事だったのだ。それが手応えのある結果の連続で、何時の間にか抜けていたのだろう。


(……抜けているにも程がある。どんな威力になるか分からない以上、密室でやる訳にもいかんし)

「ぶふぅ……」


 溜め息一つ、俺は実験の凍結を悟った。

 仕方が無いのだ。もう、こればかりは時間が解決してくれるのを待つ他無いのだから。

 いじけた俺は、魔力結晶を転がして遊ぶ事にした。

 そう、現実逃避である。


(次からは薄く平べったい形にして、メンコにでもしようかな。ははは……)


 きっと、今の俺を誰かが見たら思うだろう。あの4WDは馬力が無い、と。雄叫びを上げる気力さえ浮かんでこない。

 前世はあれ程研究に対して不真面目だった俺が、よくもまあここまで真面目にやれたものだ。

 やはり手応えがあったという部分は大きかったのだろうが、それ以上に楽しんでいたと思う。

 特に魔力結晶が出来た時は、本当にワクワクした。もしかすると、俺は物作りの方向に進んだ方が良かったのだろうか。

 前世では将来の事を考えていたつもりで、目先の利だけを見ていたような気がする。あの時、もっと色々な方向に目を向けていたのなら、俺はどうなっていたのだろう。


(今更、だよな……)


 だが、後悔するならばそれを後に活かすべきだ。

 4WDの獣として生まれ変われた今こそ、その教訓を活かせる絶好のチャンスなのだから。


(でも、ああ……色々試したい……)


 魔力の活用方法、操作法、魔力結晶の応用、その他諸々。この世界には魔法一つ取っても魅力的な課題が山程ある。


「うぅ……」

(早く人間になりたい……)


 4WDではなく、二足歩行の人間に。獣語ではなく、人間語に。それが贅沢な悩みだと分かっていても、溜め息が漏れてしまう。


「どうしたの、エイル? いつもみたいにギャーギャーガオーガオー言わないのね」

「ギョ!?」


 いじけていたせいで気付かなかった。

 何時の間にやら、背後に母上様が鎮座してらっしゃったのだ。


「さっきから何で遊んでるの? ママにも見せて」

「う、うギョギョギやー!」

(い、嫌で御座います!)

「うふふ、ありがとうエイル~」

「う……ギャ!?」

(何……だと!?)


 獣語が全く通じていないだ……と!?

 知らない間に背後を取られていた事と相俟って、血の気が引いてく。効果音は『ドン!』とか『ズズズ……』でお願いします。

 この魔力結晶は前の『風刃』レベルの話ではない代物になっている。おそらく、魔力が常識となっているこの世界でも危ない物だと考えて良いだろう。

 そんな物を魔力暴走の疑いがあった4WDがもっていたらどう思われるか……もう想像さえしなくない。


「ほむっ!」


 口に放り込んでダンマリを決め込もう。そうだ、俺のオサレパワーならそれも可能な筈。嗚呼、俺が魔力結晶になる事だ……。

 しかし、魔力結晶を口に含んだ瞬間、それは起こった。


「ヌ! ヌギャー!!!!!」

(上から来るぞ! 気を付けろ!!!!!)


 口内の魔力結晶が一瞬で消失し、同時に体内で魔力が爆発したのだ。その余波は凄まじく、全身に魔力が流れていく様子さえありありと分かる。

 俺は鼻水を噴き出し、何処かの横綱よろしく、うつ伏せに倒れてしまった。


「ど、どうしたのエイル!? まさか魔力暴走!? そんな!!!」

「ヌ、ヌギギ…………う、うぅ?」

(な、何やこの神ゲ…………あれ、治まったぞ?)


 むくり、と力強い四肢で立ち上がる。

 不思議な事に、4WDの性能に異常は無い。それどころか、力強くさえ感じる。

 カーペットから鼻へと繋がる銀糸さえ美しく見えるこの爽快感。魔力結晶には回復効果でもあるのだろうか……これは追試が必要かもしれない。


「あ、ああ……クシャミだったのね。良かった……エイル、ママをビックリさせちゃダメよ?」

「ギャ」

(申し訳ない)


 もし魔力結晶に回復効果があるとすれば、回復薬として売り出す事ができ……ませんね、本当にありがとうございました。あの衝撃は凄まじいので、弱っている時に使用すれば、多分トドメになってしまうだろう。

 回復魔法の存在があるので、そもそも回復薬としての存在価値は無いのかもしれない。量産性にも問題があるか。

 現時点の俺では、2日掛けて金平糖にも満たない大きさの魔力結晶1つしか作れない。

 限界まで密度を上げなくても良いかもしれないが、その実験はひとまず後回しにしよう。

 魔力結晶は他にどんな効果を持っているのか、それが知りたくなった。

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